*僕の好きな人*

 

 

 

 

 

僕の好きな人は背が高くてかっこよくて、今更確認するまでもなく大変よくモテる。しかももし彼の正体がバレてしまったとしたら、きっとそれはもっと歯止めが効かなくなるだろう事もよくわかっている。

けれども別にその正体が不明のままだったとしても、そのままで十分すぎるほどモテるのも確かだ。その気持ちはよくわかる。だってその存在の何も知らなくたって、十分過ぎる程かっこいい。

けれどもそれをこの世で一番、もっともよぅく身にしみて思い知らされているのは―――。

 

 

「ちょっと遅くなっちゃったな」

慌てて待ち合わせ場所に健二は向かう。

せっかく佳主馬が来てくれたというのに、その日自分は大学に呼び出されていた。じゃあ用事が終わったら遊びに行こうという事になったはいいものの、現状、こうして遅刻しそうになっている。

その旨をメールしたところ、『大丈夫』との短い返事。実に佳主馬らしい。しかしだからと言って本当にゆっくり向かう訳にもいかない。

人混みをばたばたと掻き分け、健二は待ち合わせ場所である駅前のロータリーを目指した。

三連休初日の土曜の昼間ということもあり、東京はあちこち人で溢れ返っている。それはもちろん待ち合わせにした駅のロータリーもそうだ。

どちらを見ても人、人、人…この大勢の中からたった一人を探し出すなんて。

(あ)

しかしそんな中でも佳主馬を探し出すのは簡単だった。同じように待ち合わせの人で溢れ返るそこにいて、その姿は一番に目を引く。それは会う度に伸びているような気がする目覚ましく成長を遂げた身長と、人目を引き付ける容姿のせいか。

(というか、何かオーラが見えるよ佳主馬くん…)

見えるよ、と言ったがけして目に見える何かではない。けれども佳主馬の周りにだけ、他の人々とは違う何かがあるように見えるのだ。それを敢えて言葉にするとすれば『オーラ』が一番ふさわしいだろう。

そう、彼はキングカズマ。オーラの一つや二つ纏っていたって不思議ではない。

池沢佳主馬という人間は、とにかく何処にいても目立つ存在だった。

それなのに人混みが嫌いで、OZ内でも特別何かのコミュニティーに参加している事もないようだ。ただそのOZ最強の肩書きが人目を集めずにいられない為、普段は別アカウントでアクセスするくらいである。

けれども現実ではアバターのように、自分の身代わりを立てる訳にはいかない。

そしてそんな佳主馬を世の中は見逃さないのだ。

(しかもまた、知らない誰かに捕まってるし)

思わず苦笑する健二の視線の先に、そんな健二を待つ佳主馬と、そんな佳主馬に熱心に話し掛ける女性の姿が見えた。熱心に何やら佳主馬に説いているようだが、完全に佳主馬の顔は迷惑そうで、時折目が健二を探すように周囲を見回す。

―――そんな場面に出くわすのは一度や二度ではない。

芸能プロダクションから雑誌の読者モデル、挙げ句逆ナンまで。待ち合わせだけでなく、健二が隣にいようがそれらはお構いなしに声をかけてくる。そのたびに佳主馬はなんだかんだ言って断り、健二を連れてさっさとその場から立ち去ってしまうのだ。

けれども今は健二との待ち合わせがある為、いつものように逃げるに逃げられないのだろう。

ああいった事を佳主馬が嫌いなのは、健二はよく知っている。

(おっと呑気に眺めてる場合じゃない。早く行かなきゃ)

こんな客観的に眺めてぼやぼやしていられない。佳主馬は自分を待っているし、さっさと健二を連れ、面倒な人ごみから抜け出したいだろうから。

しかし健二がそちらに向かおうとした時だ。

「え」

「あ」

不意に、ばちり、と偶然こちらを見た佳主馬と視線が重なった。

その次の瞬間。

 

「―――健二さん!」

 

「!」

(うわ)

一瞬で佳主馬のまとう雰囲気が変わった。それまで明らかに不機嫌とわかるそれが、健二を見付けた事によって柔らかく花開いたのだ。そしてそれは、その瞬間を見てしまった不特定多数(付き纏っていた女性含む)の群衆が息を飲み、そして一斉にその顔が向けられた先の対象、すなわちそこに踏み出した足をそれ以上進めなくしている健二の姿を探させてしまう力を持っていた。

それらのいくつかが健二の姿を一瞬で見止めたのかわからない。出来ればこの週末の人ごみに紛れてしまいたい。しかし佳主馬が人混みを掻き分けて駆け寄った事で、二人の距離はあっという間に縮まってしまった。

