遊原工房

名古屋友禅教室
生徒の声

ボタンを押すとこのように表示されます。

 私は、2006年の夏から、遊原工房の教室にお世話になっています。
 遊原工房で友禅染の作品を作る魅力は、分業で行われている工程の多くを一人でおこない、作品を創り上げることです。そして、デザインも、自分で考えることができるというところだと思います。自分の中から産み出し育てていくことを大切にして、友禅を学んでいくことができる場所はそんなにあるものではないと、この工房に参加できる幸せに感謝しています。
 私は今回初めて本格的な着物作り(デザイン・下絵・糊置き・伏せ糊・手書き友禅)を体験しました。たくさんの工程があり、その一つ一つが大変でした。それだけに今までにない大きな達成感がありました。
 作っている途中からは着物が独り歩きをしていくという感じがしました。着物が勝手に、自分を主張するという感覚です。それは、出来上がりを予想できない自分の力の無さから起こることだと思いますが、地染めが出来てきた時、友禅していく途中、友禅した後、糸目落としが終わった時、そして、着物として縫っていただいた時…それぞれの段階で新しい出会いがあり、驚きがありました。絵などでは味わったことのない体験でした。
 作品作りの醍醐味だけではありません。人間の見方まで、教えていただきました。

続きを読む

 私が、遊原工房での体験で気づかせていただいたことは、次のようなことです。
 まず最初に、遊原工房での友禅作品制作活動は、一人一人が持っている才能を、先生のご指導・ご支援と生徒の修練という共同作業で、引き出し、磨いていく…そういう工程だといえるのではないかということです。
 皆さんが産み出していく作品に、毎回新鮮な感動をします。美しさ追求の新しい展開が、私を驚かせるのです。次々に、それぞれの方が持っている引き出しが増え、作品として花開く…それがすごい!
 友禅をするために特に選ばれたのではなく、好きだから、やって見たいから、という思いで工房に集まり学ぶ人たちが自分を磨き、才能を育てていくさまに、人間の発達の醍醐味を見る思いがしました。
 そういう感動を経験する中で、私が仕事で毎日接している子供たちとの間にも、遊原工房でおこっていることが成立するのではないかと思うようになりました。それは芸術だけにとどまることではないと思います。「一人ひとりの子供の中に無限の可能性がある。」という言葉を教育系学生の時代からよく耳にしてきましたが、それがやっと現実の実感として、わかった気がしました。「人間発達の無限の可能性」を遊原工房の皆さんに見ることができました。
 次に、そのほか、着物はもちろん、陶磁器、装飾品などの手作りの工芸品を見るときの感動も変わってきました。自分がそれが好きだとか、デザインや色がいいということの他に、一つ一つの仕事の丁寧さや精巧さを支える作者の努力と精神力を想像するようになりました。感動に厚みが出てきて、鑑賞がさらに楽しくなりました。
 遊原工房との出会いで、私の人生は豊かになりました。この年齢になっても、新たな発見ができる喜び!本当にうれしいです。

 入門二年目の三十四歳の主婦、今年四歳になる女の子が一人います。渡辺桂子先生が東海テレビの「ぐっさん家」で紹介されていたのを見て遊原工房に入りました。
「いつか着物を自分で着られる女性になりたい」そうは思ってもなかなか着物を着る機会が日常の中になく、友達の結婚式に美容院で着付けてもらうくらいでした。
 そんな時に主人の転勤で名古屋に来ました。まだ小さい子供と昼間は二人きり。ママ友達もなかなか出来なくて…。土曜日の夕方、テレビをボーとながめていたら渡辺先生の美しい着物の世界が私を引き付けました。そして着物まで染められるカリキュラムのお教室の存在を知りました。
「自分で染めた着物なら『着たい』と強く思うかもしれない」「子供の七五三や成人式の着物も作れるのかも」迷う私の背中を押すものがありました。

