「うーい、今帰ったぞー」
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
「―――あ、おかえり。買い出しご苦労様」
 パーティーの買い出しは基本当番制だ。高額になる武器や防具は全員で行くこともあるが、道具や食糧難などはふこうへがないよう、三人ずつ交代で行くことに決めている。今日はアルヴィン、レイア、ローエンの割と堅実な買い出しメンバーだ。
 それじゃあ残りのメンバーは暇をもて余しているかと言えばそうでもなく、その日の宿の手配や情報収集など、やることは少なくない。それでも今日は非買い出し班の方が宿に戻ってくるのが早かった。
「ったく、重たいもんばっか俺に持たせやがって」
 どん、とテーブルの上に置かれた紙の包み二つは、恐らく食糧だろう。常備している保存食が心もとないからと結構多目に頼んだのは、実は買い出しメンバーに一番の力持ちのアルヴィンがいたからだ。そしてレイアは食品の目利きができるし、ローエンがいれば買い漏れも金額的な無駄もなくきっちりと買い物を済ませられるから故のメンバー選択だ。
「か弱い細腕の女子に重たい物持たせる気?」
「私も年のせいか、あまり重たい物を持つとすぐに腰に…」
「………はいはいわかりましたわかりまーしーた! いい男は老若男女隔てずにジェントルマンだから重たい荷物だろーが何だろーがお持ちしてやりますよ! 傭兵なめんな!」
 ジュードの思惑通りだ。そしてきっと、この思惑にアルヴィンも気付いているに違いない。
「ったく、都合のいい時ばっかり女子面したりジジイ面しやがって……謀ったな、優等生」
「謀っただなんて心外だよ。お疲れ様、アルヴィン」
 どかっと備え付けのソファーの隣にアルヴィンが腰を下ろすと、その勢いでジュードの尻も跳ねるように浮かぶ。
「そういや、ミラ様とエリーゼ姫は?」
「結構早くに着いたから、まだ近くを散歩してるんじゃないかな。会わなかった?」
「あの二人を揃って街に放ったのか? 大丈夫かよ」
「大丈夫だよ……たぶん。夕方の鐘が鳴る前に帰ってきてね、って言ってあるし」
 この旅の間に、ミラも一人で買い物ができるように成長している。心配なのは、行商人の口手八丁を簡単に信じて何に使うのかわからないような物を買わされてしまうことか。しかし今日は軍資金と称してお小遣いを渡しているので、高額な商品を買わされるようなことはないだろう。
 だからきっと心配しなくていいよ、と告げれば、
「ジュード君ってば、すっかりおかんが板について…」
「だ、誰かが管理しないと、大所帯なんだから収拾付かないだろ! 別に僕じゃなくたってアルヴィンがしてくれれば…!」
 旅を始めた当初は、ミラは完全な世間知らずで、そしてアルヴィンはそんなミラに雇われた傭兵だった。その為、必然的にジュードがこういう役回りになるのは仕方がなかった…のである。
 けれども今は違う。同じ目的をもった仲間として共に行動を―――しているつもりだ。少なくとも、ジュードはそう思っている。
 しかし、
「俺そーゆーの柄じゃねーし。そんかわり、ジュード君がやってくれって言えば、俺何でも手伝っちゃうから。おにーさんをどんどん頼りたまえ」
 少しばかりは頼りにしたかった大人は、最初からその期待に応えてはくれなかった。
 そうだ。目的とかどうとか以前に、彼はそういったことを率先してくれるようなキャラではない。
 わかっていた反応だとは言え、もう、とジュードは飽きれ、そして苦笑した。
「安心しなよ。最初からアルヴィンに期待してないから」
「うわ、ひっでーの。今日だって俺様荷物持ち超頑張ったのに。それも労ってもくれねーの?」
「はいはい、よく頑張りました」
 そうやってどんどん自分のいいように持っていこうとするのは知っているから、適当にもうこの話は切り上げることにして、ジュードは再び読みかけの本に視線を落とす。
 だがそれを、不意に視界に入ってきた手によって膝の上から奪われてしまった。
