+理屈なんていらない+

 

 

 

 

 

言葉にしないとわからない事、言葉にするとわからなくなる事、言葉にしてもわからない事。けれども何もしないよりでいるよりは、何かの糸口になる事を―――思い知らされた。

 

 

「デューク、たーだいま……っと、いないのか?」

小さな猟師小屋を仮住まいとする為、気配くらいすぐにわかる。いてもほとんど物音を立てないくらい静かだが、流石にいる時といない時の違いは明白だ。

「わん!」

「ん?何だラピード、見回りか?」

「わおん!」

「はは。世界中を縄張りにするグレートボスも大変だな。いいぜ、行って来いよ」

そうやって縄張りの見回りに出掛けるラピードを見送り、ユーリは一通り室内を見て回る。どうやらデュークは本当に留守にしているようだ。

ひと通り見て回り、最後に訪れたのは彼の寝室。

「何処行ったんだか……ま、元々あちこちふらふらしてたしな」

恐らくまたエアルクレーネの様子を見に回っているのだろう。そんなに心配しなくとも、リタを始めとしたアスピオの研究者たちが目を光らせている。そうそう滅多やたらに手おくれになる事なんてない―――とは言っているのだが。

世界が変わる前も、変わった後も、世界を大切にするデュークの想いは変わらない。それだけ彼と、彼の親友エルシフルとの絆が深い、という事だ。

「………」

ぼすん、とベッドの上に腰を下ろす。皺ひとつ乱のない冷たいシーツが、少なくとも数時間以上、主がいない事を物語る。

「……筋違いなのはわかってるけど……」

ごろん、と横たわって枕に顔を埋めた。

その存在自体がまるで夢や霞のようなその人は、自分と同じ人だった。触れた温もりも、人よりは乏しいがちゃんと感情もある。妙な冗談(?)や突飛な行動が目につくが、それも彼の人としての個性だ。

一緒に過ごす時間が増えて、知らなかった彼が徐々に見えて来た。人として生きる事は十年前に捨てた、と言った彼の人間らしさ。そしてそれは、それを共に育んだエルシフルというエンテレケイアの存在に依る所が大きいのだろう。

十年前のデュークを、ユーリは知る事が出来ない。

(死んだ奴に嫉妬とか、マジありえないし……)

「大体デュークにとってオレなんて、ただうるさく構ってくるお節介野郎なだけなんだろうなあ」

本人が無頓着なのをいい事に、随分図々しい事をしてきた。勝手に家(と呼ぶにはあまりにもアレな小屋だが)を改造して自分の部屋まで作ったし、連れ回したりもした。

けれども拒絶もしないし、邪険にも扱われない。嫌そうにしている時もあるが、結局はなんだかんだ付き合ってくれる。

だから時々、勘違いしそうになる。

気付いてしまった己の想いを、同じように想ってくれているのではないかと。

もちろんデュークには一片もそんな考えはないだろう事はわかっている。きっと理解もされない筈だ。

それなのにそんな時―――距離がいつの間にか縮まって、キスまでされた。

が、あんなものは不慮の事故みたいなものだ。もともと少し人よりずれているから、無駄に持っている知識が妙な方向に働いたんだろう。

 

『これでもう、眠れるだろう?』

 

もちろん眠れたものではなかった。これ以上何かされては気がどうにかなってしまうと、寝たふりを決め込むので精一杯で、翌日、顔を洗いに抜け出して見た水に映る自分の顔は相当酷いものだった。

けれどもそれからだ。何だか、デュークからユーリに触れてこようとしてくる。

でもそれはきっと勘違いしているからだ。あんな事をして寝かせようとするから、小さな子供と同じように考えられているのかもしれない。

(子供ってやつは、ほら、スキンシップが好きだから。オレもなんだかんだ言って、デュークにだいぶどさくさにまぎれて触っている、し)

十分ありえる。何せ相手はあのデュークだ。

「あー、なんか、すげぇ馬鹿みたいだ……」

枕を抱え、するりと顔を擦り付ける。これはデュークの枕だ。デュークの傍にいて、特別彼の匂いを感じた事はない。けれども他の誰でもない、人が確かにいたその痕跡がデュークなのだとユーリは思っている。

だってここには、自分と、ラピードと、デュークしかいないのだから。

 

「―――ユーリ・ローウェル…それは今、勝手に私のベッドに上がり込んでいる事に対しての自責か?それともお前の潜在的頭脳に対して、悲観的観測からの独白なのか?」

 

