友情の証、決意の証、……の証?

 

 

 

 

(注:ED後のネタバレ捏造です)

 

「アスベル、それ」

「うん?」

「僕の指輪、まだ持っていてくれたんだ」

「ああ…これか」

それは幼い頃、リチャードから友情の証として預かったものだ。しかしその正体は、亡くなった自分の父が、同じく亡くなったリチャードの父でありウィンドル前王陛下に賜った伝説の剣エクスカリバーの鞘を抜く為の鍵だったという、驚くべき代物だったりする。

もちろんそんな謂われがあるとは露とも知らず、けれどもリチャードとの思い出の品として、ずっとアスベルが大切にしてきたものだ。

「大事にしてくれていたんだね」

「ああ。リチャードに貰った、大切な思い出の品だからな」

貰った頃はぶかぶかだったそれも、今ではアスベルの指にしっくりとくる。それは小指の爪大程の、まるで大翠碧石のかけらのような色をした石を嵌め込んだ金の指輪だ。

「あ、いや―――そういえば貰ったんじゃなくて、預かったものだったんだよな」

ラムダが自分の中で眠りに就き、一年が経った。その間返す暇がなかった訳でもなく、ただ単に返し損ねていたに過ぎない。この指輪を鍵とする形見の剣はアスベルの手元にあるが、デール公にあの剣が父の物になるに至った経緯を聞いた今では、気軽に抜くものではないとアスベルも思っている。

この指輪の意味を考えると、やはりここはちゃんとした持ち主に返すべきだろう。

しかし、

「いやアスベル、その指輪は君がそのまま持っておいて欲しい」

そう言って、リチャードはアスベルが指から抜こうとしたのをやんわりと手の平で包んで留める。

「だがこれは元々リチャードの物だ。君の父上の形見でもあるし」

「それでも今は君に持っていて欲しいんだよ」

「どういう事だ?」

そう言う言葉に含まれた別の意味を察し、問い掛けた。するとリチャードは包んだアスベルの手の甲をそっと撫で、指輪に触れる。それは酷く優しく、愛しげに。一緒になって触れられる自分の手指がくすぐったくて、思わずぴくりと指が跳ねた。

そんな様子にリチャードは少し肩を揺らして笑って、

「僕もこの指輪の謂われをデールから聞いたんだ」

「リチャード、知らなかったのか?」

「大切な指輪だとは知っていたよ」

「って、わかってて俺にやろうとしたのか!?」

「いや、そこまで大切な物だなんて知らなかったから。謂われはもちろん、僕にはこういった物の価値がわからなかったからね…」

 そう言って指輪を見つめる目が淋しげで、アスベルまで胸の奥が訳もなく締め付けられる気分になる。

近寄る者を誰一人として信用できなかったリチャードの子供時代。それがどれほど悲しい事か、アスベルの想像は遠く及ばないだろう。

「今ならこの指輪の真の価値がわかるよ。けれども、だからこそまだこの指輪を返してもらう訳にはいかないんだ」

つい、とリチャードの視線が窓の外に向く。そこには午後も回り、刻一刻と夜に向かって帳が降りつつある今、夕焼け色の空に栄えて尚鮮やかな輝きを放つ大翠碧石が見える。星の核からの元素の供給が正常化し、一時は失った輝きも今は元通りだ。

そんな大翠碧石の輝きをまばゆそうに目を細めて眺め、リチャードはそっとアスベルの手を離した。

「……僕は王として、この国を導いていかねばならない。けれども僕は多くの罪を重ねた。僕の所業を知って、僕を憎んでいる人が大勢いる事も知っている」

「リチャード。皆が皆、お前を憎んでいる訳じゃない。現にこの城や街には、お前を信じて支えてくれている人が大勢いる」

リチャードが出奔した時も、デール公を始め多くの城に残った者や街の人間たちは、リチャードが無事帰ってくる事を願っていた。そんな多くの人々にアスベルもその願いを托されもした。

そして勿論、

「俺だって……」

「アスベル……ありがとう」

一度は離された手を取り、握る。すると指を絡めて握り返されるので、アスベルはそっとあやすようにリチャードの手の甲を指で擦った。するとリチャードは小さく肩を揺らして笑い、握ったアスベルの手を温かな両手で包み込む。

「君の言う通りだ。有り難い事に全部が終わってからその事に気付かされたよ。だからこそ僕はそれに報いたいんだ。僕を信じてくれた人達にも、僕を憎む人達にも……父上を越える立派な王になって、エフィネアを争いのない平和な世界にしたいんだ」

昔、あの丘で見たリチャードの顔と今が重なる。幼い頃に誓った、途方もない夢。あの当時では誰もが子供の夢物語だと笑ったかもしれない。しかし今なら、ほんのひと時でも世界が一つになった今なら……そして誰より強くそれを願うリチャードなら、成し遂げられると思う。

きっと、成し遂げられる。

(俺のお墨付きなんてなくても、君ならきっと)

「だからそれまで、その指輪は君に預かっていて欲しい。君がこの指輪で剣を抜く必要がない世界になったら、僕に返してくれ」

形見の指輪と剣。この二つが揃い、指輪によって剣が鞘から抜かれる時、即ちそれは王国が危機に曝された時だ。王国の為に抜かれる剣を抜かせないよう、そんな事態に陥らせないよう。

「ああ、わかった。それまでは俺が大切に預かっておくよ」

指輪を嵌めた左手を胸に当て、アスベルは力強く頷いた。それに見て嬉しそうに微笑んだリチャードは、

「ありがとう、アスベル。その時はまた、僕自身が選んだ別の素敵な指輪を君に贈らせてもらうよ」

なんて事を言うので、アスベルは首を傾げる。

「何でまた改めて贈られる必要があるんだ?」

「何故って、君のここは常に僕の予約で埋めておきたいからさ」

「予約?」

ついと伸ばした指で、こつんと左手…薬指にぴったりと嵌まる指輪の石を突かれた。右手では剣を握る時どうしても邪魔になるし、外して無くしてしまうのが嫌だったからずっとここが定位置だ。ここにある事に、何か意味があるのだろうか。

「君にはどんな色の石が似合うだろうか。いっそ揃いにして二人でつけるのもいいよね?」

なんて、上機嫌そうなリチャードは教えてくれそうな様子ではないので、今度そういったのに詳しそうなシェリア辺りに聞いてみようと思うアスベルだった。