+愛のままに我儘に+

 

 

 

 

 

「―――…堪え難いな」

「だったらしなきゃいいだろ」

「それも堪え難いな」

「……じゃあ我慢しろよ」

勝手にキスしておいて文句を言うとは何事か。こちとら至福のパフェタイムを満喫中だというのに、それを邪魔しておいて。

「甘いモン食べてる時はそーいうの禁止! オレの至福のひと時を邪魔する権利は、例え皇帝だってねぇんだからな!」

ユーリは手にしていたパフェ用の先が小さくて柄の長いスプーンで、びしっとデュークを指して言い放つ。

しかしデュークは、

「今のあの皇帝ならそんな心配はいらないだろう」

「まあ確かに…いや、けどそれは物の例えって事で、だ」

言い返されて納得しつつも、そうではないと否定した。

要するにそれだけ重大、という事だ。

「大体あんた、普段自分からベタベタしてこねーくせに、こういうタイミングでしてくるのはずりぃんだよ」

 近くにいるようになってそこそこ経つが、未だにこの男の『行動の沸点』というものが図れない。それはどんな種類の感情にしても…とりわけ、そういう事には。デューク・ヴァンタレイという男は、極めて感情の抑揚が少ない男だ。いや、抑揚が少ないというか、その着火点が極めて判断しづらい。特にこういった時、ユーリはそれを痛感する。

いつもだったら痺れを切らしてこっちから行くくらい、デュークは火が点くのに時間がかかる。しかもその着火点がこれまた絶妙で、しけって火が点かない時もあれば、紙のようにあっさり火が回って気が付けば自分の方が、なんて事も少なくない。

逆にユーリがまったくその気がない時に限ってタイミング悪く、デュークから火を点けに来る事があった。それは今のように、ユーリにとって出来れば後にしてもらいたいような、そんなタイミングだ。

それなのに、

「お前もそうだろう。私がその気のない時に限って欲情する」

「!? ば…っか! 限ってばかりじゃねーし、それはお互い様だ」

しれっと言い放つその口は、恥じらいというものはないのか。あると言われても引くけど。

なまじ顔が綺麗な分、どうしてもこちらが動揺してしまう(中身がオヤジだってのはもう十分知ってしまった後だが)

「とにかく今は駄目だ。何人たりとも邪魔はさせねえ」

しかし今日こそ、今度こそびしっと宣言した。

するとデュークは明らかに呆れたため息を細く吐き出して、

「―――自分の時ばかりは随分勝手だな…仕方ない」

「え?」

それは瞬き程の一瞬だった。

何かしら、デュークの手がひらめいたのは見えた……のだと思う。しかしそう思った時には既に、ユーリの手にあった筈のスプーンは向かい側に座るデュークの手の中にあった。そして自分の手の中には何も。

「え……? って、ちょ、あんたそーいう事に無駄にすごいトコ見せないでくれるか!?」

「別に大した事はしていない。お前が瞬きの瞬間、まぶたで視界が遮られる。その隙をついて奪っただけだ」

「……それが無駄にすごい事だっつーの。ていうかスプーン返せって」

感心している場合ではない。

あのスプーンはこの家には一つしかなく、あれを取り上げられてはパフェは食べられないのだ。いや、別のスプーンを使えば済む事だが、例えば―――荒くれ者たちが集い競う闘技場にも【戦士の殿堂】の作った厳しい規律があるように、パフェを食べるにも相応の規律があると考える。バナナは入っていないと駄目だとか、口直しのウエハースはむしろ邪道だとか、食器は専用のものではいけないとか、など。

要するにあのスプーンでないといけないのだ。

それがユーリのスイーツたちに対する姿勢、誠意だ。

「という訳で返せ」

「……お前は甘い物の事になると少々残念だな」

その重要性を語って聞かせてやったのに、何だその言い草は。誰にだってこだわりのあるものがある。自分はそれがたまたま甘い物だっただけだ。

しかしずいっと手を差し出すが、デュークはスプーンを返してくれる様子はない。

ああ、早くしないとせっかくのバニラアイスとチョコレートアイスが溶けて混ざって、チョコレートシェイクになってしまう。勿論それも大好物だが、今はパフェとして食べたい気分なのに。

