アフロディーテの革命







春の昼下がり。城戸邸の広大な中庭のベンチに腰掛け、魚座の黄金聖闘士アフロディーテはぼんやりと花吹雪を見つめていた。先日沙織のお供として、遥々聖域から日本にやってきた。実はアフロディーテは日本は初めてである。
(「ふう・・・青銅の奴ら、面白がってこの私に浴びるほど酒を飲ませるとは・・・だいたい私はデリケートなのだぞ。アルコールの取りすぎは体によくないのだからな・・・イテテ、まだ頭がガンガンする・・・。」)
 そう、彼は二日酔いだったのだ。


 「あのう・・・大丈夫ですか?御気分が、悪そうですが・・・。」
一人の少女が彼の隣に座った。ここのメイドだろうか。水筒をアフロディーテに差し出す。
 「ん・・・?ああ、ありがとう。ただの二日酔いだから・・・。」
アフロディーテの水色の瞳が、彼女の黒い大きな瞳と合った。彼女は驚いたようにアフロディーテを見つめている。
 「・・・?どうしたの?」
 「いえ、あんまり綺麗な方なので・・・女の人かと思って・・・。」
 「ああ、それでか・・・私がこんな格好をしていて驚かないのかな。君はこちらのメイドさんなのかい?」
アフロディーテは黄金聖衣を纏っていたのだが、この少女はそれについてはあまり驚かないらしい。
 「いいえ・・・私、沙織お嬢様に援助していただいてる孤児院で働いてるんです。今日はここのお庭に、子供たちの遠足に来ているんです。あなたは・・・黄金、セイント?」
少女がふわりと微笑んだ。アフロディーテが今までに見てきたどんな美しい女性も、こんなに愛らしく微笑んだことはなかった。
 「私は魚座のアフロディーテ・・・君は?」
 「お名前まで素敵なのね!私は美穂。」
 「ミホ・・・美穂っていうのか・・・。またここに来たら、君と会えるのかな。」
少女―美穂の髪に振りかかった桜の花びらをアフロディーテはそっと払った。
 「あ、あの・・・こちらには良く来ます・・・。」
 「ふっ、君にはこの色が似合うね。」
アフロディーテはマジシャンのように薄いピンクの薔薇を差し出し、彼女のエプロンの胸ポケットに入れた。
美穂は顔をほんのり染める。アフロディーテの心は今まさに桜色だった・・・。


 「美穂ねえちゃーん!」
子供たちが美穂の側に駆け寄ってきた。
 「何してるの美穂ねえちゃん。一緒に遊ぼうよ!!」
 「・・・このおねえちゃん誰?あっ、セイントだな!ピカピカしてるよ!」
(「お・・・おねえちゃんって・・・私のことか・・・。」)
こんなことには慣れているはずのアフロディーテも、美穂の前でそれはさすがにイタかった。
 「マコトくん!この人は男の人よ!とっても強いゴールドセイントなのよ!」
 「男の人なの〜?じゃあ美穂ねえちゃん、デートしてるの?」
(「ふっ、デイトか・・・。水族館に誘ってみようかな・・・。」)
 「ダメじゃない美穂ねえちゃん!星矢兄ちゃんに言いつけちゃうよ!ウワキだ、ウワキ〜!」
 「リカちゃん!どこでそんな言葉を覚えてきたの!」
(「なっ、なにいい―ッ!星矢・・・ペガサスだと!」)
 「まっ待ちなさい!リカちゃん!」
生ける屍と化していたアフロディーテは、やっとの思いで口を開いた。
 「美穂・・・君はペガサス・・・星矢の、恋人なのかい?」
美穂はクスッと笑う。
 「いえ、私の・・・片思いです。お花ありがとう、アフロディーテさん・・・また星の子学園に遊びに来て下さいね。」
 「ああ・・・必ず行くさ。」
アフロディーテは真っ白になったまま、美穂の後ろ姿を見つめていた。


 「アフロディーテ!何してるんです?沙織さんが探してましたよ?」
 「ああ、アンドロメダか・・・すぐ・・・行く・・・すまないが、立ちくらみがするので、肩をかしてくれ・・・。」
 「ど、どうしたの?アフロディーテってお酒弱いんだね。」
 「・・・・・。」
 「あ、前あなたが言ってたバイトのことだけどさ、兄さんには内緒にしてくれるんならOKだよ。また、『惰弱だー!』なんて  言われちゃうからさ。」
 「だ、惰弱・・・惰弱・・・」
 「アフロディーテ??」
美の戦士・アフロディーテの中で、何かがはじけた。


 聖域・双魚宮。その一角に、ここの主であるアフロディーテが始めたビューティ・カウンセリングルームがある。
 「ねえミスティ、アフロディーテはどうしたの?もうお客さん来ちゃうよ。」
 「うむ・・・日本から帰ってからどうもおかしいのだ。・・・あっ、もういらっしゃったぞ。マズイな。」

 「ジュリアン様・・・わざわざこのような所へ来なくとも。だいたい男のエステなんて・・・。」
 「何をいう。久しぶりにミス・サオリにお会いするのだ。顔がアブラぎっていては幻滅だぞ。せっかくだから君もやってもらう のだ。」

 「ジュリアン!ソレント!ふ、二人ともエステですか?」
 「フッ・・・男の身だしなみさ。ピスケスのアフロディーテとはあなたですか?」
ジュリアンがミスティに向き合った。
 「いや、私とアンドロメダはアルバイトで・・・仕方ないな。私が先生を呼んでくる。」

 バシン!バシッ!
 「アフロディーテ・・・先生?先生?」
 「・・・燃えた・・・燃え尽きたよ・・・真っ白にな・・・。」バシッ!バシッ!
ミスティは絶句した。アフロディ―テの部屋には、どこから持ってきたのかリングが置かれている。その脇で、アフロディーテは髪をポニーテールにして、サンドバッグを殴っていた。周りには「あ○たのジョー」「リン○にかけろ」が散らばっている。
 「先生・・・お、お客様が・・・。」
 「ふ、そうか・・・お通ししてくれミスティ。あ、君とアンドロメダの制服、今日からコレ。サイズが違ったら言ってくれ。」
 「コレって・・・ボクサーパンツじゃないですか!」
 「何か文句あるのかい?!」
 「い、いや・・・・ないです・・・。」
白薔薇を突きつけられ、ミスティは泣く泣くそのピンクのパンツを履いた。

 「な、なにこれー!嫌だよ僕!」
 「黙れ!死にたいのか君は!いいから着替えてお客様をご案内するのだ!私だって嫌だ・・・。」
せめてまともな色のパンツを選んでくれと、瞬は心の中で叫んだ。

 「よく来たな。さあ、リングに上がるのだ!」
 「なっなんだこれは?どういうことだ?」
アフロディーテはジュリアンを無理やりにリングの上に引き上げた。
 「美しさなど・・・惰弱なだけだ!私は生まれ変わったのだ!・・・」
 「や、やめろおっ!グッ・・・。」
ジュリアンの端正な顔は見る見るうちにボコボコにされていく。
 「うう・・・サオリ・・・。」
 「さあ、次は誰だ!アンドロメダ!ボブ・○ップの試合のチケットを取ってこい!大至急だ!」
 「やめろー!私は一介の音楽生だーッ!芸術家なんだぞ!」

甘酸っぱい恋の思い出とともに、ちょっぴり男になったアフロディーテであった。