あのひとは薔薇が嫌い―2―





月明かりの中、の胸にさざなみが立つ。

(「貴方がいない夜。私は、違う人の腕の中にいます。」)

(「『そんなことをこの私にしていいのかな?』・・・それは貴方の口癖。ごめんなさい・・・怒っていますか?」)


「寒いか?」
「あ・・・いいえ・・・。」
(「ミスティ様に似てる。この方。」)
「一番最後の宮だから、もう少しかかるよ。」
「はい・・・。」
(「でも、ミスティ様より・・・瞳がさびしそうな・・・。」)


「私の宮・・・双魚宮だ。」
「双魚・・・宮。」
「少し、休んでいくといいよ。、顔が真っ青だから。」
アフロディーテに勧められるままに、は宮殿に入っていった。
「すごい・・・薔薇の花!」
咲き乱れる、色とりどりの薔薇。は中でも鮮やかな真紅の薔薇の花に近づいた。
「駄目だ!近寄っては!」
「・・・え?」
「それは・・・魔宮薔薇。香りを嗅いだだけでも、五感を奪っていく。」
は思わず後ずさりした。
「君に合うのは・・・このピンク色かな?それとも・・・。」
「あの。」
「そうか、ミスティに捧げるのだったね。」
「薔薇の花は、駄目なんです!」


 (「ミスティ様には薔薇の花が似合いそうですね。」)
 (「・・・私は薔薇が嫌いなんだ。」)
 (「どうして?」)
 (「ふふ、どうしてだろうね。」)


「ミスティが・・・そう言ったのかな。」
「・・・。」
は何も言わなかった。
     

(「ミスティ様。ねえミスティ様?どうしようもなく、貴方に会いたいの。でも・・・。」)


アフロディーテはの肩が震えているのに気が付いた。
(「ああ、可愛い人なのだな・・・ミスティのプライドを守ろうとして。」)


「アフロディーテ様!私を・・・。」
はアフロディーテに向き直った。
「え?」
アフロディーテは驚いて、用意していたティーカップを落としそうになった。
「女聖闘士にして下さい!私を・・・どうか、貴方の弟子に!」
アフロディーテのきらきらしい瞳がまん丸になる。
「な・・・女聖闘士って・・・。」
「強くなりたいのです!ミスティ様の敵を・・・ペガサスの聖闘士を。」


叫ぶと、は声をあげて泣き出した。
「・・・ク、ヒック・・・。」
まるで、少女のように――


・・・。」
「ふ・・・グスッ・・・う。」


はアフロディーテの胸に飛び込んでいた。
(「・・・。」)
アフロディーテは無言で髪を撫でる。


「駄目ですか?そうですね・・・黄金聖闘士の貴方がこんな私なんか・・・。」
「いや・・・構わないよ。」
「ほ、本当?」
途端にの表情が明るくなるのを見て、アフロディーテも微笑んだ。
「でも、知っているのだろうね?・・・顔を見られた女聖闘士は。」
「はい・・・相手を殺すか、愛するか。いいのです。全て殺します。」
「もう一つ・・・女聖闘士は処女でなければならないんだが・・・。」
「あ・・・。」
はその頬をほんのりと染めた。
「駄目だろう・・・?」
「・・・聖闘士には、なれません。でも・・・強くなりたいのです。」
「わかった・・・君を、このアフロディーテの弟子にしよう・・・初めてのことだが。」
「アフロディーテ様!」
「今日から・・・ここで暮らすんだよ。」
今度はの瞳が丸くなる。
「ここ・・・で?」


(「ごめんなさい・・・ミスティ様。でも、貴方の敵を取るためなのです。」)

本当なのだろうか。のもう一つの声が問う。

(「この方・・・どうしてこんなに寂しそうなんだろう?」)
(「側に、いてあげたい。」)


生まれて初めて、アフロディーテは誰かと「一緒にいたい」という感情を抱いた。
(「愚かな・・・このひとはミスティを愛し続けるだろうに・・・。」)
そして初めて「嫉妬」というものも知った。