+変化+

 

 

 

 

 

正直、どうしたらいいとか、何をしたらいいとか、そういった当たり前の事がわからない。きっとそれは相手も同じで、そういった時は何をやってもお互い平行線のままなのだ。

 

 

「あ」

「ユーリ・ローウェル」

ギルドの仕事でしばらく会えないから、デュークの住まう家(小屋とも言う)を突如訪れ、そう告げられてから一月。

だからどうした。いつもの事であるし、ここにお前が訪れることは義務ではないだろう、とそう言って見送ったのも一月前。その時何故だか憮然としていた顔を思い出すが、問題はなかったと思われる。

そんな、一月後。

普段から別にあの場所でユーリの帰りを待っている訳ではない。デュークは各地のエアルクレーネを訪れ、エアルをマナへと変換するその経過の様子を観察する事を怠りはしない。

急激に理を書き換えられた世界では、その負荷や歪みは計り知れない。以前のように手遅れにならない内から、常に目を見張っていく必要がある。

しかし最近では各地のエアルクレーネに対し、アスピオの魔術士たちが観察・観測する為の施設を設けるようになっていた。ユーリの話では、現皇帝が資金を割いてエアルクレーネの観察をするように命じたのだと言う。

―――その恩恵を独占する為ではなく、新たな世界を存続させる為に。

新たな理がまだどう人に影響していくのか、デュークにもわからない。彼等はそれを知ろうとしている。知って、世界と共に存続していく為に。

そうしてたまたま訪れた街で、一月ぶりに彼に出会った。デュークの中では、憮然とした表情が最後の記憶として残っている。

「き、奇遇だな」

「ああ」

その記憶が、今会った事で塗り替えられた。

この広いテルカ・リュミレースの中、行き先も告げず、ただの偶然で出会えるなんて『奇遇』で済ませられる事象ではない。しかし嬉しそうにするユーリの顔を見て、それでも出会えた奇遇とやらもそう悪くはないと思う。

「仲間たちもいるのか」

「ああ。ちょうど依頼達成の報告に来てて…もう少しで仕事が終わるから、そしたらアンタん所に行こうとしてたんだけど」

「……そうか」

もう少しで入れ違いになるところだったらしい。しかし入れ違いになる、と言っても会う約束をしていた訳ではない。入れ違いになったからと言ってもそれまでだ。

しかし、

「入れ違いにならなくてよかったな」

彼がそう嬉しそうに言うならば、それは喜ばしい事なのだろう。だから自分は迷うことなく、こう答える。

「そうだな」

 、と。

「…っ……」

しかし素直にその意見に同意すれば、何故か彼は驚いたように目を見開く。

「何だその顔は」

デュークにはそんな顔をされるような事を言った覚えはない。

だがその時、ふと自分が言った言葉で、彼に思いも寄らない表情をさせた事を思い出す。それはひと月前、正直に答えたまでの事が彼を意図せず憮然とさせてしまった事。それなのにまた正直に答えれば、驚かせて。

つまりは、それはこちらの行動が、ユーリにとって予想範疇外だった、という事を示している。

「べ、別にいいだろ。会えたんだから」

 そう言って逃れようとする。しかし、デュークはそれを許さなかった。

「―――ユーリ・ローウェル、言葉にしなければわからない。私とお前は同じではないのだから」

「って、ちょ、だからそうやっていきなり追い詰めてくんなって…!」

逃れようとする彼に迫り、結果、その背中を鉄柵に阻まれて足を止める。ここは上手い具合に人通りの少ない路地なので、彼の仲間や、他の誰の目にも咎められる事はないだろう。ユーリは人の目がある時、巧みにそれらを利用してはぐらかそうとしてくるからだ。

デュークは自分の体と鉄柵の間にユーリを挟んで逃げさせないようにし、問い掛けた。

「関係がどうあれ、私とお前が別人である事は間違いない」

「そ、そんなん当たり前だろ」

「そうだ。だからお前が何を考えているかと思考を巡らせても、それはあくまで私の予想の範疇に過ぎない。私はお前の考えてるすべてを自己の判断で理解はできないのだ」

「つまりは、俺が何考えてるか教えろって事?」

「そう言う事だ」

「………」

 率直に言えばそうなる。そう真摯にこちらの欲求を包み隠さずに伝えると、しかしユーリはこちらの態度に対し、何故か赤い顔をしたままで口を真一文字に引き結んでしまった。視線が泳ぎ、こちらを見ようとしない。それは梃子でも言いたくないという意思なのか。

