すぐにフラフラと勝手にいなくなる。それでも会いたいと思うと会えるから、まるでどこかで繋がっているような、そんな錯覚。


「―――ユーリ・ローウェル」
「………え?お、あ、デューク!」
 ベリアスの遺した人の街。
 潮風が髪や肌をなぶり、やがてべたついて不快になると知っているデュークは、早々と立ち去ろうと思っていた折りにユーリを見つけた。呼ばずとも良かったのだが、ふと名前を呼んでしまってからではそう思うのも既に遅い。
 呼ばれた事に気付いたその名を冠する彼が辺りを見回し、こちらの姿を見留める。
「何だ、ノードポリカにいるって珍しくないか?嫌いじゃなかったっけ?」
 闘技場へ上がる階段を駆け降り、波止場に立つデュークの元に彼は来る。
「あちら側からの船はここの街しか泊まらない」
「ああそっか」
「お前たちはここで何をしている」
「オレ?オレはちょっと息抜きに闘技場へ」
「………」
 どうりで傍にいると若干の熱を感じる訳だ。今戦ってきたばかりなのだろう。
 デュークは闘技場というものも、そこで行われる事も好きではない。力とは見世物として振るう物ではない。ましてや力を持つ者がそれを見世物の為に振るう事も賛同しかねる。
「ちょうど久しぶりに二百人斬りにチャレンジしてきた所だ。後一歩だったんだけどなー、やっぱ前より腕鈍ってんのかなぁ」
「私にはあんなものに興じるお前の気持ちが知れない」
「はは。デュークも一度出てみればいいのに…けどま、あそこでお前に敵う奴なんかいないだろーけどな」
 タイマンじゃオレも勝てないだろうよ、と、そう言ってただでさえ開いている胸元を、暑そうに開いて手の平で扇ぐ。
 ―――僅かに汗ばんだ肌。血色の良い、健康的な肢体が覗く。
「ユーリ・ローウェル」
「あん?」
「少しは慎みを持て」
「いきなり意味がわかんないんですけど……」
 言ってわからないならば、行動に示す手段もある。しかしデュークは諦めて嘆息した。
「そういや、これから戻るのか?」
「ああ、そのつもりだ」
 だから船に乗ってこの街まで来た。
「でも良かったよ」
「何がだ」
「本当は直接アンタんとこに行こうとしてたんだ。でもバウルで直に行ってたんじゃ会えなかったな。入れ違いだったかも」
 そう言ってユーリは嬉しそうに笑う。
 確かに山と砂漠を越えて徒歩で行くに比べたら、空を飛べる事の何と便利な事か。その機動力を生かし、街に結界魔導器のない今、彼等は魔物に襲われる街を聞いては駆け付け、それらを退けるという任に自ら付いている。
 それは想像よりも遥かに大変な事だ。しかしそれが世界から魔導器を無くした彼等なりの責任の取り方なのだと言う。
 例えそれが、世界を救った代償だとしても。
「………」
「何かまた難しい事考えてるだろ」
 いつの間にか落ちていた視線を上げると、呆れた顔で見られていた。
「何故だ」
「アンタが黙ってる時って、大体ろくな事考えてねぇ気がする」
「そんな事はない」
「どうだか」
 肩まで竦められた。まあいい。どの道彼等が選んだ道に口を挟む気はない。挟んだ所で、決意の固い彼等は考えを変えないだろう。
「だから私はお前に勝てぬだろうな」
「は?いきなり…相変わらず意味わかんねぇし…」
「何でもない。もう行くぞ」
「あ!待てよ、帰るんなら送ってく」
 踵を返して街の出口に向かおうとすれば、肩を掴まれて阻まれた。振り返れば、妙に慌てた様子で彼がこちらの肩を掴む。触れられた肩に、衣服越しに体温が伝わる。やはりいつもより体温が上がっているようだ。
 しかしその事から意識を反らすと、デュークはその手を離すようにユーリの手に触れた。
「必要ない。会えた、という当初の目的は果たされただろう」
「そりゃそうだけど…」
「?」
 しかし手は剥がれず、あー、とか、うー、とか、変な声を上げてユーリはがしがしと反対の手で髪を掻き混ぜた。
「言いたい事があるならはっきり言え、ユーリ・ローウェル」
「………」
「ならば私は行く」
「い、言う!言います!」
 今度は両肩を掴まれた。
 ―――穏やかな海が鳴く。風が髪を弄び、その風に乗る鳥の声が聞こえる。
 背中に、こつ、と何かがもたれ掛かった。影で、彼が背中に頭を押し付けているのがわかる。

「……もっとアンタと一緒にいたいんだよ…!」

 引っ付いた背中に響く声。これだけ互いが近くなければ、波の音に掻き消されてしまいそうな小さな声。
「一カ所にいてくれれば面倒ないのに、すぐにフラフラどっか行っちまうし…会いに行って何度行き違いになった事か」
「それはお前だって同じだ、ユーリ・ローウェル」
「え」
 面食らったような素っ頓狂な声を上げる。背中から重みが外れ、振り返れば夕日が指したように赤い顔をしたユーリが立つ。まだ日は高く、そんな時間帯ではないのに。
「帝都に…来てくれてたのか」
「お前はいなかったがな」
「………」
 元々会えると思って出向いた訳ではない。案の定会えず仕舞いでこうして帰って来た。しかしこうして思いがけず会う事が出来た。
「何だよ、オレに言わせといて自分は黙ってるなんてズリィよ」
「聞かれなかったから。それに今言っただろう。結果からすれば不公平ではない」
 言えば、赤い顔に苦み走る。そしてまたがしがしと頭を掻くと(その行動はもしかして照れ隠しなのだろうか)、開き直ったようにデュークに向き直った。
「もーいい。何が何でもアンタをバウルで送ってく!そんで泊まってやるから覚悟しろ」
「何だそれは」
「全然会えないから、話したい事が貯まってるんだよ…!」
 まだデューク自身、ユーリ・ローウェルという存在がどういった性質であるかを全て理解している訳ではない。けれども数少ない判断材料から、そういった事を口にするような人間ではない―――それだけはわかる。
 それなのにそう口に出され、自分が返す事が出来るのは。
「そうか…ならば、その為の時間を割かねばならぬな」
「!」
 手を伸ばしてその頭を撫でる。びくりと震えた肩が、しかしデュークのされるがままだ。おとなしくなった彼をしばし撫で、最後にするりと頬を指で辿って離れる。
 そうして改めて彼を見れば、照れ臭そうな顔で笑うのだ。
「お前の話したい話が聞きたい。ユーリ・ローウェル」
「お、おう。なら行こうぜ」
「ああ」
 袖を引かれ、歩き出す。
 それでも変わらず海は鳴き、風は髪と肌をなぶる。けれども気分は不思議とここにたどり着いた時に比べ、軽やかだった。

ED後のデュークの移動手段はやはり徒歩…なのでしょうか(笑) 普通に船乗って普通に宿泊まって普通にしてるデュークが思い浮かばない…。