「なーなー、そろそろ腹が減ったりしねぇ?」
「まだ時間早いでしょ。それに、もう鐘二つぐらいで次の街に辿り着けるんだから我慢しなよ」
「えー。いいじゃん、もうこの辺魔物しねぇし。ちょっと休憩して、な?」
「駄目。もう少しだから我慢し……」
 すると聞こえる、ぐきゅるる、とけして控え目ではない、いっそ豪快で清々しい腹の虫が。
「ふむ……ジュード、腹が減ったな」
「もう、ミラはしょうがないなあ」
「ちょ、俺のは無視でミラのは即行かよ!?」
 日ごろの行いだよ、とは言わないでおいた。この大人は拗ねると逆に妙にべたべたしてくるからだ。
「ミラ、簡単なものでいい?」
「ジュードが作ってくれるものなら何でも構わない」
「んーと、それじゃあ…」
 ザックの中を漁り、常備しているパンやチーズ、薫製肉を使ってサンドイッチでも作ろうかと支度を始める。もちろん具をパンに挟んでおしまいではなく、具を挟んだ状態で軽く炙ってホットサンドにする手間は忘れない。こうすることで固い薫製肉も脂が染み出て柔らかくなるし、チーズもとろかせた方が断然美味しい。
「それに火を入れると冷たくなって凝固した小麦の粘り成分も解れて固くなったパンがふっくらするから一石二鳥…」
「何だ、火を使うのか? ずいぶん手間をかけるんだな」
「うわぁ!」
 背後からぬっと出てきた手にびくりと肩を跳ね上げて驚いた。すると手にしていたまだ塊のままのパンとナイフをさっとその手に奪われてしまう。
 振り返るまでもない。いつの間にか背後にいたのはアルヴィンだ。
「……ってアルヴィンか。びっくりさせないでよ…」
「何、その反応。ちょっと手伝ってやろうって思ってきただけさ」
「そういうのは一声かけてからにしてよ。一応僕、刃物持ってるんだから」
 注意をすれば、悪びれた様子もないのに口だけは「悪い」と言う。
「サンドイッチ? スライスすればいいのか?」
「うん」
 すると奪われたパンが、器用に手の上でスライスされていく。普段ジュードの身の丈程もある大剣を片手で振り回している彼が、ジュードの手にしっくりくるくらいのナイフを器用に扱っている様は何だか不思議だ。
 だがそれ以上に、
「料理できるんだ」
 という驚きのが上回った。
「お前ほどじゃねえよ。腹が減ってサンドイッチ作る気にはなっても、ホットサンドにしようなんて手間は考えないレベルにはな」
「へえ、でも、何か意外」
「料理ができる男はモテるからな」
「………」
 感心したこの純粋な気持ちを返せ。だがまあ、何だかアルヴィンらしくて呆れつつも笑ってしまう。
 結局チーズも薫製肉も、挟むのにちょうどいい厚みにアルヴィンがスライスしてくれた。ジュードはその間にパンに日持ちのする発酵バターと蜂蜜を混ぜたものを塗り、スライスされた具材を挟む。そして精霊術で起こした火を石で囲んで簡単な竈を作ったそれにフライパンを置き、熱せられるのを待った。
 それを、仕事のなくなったアルヴィンはずっと近い場所で眺めている。他の仲間たちはローエンの煎れてくれたお茶で、先に一息ついている筈だが。
「みんなのとこ行かないの?」
「んー、邪魔?」
「別に邪魔ってことは…」
「んじゃ見てる」
「だったら手伝ってよ」
「さっき手伝っただろ?」
「………」
 じっと見られるのが気になる、と言えば、余計にちょっかいを出してきそうなので、それ以上言うのはやめる。
(さっさとホットサンドにして、みんなの所に持っていこう)
 フライパンが温まったのを確認すると、全部は一気に出来ないので、二回に分けて温めることにした。本当はホットサンド専用のフライパンがあればひっくり返したりするのが楽だが、普通のフライパンでも出来なくはない。
「手際がいいよな。故郷を出て都会で一人暮らしの学生が、必要に迫られてってヤツ?」
「それもあるけど、家にいる時から結構してたよ。父さんと母さんは共働きだから。レイアのおじさんとか母さんの料理の手本にしてさ」
「ふーん」
「別にアルヴィンみたいに下心なんてないからね。まあでも、必要に迫られて、ってのは間違いないよ」
「へー」
 ……ちゃんと聞いているのだろうか。そっちから話題を振っておいて妙に生半可な返事ばかり背後から返ってくるのは、あまりいい気はしない。
「―――なあ俺ってさ」
「何? あ、ちょっとアルヴィン、そこのお皿取って……」
 今度は一体何だろうか。だがあまり真面目に聞くももう起きなく、意識はすっかり料理の方へと向いている。丁度程良く焼けてチーズが溶けるいい香りのし始めたホットサンドに、まだ大丈夫だと思っていた自分の空腹感も刺激されてきた所だ。だが先に待っている四人分を持って行ってやろうと皿を探し、返事も適当に、背後のアルヴィンを振り返った。
 そこにはそんなに離れていない位置で倒木に腰を下ろし、開いた足に肘を突くようにしてこちらを眺める彼がいて。


「俺の為に誰かがそうやって飯作ってくれるの、後ろから見てるの好きなんだわ」


「! うわ、と…!」
 動揺が手元を狂わせたのか、フライパンの端が竈にしていた石に触れて金属の音を立てる。フライ返しを落としかけ、しかしそれも何とか指先から零すことはしなかった。ただ、急な動揺とミスの連続に、鼓動だけはしっかり跳ね上がったが。
「おいおい、折角作ったの落っことすなよ」
 それなのにその元凶は、なんてお気楽に言ってくれる。
「っ、誰の所為だと」
「俺が何かしたか?」
 笑った顔で皿が差し出される。わかっていて言ったのはこっちだってわかっている。そうやって、からかって遊ぶ悪い大人だと言うことも。
 そしてわかっていて動揺する自分の反応も―――…。
「もう。いいからこれ、あっちに持ってってあげて」
「何だよ、四つしかないじゃん」
「このフライパンじゃあ一度に全部は焼けないよ。僕のとアルヴィンのは今から―――あ」
 そこでふと気付いた。一体何事かと瞬きする小狡い大人に、ジュードは仕返しとばかりににこりと微笑んで、
「だから厳密には、さっきのはアルヴィンの為にご飯は作ってないことになるよね?」
「は? ―――あ」
 すると言われた方は一瞬ぽかんとして、けれどもすぐその意味を理解したのか、悔しそうな顔をした。けれどもそれもすぐさま消え、くくっと口の端を歪めて笑う。
「じゃあ後でじっくりたっぷり眺めてやるからよ。ちゃんといい子で待ってろよ?」


付き合ってるかと言えばそうみたいな、そうでないみたいな。あれ、でも割と本編のアルジュはいつもこんな感じだったよね★

[2011年 9月 17日]