*恋のスパイス*

 

 

 

 

 

「健二さん」

「な、何?」

「健二さん、好きだよ」

「い、いきなりどうしたの?」

「あいしてる」

「か、佳主馬くん!?」

「一生健二さんの事考えて、ずっと一緒にいたい」

「え、えっと……」

 

いきなりなんだ。

急に詰め寄られ、両手を握られたかと思うと、こちらが状況を把握する時間すら与えずの猛攻。思わず体をのけ反る健二だが、その分佳主馬が身を乗り出すので、結果的に二人の距離は離れてはいない。むしろ縮まったくらいだ。

目の前には健二の目をじっと見つめる、否応なしにも目が反らせない佳主馬のまっすぐな目がある。もう駄目だ。もう、これ以上この状態で我慢なんて出来る筈がない。

「健二さん」

「〜〜〜〜っ、い、いい一体何!?」

結局佳主馬の呼び声が健二の我慢の限界を引き出す原因となった。思わず声まで裏返って、健二はぎゅっと目を閉じてしまう。

すると、

「どうして返してくれないの?」

「へ?」

閉じたまぶたの上に唇が押し当てられ、びくりと肩を震わせる。けれども佳主馬がすぐ離れていったので、それを追い掛けるように健二はきつく閉じていた目を開けた。すると先程よりは少し離れた位置(それでも吐息は感じるくらい近くだが)でじっと、しかも今度はどこか不満げに見詰めてくるではないか。

一体今度は何が気に入らないのか。ひとまず健二は何が何だかすらわからないのだが。

「か、返さないって何が?」

だから聞いた。考えてわからない事は聞くに限る。すると目の前で、明らかに呆れたため息が漏れて、

「気持ちっていうか、言葉っていうか」

「え」

そしてそれはまったく想定外が答えを返した。

「好きとか、あいしてるとか、俺は結構言葉にしてるけど、そう言えば健二さんからは滅多に聞いた事がないなーって」

「ええ!?」

「健二さん、俺の事好きなんだよね?」

「え、えっと…それは……」

今度はじとりとした半目だ。

「………」

挙げ句黙られる。けれども黙ったとは言え、その目から逃れられた訳ではない。しかも佳主馬の眼力は半端なく、じっと黙って見られるだけでだんだんといたたまれなくなってきた。

心臓がばくばくして、顔がかーっと熱くなって。

それはまるで魔法にかかってしまったかのように、

「え、えっと……す、すき、だよ…?」

「あいしてる?」

「あ、あいしてる……」

言葉が口から零れてしまう。それなのに、

「言い方が駄目。もっと恋人同士なんだから優しく、心を込めて言って」

「えええええ、そ、そんな事言ったってぇ」

言わせた方はそれではまだ満足いかないらしい。しかし健二の方はいっぱいいっぱいだ。佳主馬はどうだか知らないが、『こういう言葉』にはどうにも慣れなくて照れてしまう。それは言うのも、言われるのも。

「だ、大体急にどうしたの?」

いつも唐突だが、今回はいつにも増して唐突だ。しかし尋ねれば、佳主馬は何故健二がそんな事を聞いてくるのかわからない、というように眉を潜めて。

「なんで? 急に恋人から愛の囁きが欲しくなるのっておかしい?」

「あ、愛の囁き…!」

「もちろん健二さんが俺の事を好きなのもあいしてくれているのも知ってるよ」

「そ、それがわかってるなら言う必要なんて」

「でも敢えてそれが言葉で欲しくなるってのが恋人同士じゃない?」

「そ、れは……」

世間ではどちらかと言えば、佳主馬を無口な方だと思っている人間のが多いだろう。昔は健二もそう思っていた。しかし二人っきりでいるとたまに、あれはわざとそういう様に装っているのではないかと疑ってしまう場面に遭遇する。

クールで、無口で、誰もが憧れる最強無敗のチャンピオン、キングカズマ。

そして健二の前では恥ずかしげもなく好きだとかあいしてるとか、そんな言葉を惜し気もなく吐き出す佳主馬。

一体どちらが本当の佳主馬なんだろうか。もちろんどちらも佳主馬である事には間違いなく、そしてどちらも変わらないのは一様に我が強いということか。その我の強さをちょっとくらい自分にも分けてほしいくらいだと思いながら、

「……す」

「す?」

握られたままの手が、その手の中でじっとり汗ばむ。耳の端っこがじんじんするのは、恐らくそこまで真っ赤になっているからだろう。たった一言口にするだけで心臓がばくばくする。それは同じ言葉を佳主馬から聞かされるよりも、言う方が遥かに緊張するからだ。

 

「す……好き、だよ。佳主馬くんの事が好き」

 

「うん」

 

「―――あいしてる」

 

「………そんな事、聞かなくても知ってるよ」

「〜〜〜っ、佳主馬く…ん!」

酷く近くでにやりと微笑むのを見付け、逃げようとした瞬間に距離を詰められて阻まれる。その時の抗議の悲鳴はキスに塞がれて、そのまま健二は押し倒された。勢いはあったが倒れ込む瞬間頭を抱えられ、健二がベッドとは言え固いスプリングのそこで頭をぶつける羽目にはならない。

「…ふ、あ……っ」

何の準備もなく仕掛けられたキスは酷く息苦しい。緩く首を振ってそれを示せば、佳主馬はすぐに解放してくれた。しかしそれだけで健二の上から退く事はしない。

「…はぁ……ひ、酷いよ……散々僕に強要しておいて、そんな」

「強要って人聞きの悪い。言ったよ? 知っていても、口で直接聞くのとは違う……まあ、『あれ』の度合いが決定的に違うって事かな?」

「ひゃっ、……え、な、何? 『あれ』?」

シャツの裾から忍び込んでくる手の平に、ぞわりと背筋が泡立った。その勢いで思わず問い返してしまい、しかしすぐに自分が浅はかだったと思い知る事になる。

「何って、こんな状態で聞く?」

「え」

真上で覆い被さる佳主馬が、健二に好きだと囁くのと同じように甘く歪む。

「そんなのもちろん、これから健二さんと気持ちいい事する興奮の度合いに決まってるじゃない」

「!」

「気持ちが通じ合っていればいるほど気持ちいいのは常識だよ?」