フィアンセになりたい





ジュリアン様がお帰りになった。
でも、何だか違う方のようになってしまって。
沙織様のこと・・・どうなってしまったんだろう?


ソレントと供に世界中を巡る旅に出る日々。
屋敷には滅多に帰らなくなった。  
でも、私の部屋はいつもの通り。いつ帰っても綺麗に整っている。


「お帰りなさいませ、ジュリアン様。」  
・・・元気にしていたか?」
 

ソロ家の財産を世界中の子供達のために投げ出してしまうことにして、沢山いた使用人達も、かなり減 らしてしまった。しかし仕事の量は変わるわけではない。そんな中でメイドのは決して自分の仕事に手を抜くようなことはなかった。
「ジュリアン様・・・コーヒーがはいりました。」
「ありがとう・・・、ちゃんと休みは取っているのかい?」
「はい。・・・ジュリアン様は又すぐにご出発なされるのですか?」
「ああ。世界中の子供たちがソレントの笛を待っているからね。・・・でも、その前にパーティに招かれているから、その後に出発するよ。」
「パーティですか!どちらで?」
「・・・日本。グラード財団のパーティだ・・・。」


ジュリアン様の瞳が遠くを見ている。
ああ、あの美しい方を思い出していらっしゃる。
城戸・・・沙織様・・・。


?どうしたのだ?」
「あ・・・何でもありません!・・・ジュリアン様、お食事の用意が出来ましたら参りますので!」


は飛び出して行ってしまった。
久しぶりに、話したいことが沢山あったのに。
今、独りぼっちのこの私を優しい微笑で支えていてくれているのは、、君だけなのに。
イタリアでジプシーから買った髪飾り。
中国で買った小さな人形。
に、あげたくて。


私はメイドの控え室に飛び込むと、声を殺して泣き続けた。
パーティでジュリアン様は、沙織様とお会いになる・・・。
手の届かない方だとはわかっています。
わかっています。けど・・・。


・・・すまないね?日本までつき合わせて・・・。」
「いえ、私のような者が、光栄です・・・ジュリアン様。」
をグラード財団のパーティに連れて来た。
ミス・沙織への当てつけ・・・という下品な感情が、私の中になかったとはいえないが。
ドレスアップしたを見たかった。
彼女とワルツを踊りたかったんだ。
そして・・・。


「まあジュリアン・・・お久しぶりですね。」
「ごきげんよう、ミス沙織・・・。」
ああ・・・沙織様。お美しい。
私はもう辛くてたまらなかった。
「・・・少々失礼します。」
「・・・?」
私はそのまま広間を出、バルコニーに出た。ひんやりした風が、私を慰める。
「・・・うっ・・・。」
私はいつものように、声を殺して泣いた。
「・・・おや?こんなところに・・・美しい薔薇の花が・・・。」
「?!」
誰?綺麗な人・・・男の人、だよね?
「どうしたの?さあ、これを。」
その人は薔薇の香りのするハンカチを私に差し出した。
「ありがとう・・・ございます。」
「ダンスは・・・しないのかい?」
「私、本当はただのメイドですから。来れる場所じゃないんです。こんな所は・・・。」
「ふ、私も似たようなものさ・・・。どうして泣いていたの?良かったら・・・私に。」
その人は私の手の甲に、そっとくちづけた。
「私の名はアフロディーテ・・・。君の笑顔が見たいな・・・。名前を教えて。」
そのきらめく瞳に、吸い込まれそうになった。
「私は・・・。ソロ家の、メイドです。」
(「ああ・・・ジュリアン様・・・。」)



(「?どこにいる・・・?」)
彼女に大事な話をする時が来た。
タキシードのポケットに、そっと忍ばせた指輪。
あまり豪華なものは、今の私には用意できないけれど。
彼女の名前を刻んだ、この指輪を・・・。


「あっ・・・ジュリアン様。」
のお相手は貴方だったのですか。レディをこんなところに一人にして。ひどい方だ。」
の髪に薔薇の花を挿しながらその男が微笑んだ。
確か、ミス沙織に付き添っていた男の一人だった。奴はそのまま、を抱き寄せる。
「アフロディーテ様・・・!」
に手を出すつもりかい?それは私が許さないさ。」
「ふっ、彼女が自分のメイドだからか?」
「いや・・・違う!」


ジュリアン様。
こんなジュリアン様、初めて。
とても怖いお顔をして・・・。どうして?


は・・・は、私の花嫁になるひと。」


私は跪き、の薬指に指輪をはめた。
「ジュリアン様・・・。」


「マダム、踊っておいで。」
アフロディーテ様は私の額に優しくキスをし、そっとバルコニーを後にした。


、貴女の・・・フィアンセに。」

―――来週にでも フィアンセになりたい―――