「!?」

 そう、人の声なんて、自分以外には彼しかいないのだ。

ユーリは聞こえた声に、がばりと上半身を起こして入口を見遣る。するとそこに、ずっといないものだとばかり思っていたその人が立っていた。

「デューク!…で…出掛け、てたんじゃ…ないのか」

「すぐそこまで行って、今帰ってきた所だ。外でラピードに会ったので、中にお前がいるのだと」

「い、いつから見てた…?」

「お前の背中が部屋に入る所からだが?」

「………」

ほぼ最初から全部だ。つまり、ベッドに上がってごろごろしていたのも、変態よろしく枕の匂いを嗅いでいたのも見られた事になる。

かーっと顔が熱くなった。

「わ、悪い、すぐ退く…」

「構わん。そのままでいい」

しかし慌てて起き上がろうとすれば、制されて動けなくなる。かつかつ、と足音を立てて彼は傍にくるとそのまま、自分のベッドの縁に腰を下ろした。

このまま彼の言葉に逆らって起き上がり、部屋を出ていくべきか。或いはその隣にいつものように座るべきか。中途半端に上半身を起き上がらせた体勢で、すぐ傍にある背中を見つめる。

ほんのすぐ傍に、綺麗だと思っても触れるタイミングの掴めない彼の美しい銀の髪があった。思わずそれに触れようと、無意識に腕が伸びて。

「先程の―――お前が後者の事で悩んでいるなら何等問題はない」

「……え!?あ、おお?」

 慌てて引っ込めた。今のは完全に無意識だった。危ない危ないと、引っ込めた腕を胸に抱き、深く息を吐き出す。

 しかしデュークは、そんなユーリの奇行など気付いた風もなく、

「人の頭脳には潜在的に生まれ持った知能と、後天的に自ら体得した知識によるものがある。前者は人の力に依る事は出来ないか、後者は本人の努力に依る事が大きく、私はそちらの方が重要だと考えている。それらに経験、判断力などを付随して、人の知能は最終的に計られるべきだろう。そして少なくとも、お前はそう言った意味で賢い人間だと私は思う」

何故だが突然褒められた。しかし、てんで話の方向性がおかしい気がする。それだからこそデュークだ、とも思うのだが。

「…………は、はあ…、アリガトウゴザイマス…?」

ユーリはがくりと脱力して苦笑した…が。

「―――しかしお前の悩みが前者であった場合……」

「?」

前者―――そう言えば、さっきはいると思っていなかったデュークの登場に慌てていたから、デュークが何を言ったのか、よく聞き取れていなかった。前者というくらいなら、さっきのが後者とやらの話だったんだろう。

「なんだ?」

「あ、いや、気にせず続けてくれ」

「?…ああ」

しかし今さら何の話だかわからないなんて言えない。話の腰を折ってはまずいだろうと、ユーリは何でもない振りをする。取り繕えば、デュークも気にせずに話を続けた。

しかし、それは。

「先ほどお前が己で己を『馬鹿みたいだ』と呟いた理由、それが私の言った前者であるならば、気にする事はないし、私も気にしない―――そう言う事だ」

 そう言う事とは、どう言う事だ。

「え、え?やっぱちょっと待て。さっきから変に小難しい話を挟むもんだから、アンタの話してる意味がわからねぇ」

「………」

 さっきそんな事を言っていただろうか。

流石に頭が付いていけなくて、話の腰を折らざるを得ない。しかしそれは案の定デュークの機嫌を損ね、その柳眉の間に皺が寄ったのが明らかに分かる。

しまった、と思った時には既にもう遅い。デュークの体がベッドの中央、ユーリの方向に体ごと捻じって正面を向く。そんな体を支えるのは右腕だ。デュークがシーツに腕を突き、一人用のベッドが重さに鳴いた。

「だから―――お前が私のベッドで寝転がっているのは、起きているいないに関わらず構わない、と言っているんだ。何故人の話をちゃんと聞かないのだ、お前は」

「そんな事言ったって……え?、それってどういう……おわ、わ、わ、デュー…!?」

そんなデュークの動きに、慌てて体を反転させたのが悪かった。バランスを崩したところ空いていた左手で肩を強く押さえつけられ、何も支えてはいない、ただ起き上がらせていた上半身がぐらりと傾く。

「!」

 ぼすん、と倒れ込んだユーリをマットレスが受け止め、ぎし、とベッドの骨組みが今までで最高の衝撃に悲鳴を上げた。倒れ込んだのがベッドの上だったおかげもあり、背中を打って痛む事はない。ただしぐるりと視界が反転している。天井が見え―――が、すぐにそれは覆い被さってきたデュークによって遮られた。

