私をスターヒルに連れてって



「明日は何の日か知ってる?」
「明日・・・?何の日なの?」
「明日はね・・・いいや、明日教えてあげるよ。」
明日は七夕の日。は前からずっと願っていたことをアフロディーテに叶えてもらおうと思い、遂にそれを口にした。
「明日、行きたい所があるんだけど・・・連れてってほしいの。」
「ふふ、の行きたい所ならどこでも連れてってあげるよ。光速でね。」
「あのね・・・スターヒル!」


「スターヒルゥゥ?・・・て、わかってるのかい?あそこは教皇でさえ・・・。」
「でもサガだって行ったんだし、魔鈴さんだって一人で登っていったんでしょ?スターヒルで天の川が見たいんだけどなあ・・・。」
は思いっきり上目づかいでアフロディーテをちら、と見た。
「・・・うう・・・。」
アフロディーテはそれに逆らえるはずもなかった。
「やったー!アフロディーテ、大好きvv」
(「ああ・・・あの目で見つめられると黄金聖闘士も何もあったもんじゃないな・・・スターヒルか・・・わかってるのかな、は・・・」)


7月7日。は日本から持参した浴衣を着ようとした・・・が、浴衣の着方を記した本を忘れて来てしまい、途方にくれていた。
「せっかくアフロディーテに見せようと思ったのになあ・・・あ〜あ・・・誰か知らないかなあ・・・あっそうだ!魔鈴さんなら一応日本人だし、聞いてみちゃおうかな?」
はダメでもともと、と魔鈴の家に向かうことにした。


「こんにちはあ!」
「おや、どうしたんだい?やけにめかしこんでるじゃないか。アフロディーテとお出かけかい?」
魔鈴は稽古を終えて帰って来たばかりらしかった。
「そうなんですv・・・で、お願いがあって・・・魔鈴さん、浴衣の着方わかりますか?」
「浴衣・・・。」
「あっ、やっぱり魔鈴さん、小さい頃に聖域に来たって言ってたからわからないですよね?ううん、シャカとか知ってるかなあ・・・でもシャカに着せてもらったりなんかしたら、アフロに怒られちゃうなあvふふ・・・。」
「できるよ。」
「えっ!!」


魔鈴の着付けが始まった。しかし・・・は彼女が白銀聖闘士であることをすっかり忘れていた。
「ぐっ・・・ま・・・りんさん・・・くるし・・・。」
「おや、力入れすぎたかい?済まないねえ・・・これでも気をつけてるんだけど・・・。」
帯で窒息されそうになりながらも、はとっておきの薄桃色の浴衣を着ることができた。
「フッ、なかなかいいじゃないか。これでアフロディーテも一撃ってもんさ。」
「一撃って・・・。ありがとう魔鈴さん、行ってきまーす!」


陽は落ち、星がひとつ、ふたつと輝き出した。
「アフロディーテ〜♪」
待ち合わせの白羊宮前。少し遅れてはやって来た。
、その姿は・・・?」
「これ?日本の浴衣っていうの。どう?髪をアップにしたんだよ。」
「う・・・美しいよ。。」
アフロディーテはのうなじにクギ付けになっている。
「アフロディーテに言われてもなあ・・・。さ、行こう?」
「あ、ああ・・・。」


「この崖の上が、スターヒルだよ。」
「この上〜?まさか、登っていくの?テレポートは?」
「スターヒルには結界が張られているから、テレポートはできないんだよ・・・。」
「そっか・・・私じゃやっぱり無理だね。ごめんねアフロ。我がまま言って・・・。」
シュンとうなだれたの前に、甘い香りのする薔薇が現れた。
「何?アフロ・・・・。」
その瞬間は急な眠気に襲われ、アフロディーテの胸の中に倒れこんでしまった。
「君が怖い思いをするといけないからね。」


アフロディーテはを背負い、崖をよじ登っていった。その肩先で、がスゥ、スゥと寝息を立てる。
「ん・・・アフロ・・・。」
(「ユカタというものは・・・布で腰を締めているだけなのか?はっ!ダメだ。気を取られていてはを落としてしまう!」)
浴衣の裾からちらちらと見える太腿に思わず目を奪われながらも、アフロディーテはスターヒル目指して登っていった。
「いつも、何もしてあげられないからな・・・。せめてこれ位の願いは。」


「さあ、・・・着いたよ。」
アフロディ―テが額にキスをする。
「う・・・ん・・・!?」
「スターヒルだよ。」
「ここが・・・すごい!星があんなに近くにある!ありがとう、アフロディーテ。あ・・・。」
はアフロディーテの頬にすり傷があるのに気がついた。
「アフロ!顔・・・。」
「あ、ああ、かすり傷だよ。」
「さっき登って来たときに・・・ごめん。ごめんね。痛い?」
が舐めてくれたら治るかな。」
アフロディーテは悪戯っぽくウインクした。
「もう・・・。」
負い目のあるは小さな舌を出してぺロッとアフロディーテの頬を舐める。
「あ、ちょっと、着崩れしちゃった・・・。」
は乱れた裾と襟元を直す。その仕草に、アフロディーテは見惚れていた。思わず後ろから抱き締める。
「もう・・・。気に入った?これ?」
「ああ。がすごくセクシーに見えるよ・・・日本ではよくそんな格好をしているの?」
「ううん、今はそんなことないよ。でも、お祭りの日とかは着るの。」
「今夜は・・・何の祭りなんだい?」


「あのね。昔むかし・・・。」
は七夕伝説の話をした。アフロディーテは子供のようにの話に聞き入っている。
「・・・ということで、一年に一度だけ、織姫様と彦星様は会うことができるのでした。終わりです。」
「フフ・・・。」
「何がおかしいの?」
、まるで私の母上のようだったからさ。」
アフロディーテの瞳が一瞬淋しそうに見え、は言葉をなくした。
「でもそのヒコボシという男、大した器でないな。」
「どうして?」
「私なら耐えられないさ。よく平気で彼女に会わずに一年も過ごしている。」
の唇はそれ以上言葉を紡げなかった。


聖なる場所スター・ヒル。
星々の輝きが、最も美しい聖闘士と、その愛する女性(ひと)を優しく包んだ。
誰も知らない、夏の宵の出来事。


END






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