Heart of glass






「蔵馬、何してるの?」
は、何やら山ほどのパンフレットを積み上げひとつひとつ丁寧に見ている蔵馬の横に座った。
「これ?・・・今度の、の誕生日にね・・・旅行はどうかなって、考えたんですよ。今年のの誕生日は、ちょうど土日だしね。」
「本当?!嬉しい〜!ありがとう蔵馬!」
は蔵馬の背中に抱きついた。
「どこか行きたい所はあります?。」
「う〜ん、高原のペンションとかもいいね・・・あっ、やっぱり温泉かな?」
パンフレットをめくりながら、ははっとした。
(「旅行・・・二人で・・・。」)
「あ・・・嫌なら・・・いいんだよ。日帰りでも・・・。」
蔵馬は優しく微笑んだ。
「ううん!行き・・・たいの!ゆっくり、したいし・・・。」
「そう?・・・なら良かった。まあ、まだ日にちあるし、どこでもの行きたい所にするからね。」
「うん・・・か、考えとくよ!」



(「私・・・別に経験がないわけじゃないんだけど・・・。」)
家に帰ったは、浴槽に身を沈めながら、大きく溜息をついた。
(「こんなに・・・好きになった人・・・初めてだからなあ・・・。」)
蔵馬は自分を気に入ってくれるだろうか。
自分は、蔵馬の気に入るように振る舞えるだろうか。
「自信・・・ないや・・・。」



三日後。蔵馬は旅行の計画を立てるべく、の家にやってきた。
はいつものように蔵馬の為に夕食を作る。・・・しかし、はほとんど食事に手をつけない。
・・・どうしたの?」
「うん?」
「今日はあんまり、食欲がないんだね・・・風邪でもひきました?」
「ううん・・・違うの・・・あの。」
「え?」
(「自信がないんだよ・・・。」)
覗き込む蔵馬の優しい瞳と自分の目があうと、それまで押さえていた思いが込み上げてきた。
「・・・っ。」
!どうした?!」
ぽろぽろと止め処なく流れ落ちる涙。それでもはうろたえる蔵馬を見て、ゆっくりと自分の想いを話し始めた。
「蔵馬・・・旅行の・・・ことなんだけどね?」
・・・いいよ。誕生日はゆっくり、うちでお祝いしよう?」
(「ごめんね・・・オレは急ぎ過ぎた・・・君の気持ちも考えないで。」)
自己嫌悪に陥った蔵馬はうつむいてしまう。
「オレのこと・・・嫌いになった・・・?」
ははっと顔を上げ、かぶりを振った。
「違う・・・違うの・・・自信が・・・ないの!」
「自信・・・?」
「私を・・・蔵馬は私を気に入ってくれないかもしれない・・・。」
の脳裏には様々なことが浮かんだ。蔵馬には秘密の記憶・・・今まで付き合ってきた男性との。
蔵馬は一瞬何の事かさっぱりわからなかったが、すぐにその意味を察した。
「私・・・私はあんまりアレが・・・得意じゃ・・・。」
顔を赤くしながら必死に言葉を絞り出しているの唇に、蔵馬はそっと人差し指を当てた。



「・・・おいで。」
は従順に席を立ち、向かいの椅子に座っていた蔵馬の側に立った。
蔵馬は自分の行き場をなくしているかのようなを手を取り、自分の膝の上に座らせる。
「蔵馬・・・。」
「得意とか、苦手とか・・・そんなものじゃないんじゃないかな。」
「でも・・・。」
が、好きだ・・・。」
「・・・私も。」
のその気持ちが、すごく伝わってきて嬉しかった・・・。」
どちらからともなく、唇を重ねる。決して激しくないけれど、お互いを包み込むようなキス。
「本当は・・・オレも不安なんだよ。と同じ。」
「同じ・・・蔵馬も?」
を満足させてあげられるだろうか・・・嫌われたらどうしようか、ってね・・・。」
「そんな!そんなこと、あるわけな・・・。」
「そう思ってくれるの?オレの答えも・・・同じだよ。」



いろんな恋をしていく間に・・・何かを忘れていた。とても大事なことを。
「蔵馬・・・ありがとう。」
「えっ?」
「私・・・もっといい女になるよ。」
はそう呟くと、蔵馬の胸に顔を埋めた。
(「思い出させてくれて・・・ありがとう。蔵馬・・・。」)



「ねえ・・・蔵馬と二人で・・・温泉に、行きたいな?いいかなあ?」
蔵馬はの身体を思わず強く抱き締めてしまいそうになる。
(「・・・駄目だよ、もう、これ以上は。」)
「温泉か・・・いいよ。・・・オレはそろそろ帰るよ。」
「えっ・・・もう帰るの?」
「これ以上一緒にいたら・・・君に何するかわからないからね。・・・後で、電話するよ。」
「やだ・・・。」
は蔵馬のジャケットの裾を少し掴む。
「誕生日まで・・・私、きっと眠れない・・・。」




今度の誕生日は、新しい私で・・・貴方に、お祝いしてもらいたいから。
蔵馬に抱き上げられながら、はそっと囁いた。




END