これではまるで組み敷かれているかのような体勢じゃないか。

いや、事実そうだ。

腕が顔の両脇に突っぱねられ、逃れる事も、視線をそらすことも出来ない。

「あ、あの、デューク…さん……?」

意図せずに声が上擦る。

状況が飲み込めない。しかし見上げれば確かにデュークの人間離れした綺麗な顔がある。夜の砂漠に落ちる銀色の月明かりのような彼の髪が、まるでカーテンのようにユーリの視界を狭めた。

(一体何が)

自分の身に起きた状況がまったくわからない。理解できるほど、この状況に冷静でいられない。ただ一つわかる事は、自分は今、デュークに押し倒されたのだ、という事。

「―――私はずっとわからなかった」

(オレにはこの状況がわけわかんねーよ…!)

するとじっとしばらく口を噤んでいたデュークから、言葉が降ってくる。ユーリにしてみても思わず声を大にしてそんな事を叫びたかったが、すんでの所で心の叫びとして留める事に成功する。大体、わからないのはこちらも同じなのだ。今からデュークが話そうとしてくれている事は、こんな押し倒されていないと聞けないような話題なのか、とかなんて特に。

けれども声が出ない。もし声が出せるのならば、どちらかと言えば悲鳴を上げたいところだ。

(…ホントにこの状況、勘弁してくれ…!!)

じっと見られるとうまく言葉が出せなくなってしまうくらい、デュークの顔はユーリ好みであった。許されるなら、ずっとにやにやと眺めていたいのに。素でいるには、緩む口を押さえていなければならない。

もちろんそんなユーリの内情など、デュークは知る由もない。

じっとユーリの顔を見下ろしたまま、

「ユーリ・ローウェル」

「う、わわわ」

(近い近い近い近い…!)

体を支える為に突っぱねていた腕を折り、より一層顔が近くなった。この前キスされた時は一瞬で距離を詰められたので、こんなにもマジマジと顔を眺める暇はなかった。だから改めてこの距離で見つめる事が、これほど精神衛生上良くないなんてわからなかったのだ。

思わずごくり、とユーリは息を飲む。

間近で眺めるデュークの顔は、離れて眺めるよりずっとユーリ好みだった。

 けれどもそれが油断を生んだ。いや、もう油断とか隙とか、そういうのはもう別の次元だ。

 

「お前は私の事が好きなのだな」

 

「…………………」

耳から入ってきた言葉にユーリは、にやけないと眺められないデュークの顔を思わずあほみたいにぽかんと口を開けて見つめてしまう。

(今こいつ、なんつった?)

思考がその前あたりから巻き戻して再生し始め、記憶を手繰り寄せる為にしばらくフリーズした。すると間近にあるデュークの顔が、みるみる憮然としたものになっていって―――。

「ユーリ・ローウェル、何故黙る」

「……っ!」

はっと我に返った時には既に遅い。

「もう一度言う。―――お前は私の事が好きなんだろう」

「は?ちょ、え、な、んで…何が!??」

 ユーリは今、唐突に自分の足元に穴が開いたくらいの驚愕に襲われた。いや、穴は空いていない。だってデュークに押し倒されているし、背中は現にベッドについている。穴なんて空いていない。いや、穴が空いている事が重要なんじゃない。

頭の中がめちゃくちゃだ。そうじゃない。

ようするに―――バレた、のだ。

というか今までバレないのが不思議なくらいだったのに、どうして、突然。しかもあのデュークになんでバレた!!?

しかもそれどころかそれは、『好き』か『嫌い』かその気持ちを尋ねるのではなく、まるで既に確定している事実を確認するようであった。真上から降ってくるデュークの言葉は既に、『ユーリがデュークを好き』だと言う事を前提にしている。

言った覚えはない。気付かれた覚えも。

だって相手はデュークで、きっとそんな事一生気付かないでくれて、それで一緒にいられるもんだと思っていた、のに。

「私はここ最近、ずっと考えていた」

 しかもデュークは別に、ユーリから否定も肯定も、その答え自体を欲している訳ではないらしい。

「本来人の活動というものには、何かしら結果という対価を得られるようになっている。それ故に、何等見返りを求めずに行う行為などない。だが対価とは本来、片方の求めだけでは得られないものだ。それは相手が求めた事により初めて、対価となり得る何かと取り替えられる権利を持つ―――しかしお前は私に、それを求めない」

「ちょ、デュークそれは」

「いいから黙って聞け」

「うぐ」

喋り始めたデュークは、ぐるぐると回るユーリの思考などお構いなしだ。どうにか言葉を挟もうとすれば、手のひらで口を覆われて喋れなくさせられる。

押し倒されて、口を塞がれて、あんまりな扱いだ。

(ほんっと、べらべら喋る時はロクな事がない…!)