それならば……。

「―――もっとも、お前が踏み込んで欲しくないというならば、また話は別だが」

無理にその領域を侵す事は本位ではない。

こちらが単にユーリの意図を理解できなかったまでだ。それは考えれば分かる程度の事なのだろう。長く人である事を捨てていた自分ではきっとわからない―――…。

「だあ…!ちょちょ、ちょっと待て…!!」

「!」

そう言って離れようとするが、しかし強く肩を掴まれ引き戻される。しかたなく向き合えば、何故だか妙に疲れた様子で、

「あんたさ、その『お願い』と『脅し』を同時に提示すんの、止めろ」

「そんなつもりはないが?」

「自覚がないなら尚更だ…!」

 自覚がないとはどういう事か。しかしユーリは気に入らないようだ。

「わかった。気を付けよう」

ならば、

「それで」

「?」

その逆をすればいい。

「結局何が言いたいのだ、お前は」

「う」

尋ねても答えを得られない。しかし尋ねなくても怒られる。それならば当初の予定の通り訪ねて、それにユーリには答えてもらわねばならないだろう。

「あんたのそれって、狙ってるのか素なのかマジわかんねーな…」

「狙う?何をだ?」

「…そういうのは素なんだよな…」

まるで誘導尋問だと言って、はあ…と盛大に重たいため息をつかれた。しかしそのようなつもりも思い当たる節もなく、むしろため息をつきたいのはこちらの気分だ。

「お前の言う事は意味がわからん」

「〜〜〜〜〜だからっ!!」

 だがそう言った事が、何か彼の逆鱗に触れたらしい。急に顔を上げたユーリがずいっと詰め寄り、デュークの胸倉を掴んで引き寄せる。恐らく怒っているのだろう。凄んで睨むような目つきは、並の人間では恐ろしくて声も出せないかもしれない。しかし今は頬が僅かに赤い為に、そこまでの迫力がなかった。

「どうしてあんたはいつもそうなんだ」

―――だからデュークは考える。

「こっちから離れる時は『ああ、そうか』なんて異様にあっさりさっぱりしてるクセに」

―――何故彼は、そんな顔をするのか。

「会えば会えたで『会えて良かった』的な事言いやがる。しかもその全部が素で、本人まるで無自覚ときたもんだ」

 ―――そしてこんな顔を彼にさせているのは間違いなく、自分だと言う事を。

「………あんたの性格も大分理解出来てきたかなーって思うのに、結局いっつもそんなんに振り回されて、そのたびに一喜一憂して」

 デュークが口を挟まないのをいい事に、ユーリは胸の内を吐露する。胸倉を掴む手には、もうそんなに力はこもってはおらず、何故だかしがみつかれているような、そんな錯覚を感じた。

「そんな自分が自分でもすげー恥ずかしいよ。でも、あんたの事好きなんだからしかたねーだろ!」

「!」

 言って、最後には唇を押し付けられた。完全に不意打ちだった為、掴まれたシャツを引き寄せられ、されるがまま、デュークは動かない。

「〜〜〜ほら、これでもう満足しただろ。いい加減帰るぞ……!」

やがてすぐにぱっとユーリは離れ、踵を返して戻ろうとする。しかしすべて自分からした行動の癖に何を照れているのか。ずかずかと大股で歩き、すぐ手の届かない場所まで行ってしまった。

だがデュークはその場で足を止めたまま、その背中を見る。

そして、

 

「すまない」

 

「!」

 告げた時、ユーリの足がぴたりと止まる。

「親しい者との別れとは惜しむものであり、また再会は喜ぶべきものだったな…そんな単純な事でさえ、私は忘れていた」

 人とはそういうものだと言う事を。

「すまない…しかし、お前にはそれを思い出させてもらった―――礼を言う」

「あ、いや、そんな真剣に考えような事じゃ……べ、別に謝ってもらうよーな事じゃねーし。つか俺も結構勝手なこと言ってるしな…」

振り返りながら頭を掻くユーリは、どこか気まずそうにする。もう怒っている訳ではないらしい。その事に自然と安堵する自分がいた。自分の感情だけではない、相手の感情に己が左右される。そしてそれは、その相手が自分にとって特別であるからこそ。

「では許してもらえるだろうか」

「許すも許さないも……うん、まあそれであんたの気が済むなら、許す。俺も、勝手な事言って悪かったな」

「ああ」

「しっかし何かほんと…あんた変わったな。それとも、昔はそうだったのか?」

(私は変わったのだろうか)

具体的に何がどう変化したのかはわからない。しかし変化する事を望まなかった昔とは違い、今はそう言われる事を不快には思わない。そしてその変化は世界と同じく、目の前に立つ彼に因るものなのだ。

「さ、もうそろそろ帰ろうぜ。ジュディに頼んでバウルで家まで送って……」

「では帰ったらお前に寂しい想いをさせた埋め合わせをせねばならぬな」

「は?」

歩き出そうとするユーリの手を取り、彼が出会った時向かおうとしていた方角に向かう。

「ちょちょ、ちょっとおいデューク!?」

「遠慮するな。私がそうしたい…ただそれだけだ」

思えば、憮然としていたユーリの顔が頭から離れなかった事自体が、自分にも何かしらの引っ掛かりを与えていた。でなければまったく違う状況で思い出す筈がない。

「〜〜〜〜っ」

肩越しに振り返れば、ユーリは赤い顔で口を魚のようにぱくぱくさせる。そして目が合うと途端に苦虫を噛み潰したような顔をして。

「この分の埋め合わせは利子つきで高くつくぞ…!」

「ああ、わかった。肝に銘じておく」








これで晴れてラブラブになった…のか?
何だか相変わらずな気もします。デュークは相変わらずだし。