あのひとは薔薇が嫌い
「、いるかい?」
は夕食の支度をしようと、ロドリオ村まで買い物に出ようとしていた。今日は恋しい人が訪ねて来てくれる日。しかしドアの向こうから聞こえてきたのは女性の声だった。
「シャイナさん?」
「あんたに言わなきゃいけないことがある・・・。」
次の瞬間、は気を失っていた。
「・・・!」
(「死んだ?殺された?青銅・・・聖闘士に。そんなはず・・・ああ・・・
ミスティ・・・様・・・!」)
にだけ、ミスティは何でも話してくれた。
家族のことも、修行していたフランスのことも、好きな食べ物も。
どうして自分にだけこんなに優しくしてくれるのか、はいつも不思議に思っていた。
ミスティは男性とも思えない程美しい人だった。側にいると、は自己嫌悪に陥ることもあった。
「ミスティ様・・・あまり見ないでください。」
「ん?どうして?」
「恥ずかしいです・・・私、みっともないから。見ないでください。」
「可愛いね・・・キスしていい?」
「いや・・・です!」
「私にそんなことを言っていいの?さあ、目を瞑って・・・。」
そう言ってあの艶かしい瞳に見つめられると、はもう何も言えなくなった。
「いい子だ・・・。」
目の前に、ミスティの遺体がある。
・・・傷がある。
「ミスティ様を・・・傷・・・つけた・・・。」
ミスティを殺したこと――それ以上に、ミスティの身体に傷をつけたということが、の心を怒りに震わせた。
「きっと、きっと悔しかったね。ミスティ様・・・。」
許せない。ペガサスの青銅聖闘士。
「ミスティ様・・・私、許さないよ。貴方をこんなにした人・・・。」
は心を決めた。
「私、女聖闘士になる!ミスティ様の敵をとる!」
棺の中のミスティの動かない唇を、指でなぞった。
「お花・・・持って来るね・・・ミスティ様・・・。」
は足元もおぼつかないままさまよい歩いた。
どこからか甘い香りがする。・・・薔薇?
(「ミスティ様・・・薔薇の花は嫌いだって・・・どうしてだったんだろうな。」)
「君がミスティの恋人だった人だね。お嬢さん?」
「あ・・・だ、誰?どなた、ですか・・・?」
光り輝く金色の聖衣。
「黄金、聖闘士?」
は思わず息をのんだ。
「ミスティに捧げる花を探しているなら・・・私のところに来るといいよ?」
(「この方は・・・ああ、だから薔薇は嫌いだって言ってたんだね。ミスティ様?」)
もっとミスティのことが知りたい。この人は誰だろう?
「お花・・・探しています。」
「私の宮へおいで・・・。」
「どうして私の名前を?」
その美しい人はくすっと笑った。
「ミスティから聞いたさ。いや、そうでなくても君は有名だよ?自分にしか恋などしないような彼が選んだ女性だと・・・。」
「貴方は?」
「私はアフロディーテ・・・魚座の黄金聖闘士。随分、疲れているようだね。」
「あ・・・っ。」
アフロディーテにふわり、と抱き上げられた。薔薇の香りがする。でも不思議な香り・・・。
香りが移ってしまったら、ミスティ様に何て言おう。
「ああ・・・。」
一瞬そう考えたの瞳から涙が溢れた。
(「もう、いないんだ。もう・・・。」)
「・・・。」
頭に添えられたアフロディーテの手が、の髪を優しく撫でた。
「アフロディーテ様・・・。」
「泣いて、いいのだよ。」
一瞬、アフロディーテの瞳がミスティと重なってには見えた。