続きを読む

 着物の知識のまったくない私を渡辺先生は一つ一つ指導して下さいます。先生ご自身も三人の男の子の母であるので、育てながら伝統工芸士にまでなった道のりを「ずっと迷いながら続けていたわ」と飾らず語り励ましてくれます。今は月に二回の日曜日に主人に子供を預けて片道一時間半電車で名古屋から常滑まで通っています。
 それまではママ友に自分の言葉が誤解されていないか…不安になっていた幼稚園のお迎え。余計な心配に時間を使っていました。そんな帰り道が今では六月の紫陽花が咲いている頃だと「今度、紫陽花を描いてみようかな」なんて季節のうつろいに目が行くようになりました。「紫陽花きれいね。何色が好き?」娘との会話の内容も違います。遊原工房に入ってから生活の目線が変わりました。
 そして通える環境にある事の感謝。協力してくれる人たちへの感謝の気持ち。先生との出会いに感謝しながら、真っ白な生地に夢を染めていけたらいいなと思っています。

■初めての工房
 遊原工房と聞いたとき「和の作法」を感じました。
 二階に案内され、そこは八畳の部屋を三つ並べたほどの細長い部屋でした。南向きで日当たりも良くて———と思っていましたが、しばらくしてこの長さは生地を染めるために必要だと分かりました。一階は水周りや渡辺桂子先生の専用の仕事場になっています。
 遠方から通っている人もたくさんいますが、工房の横が駐車場なので多少荷物が多くても安心です。幸い私は車で五分ほどの所ですのでとても恵まれています。
 遊原工房での時間をみんなと共有して、美しい作品を創る事を想い描いていました。

続きを読む

■友禅の図案
 気に入った図案はそう簡単にできるものではありません。
 花 鳥 海 風などを見て感じ、感じて考え、それでも方向がずれていくことが多いです。ずれて良いのです。きっかけが必要だと思います。

■色彩計画
 色彩がいつも私を悩ませてくれます。
 図案までは楽しく進んでいきますが、色彩計画に時間がかかります。この、もやもや時点で図案を見直しポイントなどを考えていきます。実物の色ではなくもっと冒険が必要ですね。たとえば、チューリップの花をグリーンに葉の部分をピンクとか。今後は少し「洋」の感覚を加えていきたいです。

■友禅をする
 最初の一筆が緊張します。
 ここまでくるのに、青花、ゴム糸目、伏せ糊等、どの行程も気持ちが入っています。
 友禅は時間を忘れ無心になれます。まさに「禅」だと思います。
 これからも遊原工房の仲間達と、この場所で友禅を彩っていきたいと思っています。

★私の先生は女性伝統工芸士

 私の住んでいる街から車で小一時間も走らせると、半田市から常滑へ入る。とたんに辺りの風景は緑が多く濃くなり、田んぼや池まで目に入る。この景色が大好きで、苦手な運転をし、車を走らせてきたかいがあるなと、いつも思う。
 工房まで後少し、頑張れ愛車、頑張れ私の運転ギライ。
 地味目な外観で造られた工房は二階建てで、教室になっている二階は天井にはしっかりした梁が渡され、寒がりの先生の為に左官屋さんが漆喰を三回も塗った壁の間に小窓とコンセントが何ヶ所もある。
 自分の予約した時間に合わせて「お早うございます」とか「今日は!」とか声をかけながら戸を開け二階に昇って行く。大抵は大荷物を持ち込むので、車から二階までが案外と「はぁ〜、しんど…」だ。
 初めて来た時面喰らったのは、階段の板に手描きの絵…椿や山桜が画かれている!二階へ上がると床に雅な花が、大きく、そして勢いよく、あちこちに描かれている!
「私はドコ歩けばいいの??花踏んで進んでっていいの?だって、あちこちに描いてあるじゃない!!」
(床の花を無視して歩いていい事はすぐに教えてもらった。先生の手描きだというコトも)

続きを読む

 先生は私を見ると、ニッコリして声をかけてくれる。残念ながら私だけにではなく、いつも来る人全員にだ。
 パソコンで遊原工房のホームページを開いて、先生の経歴の欄をクリックすると…読みたくない(ゴメンよ先生)。一面にびっしりと、今までの賞の内容等が詰め込むように書いてある(…こりゃ取説か)。
 全てを自分一代の実力で手にしてきた内容だ。いくら実力があっても、親からの看板を受け継いだ訳でもなく、頼りの師匠も自分が独立した後にすぐ他界されて、古い体質の男社会に細っちい体で女性が入り込むのは、いらぬ苦労をしなければならない場合も多々あり、それらを全て、言葉ではなく自分の仕事で名古屋友禅の中に居場所を作ってきた方である。
 笑顔と話し方が時には少女の様になる…これが私の渡辺桂子先生だ(エライ人は、先生だと言ってエバラないものなのだね)。