 強制的に黙らされた事で、今度はユーリがむっとする番だ。

「しかし、私はそれを考えた事もなかった。お前はそういう人間なのだと思っていたからだ。自らの意志を貫くのに、余計な利益を考えない。例えそれを貫く事が不利益でも、お前は己の意志を捻じ曲げたりはしない…そういう人間だからこそ、私はあの時お前に勝てなかった」

「………」

(―――アンタ本当に思ったこと、喋りすぎだ)

 しかしそれが逆に、ユーリの混乱した思考を急激に冷やしていく。口を塞がれて、ただじっと語られる言葉を聞くしか手立てのない今が、逆に自分の思考を整理させてくれる。

 ただ、わからない。

 何故いきなり、こんな事に。

どうしてデュークが、それに気付いたのか。

「あの後―――世界の理が書き換えられた後、私の目の前にお前が現れた時、私はお前が私を監視しにきたのだと思った。そしてしばらくはずっとそう思っていた。それなのにお前自身にそれを否定された後、それでもまだ疑う余地はあったのに、けれども私はお前の言う事を鵜呑みにしてしまった。お前が違うというならば違うのだと、納得できた……けれどもその理由がわからなかった」

 少し、口を押さえる手の力が弱まる。それでも取り去ることはせず、ユーリはああ、そんな事もあったな、と思い出した。

 

 

『時たま訪れては、特に何をするでもない。私が勝手に死なないよう、もしくは、また同じよう人に害を為さないよう監視をしているのか』

 

『口にしたら監視にならないだろう…しかし、監視でないならば何の必要がある。何故、私の領域に踏み込んでくる』

 

『ユーリ・ローウェル、お前は私に何を望む。そして、どうしたいのだ』

 

 

「………」

(あれが、あの時のあれがきっかけだったのか…?)

 問いかけにははぐらかしたつもりだったが、デュークに何かしらのきっかけを与えてしまったのかもしれない。キスをされたのもその後だ。あの時は強制的に眠らせる為、とか言われたが、そんなもの余計眠れなくなるだけだった。

その全部がユーリの気持ちも知らず、無自覚でやっているのならば、随分ひどい仕打ちだと思ったものだ。

こっちの気持ちなんて何も知らないで、なんて、押しつけがましい事を言えた義理でもないのだけれど。

「相手に対して好意を抱く時、人は同じ想いを相手に共有して欲しい、と思うもの。…それなのに何故お前は私に何も求めない」

「………」

そんな事―――始めから気付く相手だなんて期待もしていなかった。

傍にいても邪険にされないから、それにただ甘えているだけでも良かった。それまで頑なに人を寄せ付けなかった彼が、そのテリトリーに居る事を許してくれた…それだけで特別、別の人間とは違う目で見てくれているのだと、優越感さえ抱けた。

それなのに、

「―――…求めたら、アンタはそれに答えてくれたのか?」

 口元を覆われていた手を剥がし、ユーリは問う。

気付かれたからと言って、この先どうなるというのか。

「それはわからない」

 わからないなら、このまま変わらなければいい。それで充分だ。

(そうだ。別に変らない。別にそれでもいい…今までそれでうまくいってたんだから)

「わかんないならいいだろ?だからもう、こんな話終わりにしようぜ」

 言いながら、ユーリは体を起こそうとした。しかしデュークはユーリの上から退こうとはしない。

「おい、ラピードももうじき帰ってくるし、飯作ってやるからいい加減退いてくれって……」

何もかもが決着付いたというのに、これ以上何をする事があるというのか。だんだんといらいらしてきたユーリは、掴んだままのデュークの手をそのまま彼の体の方へと押し返そうとした。

―――が。

「わからなかった。私は感情を忘れてしまったと思い込む事で、考える事すらやめてしまっていたのだから。しかしそれに気付いたから、考えた。お前が好意を持って私に接する理由と、それに自分が甘んじている意味を」

 まだこれ以上、何を話すと言うのか。

「ユーリ・ローウェル」

 

 

「私はお前が私のことを好きであると同じように、お前のことを好きなのだ」

 

 

「は」

「ずっと考えていた―――お前がこんなにも傍にいても不快にはならない理由を、一度触れてしまうと、それ以上に触れたくなる意味を。ずっとわからなかったが、ようやくそれが正しく思える意味と、その理由がわかった」

