第三話:合流、そして川村。
≪---- TOP ----  ----  ---- 先行者 ----  ----≫
prevcontentsnext
 某国の某荒野に、ポツンと立った廃屋――。
 その傍ら、古ぼけた無骨なトラックの助手席で、ベニャック=ハルベ
ルトスは、ヘップルの帰りを待っていた。
「遅いなぁ……ヘップルさん」
 シートにもたれながら、ベニャックは独りごちる。
 SNC強襲から、丸五日。ベニャック達は、やっとの思いで通信施設―
―つまりは、この廃屋の事なのだが――に辿り着いた。そして、直様ヘ
ップルは、とある組織に連絡を取るべく、一人廃屋で奮闘を始めたので
ある。
「……けほっ」
 トラックの中に、小高い咳声が響く。口内で、じゃり、と砂を噛む音
が響き、ベニャックは顔をしかめた。乾燥した空気は砂気を含み、一陣
の風となって、度々吹き荒んでは、トラックの中をかき乱す。窓を閉め
たいものだが、何があったのか、肝心の窓ガラスは、何処にも見当たら
ない。
 表情を曇らせながら、ベニャックは、窓から顔を出したり、うつむい
たりと、落着かない様子だ。
(皆、無事かなぁ……?)
 ベニャックは、焦れる心を静めようと、他の事を考え始めた。
(心配だなぁ。ちゃんとご飯食べてるのかなぁ)
 思考は、ベニャックらしく、ピントのズレた方向へと進む。
(…………あぅぅ)
 ……結局、余計、落ち着かなくなってしまった。
「ヘップルさぁ〜ん」
 たまらず、か細い叫びを上げてしまう。
「なぁに、泣きそうな声出してやがんだ」
「……って、うわぁぁぁ!?」
 ヘップルは、気配もなく、既に戻ってきていた。
「ひ、人が悪いなぁ。戻ったなら、戻ったって言ってくださいよぉ」
「言う前に、お前が勝手に叫んでたんだろうが」
 ヘップルは、呆れ顔を引き摺りながら、運転席に腰掛けると、車のキ
ーを回した。
「……で、どうでした、ヘップルさん?」
「ああ、ばっちりだ。これで合流できるぞ」
「よかった〜。これで、何とかなりますね」
 ベニャックは、ほっと胸をなでおろす。
 ……と、安心したとたん、潜在的に眠っていた疑問が頭をもたげた。
「あ、ベニャックさん、ところで……」
 電話も通信機も何もない此処で、いったい何をどうやって通信したの
か――
「ん、なんだ?」
「いえ、何でも……」
 問い詰めたいベニャックであったが、嫌な予感が頭をよぎり、口を噤
んだ。
「これで、やっと、落ち着けますかね?」
 ベニャックは、誤魔化すように、言葉をつなぐ。
「どうかな。むしろ、忙しくなるのはこれからかもしれんぞ」
 ヘップルは、言いながら、ゆっくりと、トラックを発進させた。

=======================================================

 某国、SNC第15番移動基地。
 通常走行とワープ走行の二つを備えたこの基地は、その所在を様々に
変えつつ、現在、某国南の山岳地帯にあった。白と青で統一された、流
線型の巨体――そのシンプルで重厚なデザインは、いかにも、SNCらし
いといえる。
 そして、その格納庫で、今、所々に戦火の傷を刻んだTM500が、重
い巨体を収めようとしていた。
「お疲れ様です、三佐殿!」
 副長と整備兵は、敬礼して、この暴君の操縦者を迎えた。ハッチが開
き、コックピットから、人影が姿を現す。
 強い意志を思わせる、切れ長の双眸、整った顔立ち、後ろで束ねられ
た長髪――川村である。
 五日前、某森林の兵器工場を制圧した川村は、本日ようやく、基地に
帰還を果たした。TM400やTM500は、その巨体ゆえ、基地の施設を使
用できる行きと、脱出装置にしか、ワープ航法が使えないのである。更
に、基地の移動性が、帰還を余計遅くしていた。
「…………出迎え、ご苦労」
 川村は、一言だけ言うと、ヘルメットを脱ぎ捨て、格納庫を去った。
様相は普通の歩みであったが、その速度は疾風のごとくで、副長も整備
兵も、あっけに取られるまま、川村を見失ってしまった。
「……さて、どう報告するかな」
 川村が独語を漏らしたとき、その怖ろしい速歩は、彼を第六司令室前
にまで運んでいた。
「川村三佐、ただいま帰還いたしました」
「よし、入れ」
「失礼します」
 川村は部屋に入ると、向かいの豪壮な席に座る、一人の男に敬礼をし
た。司令官である。
 もっとも、その役目は、本部からの指令を伝達するだけの、名ばかり
の存在で、作戦行動を仕切っているのは、実質、川村であった。
 部屋は、この司令官のメンタリティーを象徴するように、薄暗く、陰
気で、いかにも、醜悪な気配を醸し出している。湿った空気は、不快を
想起させずには、居られないほどだ。
「……さて」
 司令官は、机の上に書類を広げると、
「ご苦労だったな。それで、戦果の方は?」
 不自然な程、わざとらしく、抑揚のある語調で言った。書類は、川村
が帰還途中で伝送した、今回の作戦結果の報告書だ。
「はっ。五日前の12:24をもって、某国における反政府・反企業組織、
"ガルファー"の壊滅任務、完了いたしました」
 川村の、この心底の読めない淡々とした報告を聞くなり、司令官は、
暗がりから滲み出るような、陰湿な笑いを漏らした。
(……醜い)
 反射的に、川村は、肚裏で顔をしかめる。
 その醜悪な様は、最早、新手の嫌がらせとしか思えない。むしろ、上
層部が、川村への牽制のために、この男を送り込んだように思えてくる。
 川村は、咳払いで、不快を遠巻きに表現すると、
「その際、幾人かが脱出、逃亡いたしましたが、大きな脅威にはならな
いと思われます」
 再び、冷たい口調で、報告を続けた。
「……うむ」
 司令官は、書類を眺めながら、相槌を打つ。こちらを見ようとは、し
ない。
「"ガルファー"の壊滅により、中華陸軍の補給経路の一割が減少し、某
国中心企業ボルネアの吸収が、23日と14時間短縮されます」
「……そうか」
「詳細の程は、書類と共に、後ほど、正式な場でご報告いたします」
「ご苦労」
 司令官の言葉を最後に、報告は終わり、部屋に静寂が戻った。
 ――しばしの、沈黙。
「最後の工場制圧には、君自らがTM500を駆り、制圧部隊全軍を率い
て臨んだそうだね」
 司令官は、机にもたれ掛るように姿勢を変えつつ、口を開いた。語気
は穏やかだが、どこか事務的だ。
「はっ。何事も、最後のツメが大事であると――」
「何はともあれ、ご苦労だったな。よくやったぞ」
 川村の言葉を遮るように、司令官は、言葉を繋いだ。心なしか、忌々
しげな気配が漂っている。
「お褒めにあずかり、光栄であります。それでは、失礼させていただき
ます」
 川村は、冷淡な面と語気で敬礼し、きびすを返してドアへと向かった。
「…………いや、待ちたまえ」
 帰ろうとする川村を、司令官が呼び止める。
「……は、まだ何か?」
「この報告書類の最後に、"工場制圧完了するも、ガルファー制圧部隊、
TM500一機を残し全滅"……と書いてあるのだが、一体、どういうこ
となのかね?」
「……う゛!?」
 TM500の火力は、半端ではなかった。……敵にも、味方にも。
prevcontentsnext≫