第二話:強襲SNC!
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 うるるぅ、うるるぅ、と妙なサイレンが鳴り響くとき、某国の某工場
は、昼休みを迎える。一仕事を終えたベニャックとヘップルは、サイレ
ンからはやや遅れ気味に食堂に入った。
「う〜ん、やっぱり、此処は落ち着くな」
 ヘップルが言う。
「……そうですか?」
 此処は照明が妙に明るい上、食堂のくせに油と鉄の匂いが充満してい
て、根っからの工夫であるヘップルと違い、ベニャックはどうも苦手だ。
(工場らしいと言えばらしいけど……何とかならないものかな)
 それでもここに来る理由は、ヘップルがいたく気に入っている事と、
珈琲が美味しい事だろうか。
 此処の珈琲は、銘柄は不明だが、とにかく美味しいので評判だ。あの
八角面が影響しているような気もしないでもないが、定かではない。
(あとは、環境だよなぁ)
 ベニャックは、そんな事を考えながら、自販機で買った珈琲を片手に、
ヘップルと向かい合うように席へと座った。
「やれやれ、今日の仕事はやりがいがあるな」
 ヘップルが言う。
 確かに今日は、注文の品がかなり多い。
 聞けば、戦場が近くに移動しており、此処からの補給の需要が増して
いるのだそうだ。
 ベニャックは、珈琲をすすりながら、
「なんだか、平和ですね」
 疑念をポツリと言った。
 恐らく、怪訝な顔をしていただろう。
 戦火の噂が飛び交うわりには、あまりに平穏すぎるのだ。
「これも、あいつのおかげだろう。中国が丁度、この国と日本の間にあ
るからな。SNCの主力が、随分と足止めされてるらしい」
 ヘップルの返答は、相変わらず伝聞調だ。
「……何か、いまいち信じられませんよね」
 あの八角面からは、活躍する姿は想像つかない。
 ベニャックは、曇った顔で、再び珈琲を口に運ぶ。
(なんだかなぁ……)
 現状に対する違和感は、いわば不安でもある。
 見えてこない戦況、信じられない英雄譚。
 結局のところ、"何も分からない"のである。
 不安は日々、募るばかりだ。
 そして、判然としない気持ちは、今や胸騒ぎへと変わろうとしていた。
「緊急! 緊急! キンキュゥ!!」
 突如、機械的な警戒放送が、一帯に流れた。
「……なんだ!?」
 ヘップルが反射的に席を立つ。
(……何か、来る!?)
 ベニャックの脳裏に、何かの気配がよぎった。
「SNCノ偵察型PPRニ発見サレタ模様! 総員直チニ脱出セヨ!!」
「なんてこった!!」
「しゅ、主力は足止めされてるって――」
「ええい、考えるのは後だ! まずは動くぞ!」
「は、はいっ!」
 ベニャックは、慌てて席を立つ。
 慌てすぎたせいか、腿をテーブルにぶつけ、珈琲がズボンにかかった。
(ああ、もう!)
 気を取られた瞬間、ヘップルは、既に部屋を出ていた。
「ま、待ってください、ヘップルさ〜ん!!」

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「この物資は、何が何でも持っていくぞ!!」
 薄暗い倉庫で、二人の工夫は急ピッチで作業をしていた。
「それとそれとそれ、こっちにまわせ!!」
「あの、ヘップルさん、みんなもう逃げ始――」
「つべこべ言う暇があったら、作業をしろ!」
 工場の鬼の怒号が飛ぶ。
「は、はいぃぃ!」
 ベニャックは、裏返った声と共に物資を運ぶ。
 運び、積み、運び、積み――もう既に、工場に他の人間の気配は無い。
(いい加減、やばいんじゃ……)
 ベニャックがそう思い始めたとき、
「よし、後はあれだけだな。俺は表を見てくる。戻ってきた時には、直
に発進できるようにしておけよ!!」
 ヘップルは、ようやく出発の指示を出した。
(よ、ようやく逃げれる……)
 ベニャックは、ほっとした表情で、最後の物資を積みに、格納庫へと
向かう。
 ……と、何を思ったのか、ヘップルが、すぐさまもの凄い勢いで戻っ
てきた。
「あ、すみません、まだ積んで無――」
 ベニャックが言いかけたその時、
「私はSNC部隊所属、川村三佐である! 既にここは包囲された! す
みやかに投降せよ!」
 突如、精悍で力強い声が、辺り一帯に響いた。
「……え!?」
 ベニャックの顔から、生気が抜ける。
「すまん、逃げ遅れた!」
 ヘップルの口調は、落ち着いているというより、軽い。
 二重三重に気が遠くなる。
「ど、ど、ど、どうすんですかぁっ!!」
 あまりの事に、流石のベニャックも、声を張り上げる。
「大丈夫だ。……"これ"を使う!!」
 言うや、ヘップルは、最後の物資の眠る格納庫を指差した。
(……此処に、そんな凄いものが!?)
 格納庫の扉が開き、中から現れたものは――
「こ、これはっ!?」

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 深い森の中、川村は時を待っていた。
(降伏か、反撃か!?)
 殆どの者が、脱出しているのは知っていた。
 だが、僅かに"強者"の気配を感じる。
 ――戦いの予感。
 歴戦の武人の勘が、それを感じさせていた。
 森独特の湿り気を帯びた静寂が、六感を研ぎ澄ます。
(この感覚、只者ではあるまい)
 期待に心が震える。
 内に湧き上がる蛮性に、川村は自嘲の笑みを浮かべた。
(終戦を求めながら、闘争に喜びを見る……所詮は私も、一匹の雄と言
うことか――)
 感傷に浸りながらも、異変に目を光らせる。
 十分、二十分、三十分……反応は無い。
「三佐、やはり、もう誰もいないのでは?」
 部下が、痺れを切らせ始める。
「……いや、まだだ」
 気配は消えていない。
 川村は、再びマイクを手にした。
「……もう一度言う! 降伏――」
 ――と、その時、
 銀色の影が、工場の天井を破り、猛烈な勢いで飛び出した。
 影が纏うは八角面、ヘラの掌に股間のキャノン。
 川村の心に、驚喜の波が押し寄せる。
(……まさか、このような場所で!?)
 喜びに歪む皮肉を押さえつつ、
「これまでの雪辱、晴らさせてもらうッ!!」
 川村は叫んだ。
 配下の機体は一斉に散開し、川村の駆る新型は、叫びに呼応するよう
に唸りを上げる。
「α1からγ3!! 各自散開の後、PPRの指示に従え! いいか、く
れぐれも同士討ちに気をつけろ! 物量はこっちが上だが、的のでかさ
もこっちが上だ!! 味方に当てるな! 死ぬ気で避けろ!! ……私
の前に立つな!!」
 即座に指示を出し、川村は、銀色の影に突進する。
 森の静寂は、業火へと変わった――

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 川村達が戦闘を開始したその頃、工場を去る一台のトラックがあった。
 トラックの中には、妙な沈黙が流れている。
「ヘップルさん」
 最初に口を開いたのは、ベニャックだった。
「ん、なんだ?」
「……あれって、どう見ても"風船"ですよね?」
 背後の戦場を振り返りつつ、ベニャックは言う。
 ヘップルは、ちらとバックミラーに目をやると、
「……俺もそう思う」
 言いながら、裏道へと進路を取った。
(これも"タオ"なのか?)
 ベニャックは、首をかしげた。
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