あの人は薔薇が嫌い-7・続編(ミスティ編)-
「いけない子だ。マキ・・・。」
「・・・ミスティ様。」
ミスティはマントをなびかせ、ゆっくりと近づいてくる。
「戻って・・・これたのですね!」
マキは駆け寄った。でも、何かまだ夢を見ているようで、抱きつこうとして思わず躊躇した。
「・・・おいで。」
ミスティは両手を広げた・・・間違いない。
「ミスティ様!」
導かれるまま、その胸に顔を埋める。
ミスティはそんなマキの顎をくいっと持ち上げると、その唇を指でなぞった。
「マキ、この唇を・・・誰かに許したね。」
口調は優しいが、ミスティの瞳は哀しそうに潤んでいる。
「あ・・・あの・・・。」
マキはどきりとした。思わず目を逸らそうとした。
「私を見るんだ。」
ミスティに両手で顔を支えられてしまった。
「ごめんなさい・・・私。」
マキはやっとのことで口を開く。
「アフロディーテ様を・・・愛してしまった?」
ミスティは静かに言った。しかし、その声はふるえている。
「ミスティ様・・・。」
あの、いつも余裕に満ち溢れていた艶めく瞳が・・・まるで、今は子犬のようで。
「私は、アフロディーテ様とキスをしました。貴方の敵を取るから弟子にしてほしいとお願いし・・・一緒に暮らしていました。でも・・・何も・・・。」
「わかっているよ。私が聞きたいのは・・・君の心の中。」
マキはぎくりとした。自分を愛してくれたアフロディーテのことをまるで兄のように慕い、甘えていたのは事実。ミスティがそれを許さなかったとしたら、どんな制裁でも受ける覚悟をした。
「アフロディーテ様は、優しい方でした・・・でも、誇り高く、誰にも心を許さない方。貴方とどこか似ているけれど・・・貴方よりどこか寂しそうでした・・・。」
消え入りそうなマキの声に、ますます言い知れぬ不安を感じたミスティは、、もうそれ以上彼女の目を見られなくなっていた。
「だから、共に暮らしていたと?」
「でも、愛してなどいません!私はミスティ様のことを片時も・・・。」
「・・・マキ。」
ミスティはマキをきつく抱き締めた。
「ミ、ミスティ様・・・?」
「あの日、約束を守らなかったのは私だ・・・あの日、ペガサスに倒されずに君のもとへ帰っていたら、君がアフロディーテ様と出会うことはなかった。」
マキははっとした。あのミスティが・・・涙を流している。
「私が・・・好きなのは・・・ずっとミスティ様だけなのに。ミスティ様の敵を取れたら私も死のうと思っていたのに・・・でも、許してくださらないのなら・・・。」
「マキ。私の可愛いマキ。もう、どこにも行かないから、私の側にいて。」
「え・・・。」
「アフロディーテ様に何かされないうちに・・・私だけのマキになってもらうよ。」
「ミスティ様?私はもうとっくに・・・。」
ミスティはマキの左手を取り、銀色の指輪を薬指にはめた。
「ミスティ様!これ・・・。」
「アフロディーテ様の目の前で、私の花嫁になってもらう。」
あまりに突然で、マキは言葉をなくしてしまった。
「・・・返事は?」
言葉がとうとう見つからなかったマキは、くちづけでそれにこたえた。
それは・・・ミスティと結ばれた日から、ずっと思い描いていたことだった。
「キスがこんなに上手くなってるなんて・・・ますます許せないな。」
ミスティはマキをふわりと抱き上げた。
「ど、どこに行くの?」
「どこって、マキの花嫁衣裳を買いに行くのさ。一刻の猶予も許されない。」
「い、今から~?!」
アテナ神殿の中央に、正装した女神沙織と、教皇となったサガが座している。
上座には黄金聖闘士達が立ち並び、次いで白銀・青銅聖闘士達が控える中、白銀聖衣の上にいつもより長く豪奢なマントを纏い、月桂樹の冠をつけたミスティが進み出た。
そして、女官達に長いヴェールを持たせて階段を上ってくる・・・花嫁衣裳のマキ。沙織の前に跪き、やはり月桂樹の冠を受ける。
その可憐な美しさに、聖闘士達は思わず目を見張ったが、アフロディーテだけはそっと目を逸らした。
「アフロディーテ様・・・私の妻が醜いとおっしゃるのか?ちゃんと見ていただきたいものですね。」
「ふふ・・・彼女が私の目を見てしまわないようにさ。」
ミスティはマキの手を取り、ヴェールをふわりと上げた。
「ミスティ様・・・。」
「綺麗だよ、マキ。この世のものとは思えないくらいに。」
(「アフロディーテ様・・・。」)
(「綺麗だよ、マキ。どうか、幸せに・・・。」)
「ミ、ミスティ様?キス、するんですか?そんなことは・・・。」
「当たり前だろう?さ、目を閉じて。」
沙織は「まあ!」と小さく声をあげ、わずかに頬を染めた。
ミスティのくちづけは・・・3分あまりも続いたからだった。
「ミスティ様のバカっ!恥ずかしいじゃないですか!」
やっと唇を離したミスティはクスクスと笑った。
「あれくらいしておかないと、私の気が済まないのさ。」
END