 掴んだ手を、今度はデュークから振りほどかれる。そしてその手は頬に触れ、くすぐったさに思わずユーリがびくりと首を竦めた瞬間、

「同じだったのだ。私は、お前と」

「え、ちょ、ちょお、待て。ちょっと待て。アンタ今、自分が何言ったのかわかっ…―――…んぐ」

一体何なんだ、この既視感は。

「う、ん、んん〜〜〜!!」

 キスだ。そう、これはキスだ。

 見開いた向こうにデュークの顔がある。あまりに近すぎて、ピンぼけした視野ではその表情がわからない。ただじっと、キスをしているのにデュークは目は閉じていないのだけはわかった。

「んん、うー…んぅ…ふぁ……っ」

しかしこうしてデュークとキスをするのはこれで二度目だ。大体その二度しかないから、記憶だって鮮明にもなる。しかも一回目と同様、行為自体にユーリの意思などあったものじゃない。

塞がれた唇に息を奪われる。最初のうちはどうにかばたばたと抵抗していたが、だんだんと酸素が足りなくなって動きも鈍くなっていく。思わず逃げて喘げば、そこから舌を差し込まれて口の中を蹂躙された。

「はあ……ふ、んく…」

「…ふ…」

つう、とデュークが離れると唾液の糸が滴る。

十分に堪能されてしまった。そして、終わってみれば、それを十分堪能してしまった自分がいる。好きな奴とするキスだ。気持ち良くないわけがない。

「…はぁ……なん、で」

 散々弄られて痺れた舌では、うまく喋られない。しかも酸欠で頭の中までも痺れたようにぼんやりとしていて、離れた唇が再度降ってきては顔中に落ちるのを、もう振り払う事ができない。

そんな時、不意にさらりと視界の端に銀色の髪がひと束降ってくる。思わずそれを、ユーリは持ち上げた手で掴んでいた。

「なんで…キス、するんだよ…」

「お前を好きだと納得したら、そうしたいと思えたからだ。お前はしたくなかったのか?」

「………」

 なんて当たり前の事のように言うんだ。大体、告白ひとつするのにどれだけ御託を並べるつもりなんだ。そのせいか、告白されたという実感がいまいち薄い。まだ無理矢理キスをされた印象の方が強烈だった。

しかし―――したくないと言えば嘘になる。

(いやいや、それにしたって強引すぎるだろ。勝手に人の気持ちを決め付けて、勝手に好きだと言って、勝手にキスをして……)

今デュークに一番言いたい文句というのは、そんな彼の勝手な事ばかりする所ぐらいだ。そうだ。だからもう、色んな事がどうでもいいじゃないか。

悪い夢ではない。好きだ。そして、相手も好きだと言った。悪い訳がない。

それにもう、転がりこんできた好機を不意にするほど余裕なんてユーリ自身にはなかった。

「したい」

手にしていたそれをぐいっと引いて引き寄せる。すると抵抗もせずに顔を近付けてくるから、見下ろす赤い瞳をユーリは頭を浮かせてずいっと覗き込んだ。

「もっとしたい。アンタが欲しい」

「そうか」

「!」

要求すれば、にやり、と珍しくデュークが笑う。思わずびくりとしたのは、デュークもそういう笑い方ができるんだと驚いたからだ。

「ユーリ・ローウェル」

「…っ…そうやって聞いたんだから、満足させろよ」

「ああ、善処する」

 照れ隠しのように声を上げれば、髪を掴む手を取られ、首に回すようにされる。

この体勢からどう考えったって、自分が下の立場になるようだ。そんな時はさすがに男子たるものの威厳とか、沽券とか、色々頭の中を駆け巡るが、

(いや、もう、アンタがオレにくれるんならこの際どっちでもいいんだけど―――それに)

 好きだとか、嫌いだとか、欲しいとか―――同じだとか。

そういう事を言ったり実行したりするデュークを見ていると、やっぱりデュークも人間なんだなあ、という妙に感慨深いものがこみ上げてきてしまい、結果そんなどうでもいいものはかき消されてしまうのだ。








ようやく…というか、本といいこれといい、
うちのデュークは大事な話がある時は押し倒すくせでもあるのか。
もちろんユーリ限定で。
デュクユリは明確なラインを引かない方がいいかな〜とも思ったのですが、
今後の事も考えて色々…してたら長くなりました。
一番悩んだのがタイトルなんで、もうニュアンスで感じ取ってください。