その為、これでその表情が向けられた『健二』とやらが自分だ、と大多数に確定されてしまう羽目になる。この場からどうにか逃げ出そうにも、佳主馬は既に目の前だ。

「健二さん」

「あ、か、佳主馬くん」

「―――話は後。さっさと行こう」

「え、え、ええ!?」

しかしこの場から逃げ出したい、という気持ちは、佳主馬の手によって遂げられた。いっせいにその背を追う多くの視線を振り切るように、強引に佳主馬は健二の腕を掴んでぐいぐいと駅から反対方向へと引っ張っていく。そうして自分一人で歩けば人にぶつかってしまいそうな人ごみを、佳主馬は健二を引っ張りながら器用に早歩きで歩いていった。

そのままどれくらい歩いたか。

背後を振り返っても駅が見えなくなって、ようやく佳主馬は歩調を健二に合わせて緩めてくれた。こんな早歩きで歩く事など滅多にない健二は、若干息が切れ気味だ。もちろん佳主馬は涼しい顔である。

「はあ、はあ……はー…」

「ごめん。大丈夫?」

「だ、大丈夫、だけど……はあ……何か話してたみたいだけど、良かったの?」

「別に。なんかナントカって雑誌の読モ?の勧誘だったし」

「えー、すごいよ」

「別に興味ない。あの女のひと、すっごくしつこくて鬱陶しかったから―――て言うか、健二さん。見てたならさっさと助けてよ」

そう言って辺りを見回すのは、さっきの女性が追い掛けてきてないか確認しているのか。しかしどうやらいなかったようで、あからさまに疲れたため息をついて見せている。そんな姿を見てばかりいるので、今更だが『注目され過ぎるのも大変なんだな』としみじみ思ってしまった。

そんな佳主馬の顔を隣で覗き込み、健二は尋ねる。

「ね、ねぇ。佳主馬くんって名古屋でもああなの?」

「ああって?」

「さっきみたいに声かけられたりとか」

「ああ…でも東京ほどしつこくないよ」

「そ、そうなんだ」

どう違うなんて、声をかけられた経験のない健二にはわからない。しかし土地が違っても、佳主馬が人目を引く事は変わりがない事はわかった。

(やっぱり佳主馬くんはすごいなあ…流石キングカズマ)

 いや、そうじゃない。

思わず感心してしまうが、即座に今思った事を否定する。佳主馬がキングカズマである事は確かに佳主馬の魅力の一部であるが、佳主馬がキングカズマである事が佳主馬の魅力の全てではない。そもそもリアルにいる多くの、それこそ大多数が佳主馬をイコールキングカズマだと知る者はいないのだ。

(佳主馬くんがかっこいいのは、佳主馬くんがキングカズマだからじゃない)

 それは純粋に佳主馬の持つ魅力に惹かれるのだ。健二はもう、もう何年も前から身をもってそれを思い知らされているのだから、わからない筈がない。

「でも佳主馬くんが雑誌に載ってたら、雑誌の販売数上がりそうだよね。すごくかっこいいし、流行りの服とか、何でも着こなしちゃいそう」

「何。一応それは褒め言葉だってとっていいわけ?」

「あ、当たり前だよ。かっこいいんだから佳主馬くんは!」

自分で自分のスペックを自覚してないなんて言わせない。

思わず力んで言ってしまうと、ふと、それを聞いた佳主馬が表情を変えた。それはほんのすぐさっき見た覚えのある顔。人ごみに健二の姿を見つけ、名前を呼んだあの―――。

「嬉しい。けど別にいいや。誰かにちやほやされたい訳じゃないし……それに」

 

「健二さんと過ごす貴重な時間が減るから嫌だ」

 

「…っ、…!?」

 甘く蕩けるような顔をされて思わず驚いてびくりと肩が震える。するとそんな健二の様子を見て、佳主馬はそのままの顔で笑った。

「第一、そうやってちやほやしてくれるのは健二さんだけでいいし」

「んな」

「とまあそういう訳だから、ほら、余計な事で時間を使っちゃったんだから早く行こう。だって健二さんと過ごす時間は一分一秒たりとも無駄に出来ないくらい大切なんだから」

また往来でそんな顔をして、そんな事を言って

駅から離れたといっても、通りに出ている人は多い。普段はどちらかと言えば無表情な彼が時たまに見せる、甘くて蕩けてしまいそうな優しい表情。こんな場所でそんな顔をされてしまったら、赤くなっていいのか、それとも青くなっていいのか。

こんな佳主馬といると嫌でも自分まで目立ってしまう。

けれどもそれは仕方がない。何度だって言おう。

―――佳主馬がどれほど魅力的かなんて、この自分が一番身にしみてよくわかっているんだ、と。