こうなったら敵うかどうかは微妙だが、力付くでも―――…。

「ユーリ・ローウェル」

「え」

その時だ。

いきなりずい、と差し出されたスプーンの先に、ユーリは反射的に体を引いた。けれどもすぐにその先端に乗せられた物に気が付ついて。

「何故逃げる」

そう言ってデュークは、差し出したスプーンを更にユーリの方へと突き出した。しかしユーリはそこと、向かい側にあるデュークの顔を何度も見比べてしまう。

それは何のつもりで…一体どうして。

「溶けるぞ」

「!」

それは許しがたい。慌てて体を前へ押し出し、それを…スプーンですくわれたチョコレートソースのかかったバニラアイスに、ユーリはかぶりついた。

「………」

「………」

気が付けば、グラスさえデュークの手元にあるではないか。口から抜け出たスプーンはグラスに戻り、次の一口をすくってまた、差し出される。するとユーリは不審に思いながらもそれに食いついた。

何とも理解しがたい状況だったが、それを繰り返す事しばし―――…。

「えっと、これがしたかったからスプーンを取り上げた、のか?」

まるで餌付けをされているようだ。しかし、差し出されるものを拒む理由がない。ユーリは口の前に運ばれるスプーンを差し出されるがまま、口を開けて迎え入れた。

すると程なくし、デュークはグラスを傾け、底の見えはじめたそれをすくいながら、

「別に、こうしたかった訳ではない」

「じゃあ…」

何で、と聞く前にスプーンが突き出される。

「最後の一口だ」

 ユーリの問いには答えてくれない。

そう言って差し出された、それは、既に溶けてシェイク状になっていた。勿論、そんな事は問題ない。それはそれで大好物だし、パフェの最後の醍醐味は、この溶けて色んなものが全部混ざった状態だとも思う。

相変わらずその意図が図れなく、しかしそれは差し出されたものを拒む理由にはならない。

「ん」

とろりと甘い液体状のアイスを口に含む。

アイスは溶けた時の方が、凍っている時よりも甘い。そんな事を今更のように確認して。

「―――食べたな」

「ああ食べたよ。ったく好きな物くらい自分のペースで食わせてく…っ!?」

いきなりだ。至福に思わず頬を緩めたところ、胸倉を掴み引き寄せられる。もちろん予想もしていなかったユーリはバランスを崩すが、どうにか咄嗟に机に手を着き、体を支える。

「ちょ、何のつも…うぐ、んんん!」

今度こそ声を荒げて文句の一つも……しかしデュークのそれだけでは収まらず、胸倉を掴まれたまま―――キスをされた。

「んんー!…ん、…う、ふあ…っ」

こんなバランスの悪い体勢では、振り払う事さえできない。机に着いた腕がぷるぷると震え、それでも崩れ落ちないよう踏ん張って堪えた。勿論ユーリがそんな必死な状況でも、デュークのキスが手加減される訳でもない。

「は、ぁ…」

「ふ」

散々貪られて、解放された頃にはぐったりだ。そのままぐらりと体が傾いで机に突っ伏すユーリに、しかしデュークは濡れた唇を拭って。

「………甘い」

「あんた学習能力ないのか…」

嫌そうな顔で呟くので、脱力感に襲われながらも、突っ込んではおいた。ほんの少し前、同じやりとりをしたばかりだというのに、この男は。

「大体なんで食べさせてくれようなんて…」

最初のキスの以降、その行動はすべて唐突で、ユーリの予想の範疇を越える。ただでさえ、表情からは何を考えているのか読めないのだから、行動くらいはわかりやすくして欲しい。

それなのに、

「別に他意はない」

「はあ?」

「早く食べ終わらせたかった…好物を食べる時お前は味わって食べる分、手の進みが遅い。ならば手っ取り早く食べさせてしまえばいい。そう思ったから実行したまでだ」

「そういうのを他意って言うんだ……」

 他意がないと言うなら、パフェを食べさせて終わり、な筈だ。

呆れた。下心ありありじゃないか。

これが他の誰かだったらわかりやすい程の感情なのに、わかりやすい行動を、小難しくてわかりづらい風にしているのはたぶん―――ワザとじゃあない。元々そういう性分なんじゃないだろうか。

呆れて怒る気もならない。

(まあちっとは人間らしくなった、って事だけど)

 それは喜ばしい事だ。それならばぜひとも、次は時と場所を考えてもらえるようになるとありがたいが。

「ユーリ・ローウェル」

「!?」

 はあ、とため息が漏れる、その時。テーブルの上に伸ばしたままだった腕を、立ちあがったデュークが掴んで、立ち上がらせる。

 そして―――…。



「さあ、もう気が済んだだろう。これ以上は待てぬぞ」

「何かもう、ある意味自分に正直で羨ましいよ、あんた……」