「あ。こら、返してよ」
 高く頭上に上げられてしまえば、この体格差だ。座ったままでは腕をいくら伸ばしてもとても届かない。
「駄目」
 しょうがないな、と、腰を浮かしかけた時だ。
「そういうのは言葉より態度で示してくれなきゃ、な?」
「え―――」
 突如降ってきた上からの『重し』によって、浮かしかけた腰は再びソファーへと沈められた。
「ちょ、え、アルヴィン!?」
 降ってきたのはアルヴィンの頭だ。彼は器用に狭いソファーの上でごろりと体勢を入れ替えるように寝転ぶと、頭の着地点をあろうことか、ジュードの太ももの上へとしてきたのである。もちろん部屋に備え付けられたソファーはそんなに広い訳ではない。二人掛けに一人が座り、もう一人が寝転がれば、当たり前だがはみ出る。当然だがソファーに収まりきらないアルヴィンの足は、手すりの向こう側に飛び出してしまっていた。
「―――うん。野郎の膝枕でもジュード君くらいの歳だったらまだまだイケるな……」
「イケるイケないじゃなくて重いんだけど…てか、っ、くすぐったいからあんまり動かないで…っ」
 人の膝の上に頭を乗せ、ソファーからはみ出した膝から下をぷらぷらさせながら、アルヴィンは顎に手を当てて納得したように唸っている。けれどもやはり狭いらしく、その間にも膝に乗せた頭の座りで体の位置を直そうとするのか、ごそごそと体を動かしては居住まいを正そうとしてくる。その度に何だか妙にくすぐったくて、ジュードも同じようにソファーの上でごそごそと動く羽目になった。
「ちょ、頭揺れるから動くなって」
「そんなこと言ったってアルヴィンだって……!」
 自分だってごそごそしているのに、と、自分勝手な文句を言い出すアルヴィンをジュードは半目で睨む。だが、その時だ。
「うぎゃっ!?」
 ふと体をごろり、とジュード側に転がしたと思った瞬間、急に腰に抱き着かれた。あまりにも急な出来事に、膝を枕にされた時以上の…例えるならば蛙が潰れされたような声が出てしまう。
「ア、アアアアルヴィン! 何して…!?」
「勝手に動くなら、押さえ付けるしかないだろ」
「だだだからって、こーいうのは」
「んー…ジュード君、腰細いなー。腕余っちゃうぜ」
「っっ」
(うう、アルヴィンが喋るとお腹のとこら辺があったかい…!)
 抱き着いたままのアルヴィンが喋るとその吐息が服の上から腹にかかり、そこがほんのりと熱を伝えるのだ。もちろん抱き着かれている腰回りは言わずもがな、アルヴィンの体温を感じてしまうわけで。
 ジュードは必死に振りほどこうとするが、しかし動けば動く程がっちりと腰に回された腕は引き離せそうにもなく、身動きをすればするだけ、余計にそれは締まっていくような気がする。いや、してる。絶対にしてる。このまま抵抗を続ければ解放は遠のくばかりだ。
 ―――となるともう、ジュードに残された道は。
「………はあ、いいよ。もう好きにして」
「お。好きにしていいの?」
「変なこと禁止! おとなしくして…ひゃあっ、っ、そういうのは禁止だって!」
「えー、つまんなーい」
 ぺんぺん、と見下ろした後頭部を手の平で叩いてやれば、ぐりぐりっと腹に顔を擦りつけられて変な声が上がる。だがここはおとなしくしたいままにさせてやるのが一番なのだ。おとなしくさせるためにおとなしくする、というのも変な状況だが……。
「あー、気力が回復するわー」
「はいはい。お疲れ様」
 ミラが帰ってきてもこのままだったら、力づくで引きはがしてもらおう。そう思いながらようやくおとなしくなったアルヴィンの後頭部を、今度はエリーゼにしてやるように撫でてやるのだった。


「あー、ジュードってば、またアルヴィン君を甘やかしてる!」

「ほっほ、相変わらず仲のお宜しいことで」

「べ、別に僕が望んで甘やかしてるわけじゃないよ!? ていうか『また』って何『また』って!?」

途中からレイアとローエンが空気になってしまったので…。

[2011年 9月 19日]