あのひとは薔薇が嫌い―4―
チャプ・・・
(「今日もアフロディーテ様は・・・私の為に薔薇の花を・・・。」)
アフロディーテと暮らし始めて一ヶ月になる。この双魚宮の中で寝食を共にしているというのに、しかもアフロディーテがを愛していることはお互いを含め周知の事実だというのに、あのときの口づけ以来、アフロディーテはに触れようともしなかった。
の方は・・・自分の中に日ごとに湧きあがってきた思いを、認めたくない自分がいて。
はその滑らかな肌を湯に浸す。湯船には、彼の育てた薔薇の花びらが浮かんでいる。
ミスティの嫌った薔薇の花。
でも今は躊躇なくその色と香りを愛でることができてしまう。
「はあ・・・私は・・・いったい・・・。」
その甘い香りに包まれ、はウトウトと眠ってしまっていた。
「・・・?!」
「・・・大丈夫なのか?」
気付けばアフロディーテの腕の中にいた。
ぼんやりとした空気の中、の目に入ったのは白いバスローブ姿のアフロディーテだった。
そして一糸纏わぬ自分。
「・・・あ・・・やっ、離して・・・」
「いやあの・・・私が、入ろうとしたら、気を、失っていたようなので・・・。」
「タオルを、ください!」
「・・・ああ。」
アフロディーテは優しく笑うと、バスタオルでの身体を包んだ。そのまま、後ろから抱き締める。
「アフロ・・・。」
「何もしない。このまま・・・聞いてくれ。」
「な、何ですか?」
「もうすぐこの聖域に、青銅聖闘士達が乗り込んで来る。その中にはペガサスもいるそうだ・・・。この宮まで辿り着けるとは思えないが。」
「・・・ペガサス、が・・・。」
こんな状態でも、ミスティの最後の言葉が、の頭の中で響いた。
(「任務だから、ちょっと留守にするけど・・・いい子で、待ってるんだよ。」)
「アフロディーテ様・・・彼らは何をしようとしているのです?アテナに反逆を?」
「いや・・・アテナなど最初からこの聖域にはいない。」
「な・・・それじゃ、貴方は・・・。」
「アテナになど・・・守れないよ。だったら、どうしてミスティは死ななければならなかった?どうして、罪もない君がこんなに悲しい目に合わなくてはいけない?何の力もない女神だ。」
「・・・。」
「間違っている・・・かな。」
「・・・私は、アフロディーテ様の、一番弟子です・・・。それが貴方の美学ならば。」
「私を、受け入れてくれるのか?」
は背中を抱かれたまま、頷いた。
(「忘れてしまえよ・・・ミスティのことなんて。忘れさせてあげるよ。体中から・・・。」)
もう、アフロディーテは待てそうになかった。
ミスティの幻とともに、がふっと消えてしまうように感じたのだ。
これ以上一緒にいて、何もしないでいられることは到底無理そうだ。
「・・・アフロディーテ様、あれ!」
の叫びに我に返ったアフロディーテは、窓の外を見上げた。
火時計。
「・・・始まったな。」
「青銅聖闘士達が・・・来たのですね。」
思わずはアフロディーテを不安気に見つめる。
「私は双魚宮を動けない・・・君も一緒にいること。いいね?」
「はい。」
アフロディーテはのバスローブを取ってきて、彼女の肩に掛けた。
「後で、薔薇園においで。・・・」
双魚宮の片隅にある薔薇園。
アフロディーテはに一本の白い薔薇を渡した。
「ミスティの敵を取りたかったら、これを使うんだ・・・ブラッディローズ。相手の血を吸い取り、真紅に変わったとき・・・その相手は死ぬ。」
「ブラッディ・・・」
は身震いしながらそれを手にとった。
「だけど、君にそんなことはできないだろうな。」
「そんな!」
「もし使わなかったら・・・ずっと、持っててほしいな。この薔薇は私自身。君を守るために。」
はアフロディーテの言葉の意味がわからなかった。
その時は――。