まるで一言一言が一つの宝のように

 

 

 

 

 

大切に、大切に、君の名を呼ぶ。

 

「アスベル」

「ん? 何だリチャード」

呼ぶと、当然のように返ってくる返事に、リチャードは胸の奥が温かくなるのを感じる。そしてそれと同時に、その心に更なる欲求が沸き上がらせた。

「アスベル」

「リチャード?」

リチャードはアスベルを呼ぶ。

「アスベル」

その一言一言を大切に、まるで宝物のように愛しく。

するとそれ以上何も言わず、ただ名前を呼ぶリチャードに対し、アスベルは訝しげに眉を寄せた。

「リチャード、ただ呼ぶだけじゃ何を言いたいのかわからないだろう」

しかしリチャードは、

「アスベル」

と、ただその名を口にする。顔はあくまで微笑みを湛えて彼を見つめ、万感の想いを言葉に込めて。するとそれを聞いたアスベルの頬にさっと赤みが差した。けれどもふるふると頭を左右に振ると、真っ向からこちらに向き直って、

「リチャード」

 度は少しきつい口調で、呼ぶ。しかしそんな事すら今の自分には嬉しくて、

「アスベル」

「!」

 もっともっと、蕩ける程の甘い表情で見つめて呼んだ。すれば、頬に差した赤みが耳にまで至って、何とも言い難い顔でアスベルは口をわななかせた。

そして、

「頼むリチャード、もう勘弁してくれ。これ以上は俺の心が持たない」

そう言ったきり、視線から逃れるように机に突っ伏してしまう。別にアスベルを追い詰めていたつもりではないが、結果的にそうなってしまったようだ。

「別に君を困らせたかった訳じゃあないけど」

髪の隙間から覗く赤い耳に、向かい合う席から腕を伸ばして触れる。指先が触れた部分が少し熱い。きっと頬はもっと熱いだろう事を想像しながら告げると、触れられてぴくりと肩を揺らしたアスベルが、顔だけをこちらに向けた。

「十分困らせてる」

なんて、可愛らしく拗ねて見せるアスベルに、浮かぶ笑みを堪えられない。しかしいい加減これ以上機嫌を損ねても、あまりいい事はないだろう。もちろんアスベルが怒った顔も、きっとこの上なく可愛いのだろうけれども。

「ごめん。君の名を呼びたかったんだ」

「名前? 名前なんて、いつだって呼んでるじゃないか」

動機を正直に話したつもりが、顔を上げたアスベルはこちらが何を言っているのかわからないといったように首を傾げる。まあ確かに、その反応はわからなくはない。名を呼ぶ理由も、実に自分勝手なものだからだ。

「今頃だけど、君の名を呼べなかった七年間を、酷く惜しいと思うんだ」

「!」

だから今度はもう少しだけかみ砕いて伝える。いや、むしろ動機としてはそのままだ。包み隠さない、本心からの…。

「七年って…それで俺の名前を連呼したのか」

すると案の定、アスベルは呆れた顔をする。呆れられても仕方ない。確かに自分でも馬鹿らしい動機だと思う。けれども馬鹿らしいと思う以上に、

「僕にとってアスベルは宝だ。大切で、何者にも変え難い…そんな君の名を呼べる事が、呼んで、君が応えてくれる事がこの上なく幸せなんだ」

それは高揚とは違う、胸に注がれる温かな感情。やがてそれは胸から溢れ、全身を満たすのだろう。そしてその幸福な気持ちが、触れた指先からアスベルに返せればいい。自分だけが満たされるにはあまりにももったいなく、それをくれたアスベルにも同じ気持ちを味わって欲しかった。

「だからってそんな、俺も名前ばかり呼ばれても困る」

頬は赤いまま、アスベルが唇を尖らせた。その様子に、リチャードも小さく肩を揺らして笑い、「確かに、ただ連呼するのは違うかな」

「そうだぞ。用もないのにそんなに連呼されたら、もしかしたら俺は無意識にリチャードの呼び声をいつか軽んじてしまうかもしれない。本当にリチャードが俺を必要として呼んだ時、気付けなくて手遅れになってしまうのは嫌だ」

「アスベル…」

会えなかった七年間みたいに、とそうぽつりと落ちる呟き。

真面目で、優しいアスベル。だからきっと、アスベルはそんな事はしない。もしすれ違いでそうなってしまっても、きっと手を伸ばしてくれるだろう。ラムダと共に消えようとした自分を救ってくれたように、きっと。

けれども、

「大丈夫、もうそんな事にはならない。今は、君が傍にいてくれるからね」

まっすぐその空色の瞳を見つめて言う。するとアスベルはぱちぱちと幾度か瞬きをして、けれども嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「……けれどもそれとこれとは話は別で、そうやって名前を連呼するのは無しだ」

「どうして? 僕は君の名前を呼ぶ時、一度だって軽んじて呼んだ事はないのに」

「いや、どうしてって……それだから俺の心臓がもたないって言うか」

「?」