*おじさんと僕ら

 

 

 

 

 

「やあ、佳主馬。随分大きくなったなあ―――どうだ、自衛隊に入らないか?」

 

「………」

今年の盆は帰って来られるか微妙、と言っていた理一が帰って来たのは親戚一同、大まかに全員が揃った頃だった。しかし出迎えに行くという健二について渋々出て行った玄関で、今年の正月ぶりに佳主馬の姿を見た理一が開口一番言ったのがそれだ。

「理一おじさん……自衛隊ってそんなに人いないの?」

半年以上ぶりに会った甥っ子に言う台詞か。げんなりして尋ねると、小脇に抱えたヘルメットに手袋をしまいながら、

「ん? 優秀な人材は何人いたって足りないくらいだからな。何せいるだけで、単なるタダ飯食いも多いし」

「!」

何て言って佳主馬の肩や腕を遠慮なく叩く。理一は背が高くすらっとしているが、流石自衛隊に所属しているだけあって力は強い。

ばしばし叩かれて思わず傾ぐ佳主馬に、理一は軽やかに笑って、

「佳主馬、少林寺の大会でいいとこまで行ってるんだろう? あれは精神鍛練にいいし、それに体も十分育ってきたな。高校を出て防衛大に進めば、いい線行きそうじゃないか?」

防衛大と言えば、理一の母校だ。自衛隊の中でも、防衛大出はエリートとされる。

しかし理一がエリートと問われれば、佳主馬には何とも言えないのが現状だ。陸上自衛隊で市ヶ谷勤務。所属は『人には言えない』場所。

―――陣内理一、陣内家の中で一番得体の知れない男だった。

「………………いい。面倒だし、柄じゃない」

「もったいないなあ。でもその気になったら、いつでも言いなさい」

「その気になったらね」

もっともそんな事だから、佳主馬がその気になる事なんて永遠になさそうだが。

「あ、あの理一さん」

ようやく解放されたと思ってひっそりとため息をつけば、ずっと自分との話が終わるのを待っていたのだろう。隣に並ぶ健二に、理一は少しだけ柔らかい表情をするのだ。

「お久しぶりです」

「ああ、健二くんも久しぶり。一年ぶりだけど、君は相変わらずのようだね」

「ははは…、佳主馬くんが成長しすぎなんですって」

ちらりと見上げられるが、素知らぬふりをしておいた(身長が伸びたのは別に佳主馬のせいではない)。

「まあそれはともかく、僕の話、考えてくれた?」

「あ、いや、その……」

「……話? 何の事? 俺は聞いてないよ」

何やら二人のただならぬ雰囲気を察し、佳主馬はその間に入る。

「そりゃ佳主馬には話してないから」

「健二さん、何の話?」

「ええ!?」

すると理一は何でもないような顔をしてはぐらかすので、佳主馬は矛先を健二へと変えた。すると健二も困った顔でちらりとちらりと理一を見ながら、

「あ、いや、り、理一さんが…その、僕に自衛隊に入らないかっていう……」

「正解には自衛隊というより、陸自にあるウチの部署に来ないかっていう勧誘」

「な」

理一の補足に佳主馬は驚きのあまりに声を上げる。

確か三年前、あの頃も理一は健二にそう言って自衛隊に誘っていた。その時は冗談かと思っていたが、それがまだ継続していたなんて。

「まだ諦めてなかったの?」

そんな事は一言も佳主馬に言わない健二も健二だが、理一も理一である。

「大体健二さんに自衛隊なんて無理にも程がある。体力ないし、運動音痴だし、あがり症だし、数学だけが取り柄なんだよ?」

「うう、当たってるから何も言い返せない……」

もちろんそこがいいのだから、別に健二が落ち込む必要はない。敢えてそうだと佳主馬は言わないが。

しかし理一は、

「その取り柄が必要なんだ。絶対に不可能だと言われたOZの管理パスワードを解いた男だ。一桁間違っていたのは詰めの甘さだろうが、その後はすべて正解、見事家族を救ってくれた」

「そ、そんな、あの時は僕も無我夢中で」

「謙遜しないでいいよ。数学の他にも、いざという時の君の度胸も買いたいんだ」

「は、ははは…なんか理一さんにそんな風に言われると恥ずかしいです」

「………」

理一に褒められ、まんざらでもなさそうな健二の頬はわずかに赤い。一方の佳主馬はもちろんおもしろくない。

―――しかし確かに健二が必要とする所に必要とされるのは、それはしかるべきだと思う。

OZの中で会った時、自分が少林寺拳法の大会の話をすると、将来自分が何になりたいのか決まっていないから、やり甲斐を見付けられた佳主馬が羨ましいと言っていた。聞かなかった事にして、と言われたがそんな事はできなくて、今もライブカメラ越しの力のない笑みをはっきり覚えている。

(あれはまだ夏希姉と付き合ってた頃だったっけ)

それからしばらくして夏希と健二は別れた。

(健二さんもまんざらじゃなさそうだし、おじさんも冗談じゃなさそうだし……)

健二が本気で理一の誘いを受けるならば、自分にそれを邪魔する権利はない。

―――それならば。

 

「健二さんがいいなら、おじさんの所に行くのもいいんじゃない?」

 

「え」

「うん? てっきり佳主馬は反対するかと思ったが……」

「反対はしない。健二さんがやりたい事を、俺が嫌だと言う権利はないもの」

「佳主馬くん……」

健二は少しだけ驚いたような顔をして、けれどもすぐにそれは嬉しそうな顔を変化する。そんな無防備に可愛い顔なんてして、理一がいなかったら今すぐにでも押し倒してもう嫌だって根を上げても許さないでキスしてあげるのに、と言葉に出さずに指先だけを握った。

その代わりに、

「でもその時は俺も、健二さんと一緒に自衛隊入るから」

 ぎゅっと手を握って健二にではなく、理一に向って言い放つ。

「ええ!?」

「おや、思わぬ大物までが……『海老で鯛を釣る』ってのはこの事を言うのかな?」

「そ、そんな佳主馬くん、別に僕に付き合ってくれなくても」

「駄目。健二さん一人じゃ色々心配だから」

「色々心配?」

「そう、色々と」

自衛隊なんてむくつけき男だらけの世界に健二を一人放り込むなんて、腹を空かせた狼の群れに惚けたな黄色いリスを投げ込むようなものだ。危ない。もう危ないなんて騒ぎじゃない。しかも自衛隊なんて一人で入られたら、流石の佳主馬も手が出せなくなる。助けたくても助けられないなんて、どんな地獄だろう。

―――この手で大切なものを守りたい。

その気持ちを三年前から忘れたことはなかった。

それならば傍にいて、自分が守ってやればいいじゃないか。二人で同じ仕事にも就けて、結果、健二とも一緒にいられるのだから佳主馬にとっては一石二鳥である。

「だからその条件を飲むなら許すよ」

「許すって、え、ちょっと佳主馬く……」

「佳主馬と健二くんがセットか―――これはなかなかお買い得物件だな」

「ちょ、理一さんまで本気にしないでください…! 佳主馬くんも冗談が……」

「俺は本気だよ」

「じゃあこっちも本気で考えないと……でも正直佳主馬みたいなタイプはウチ向きじゃないんだがなあ。別の部隊じゃ駄目?」

「駄目。それじゃ健二さんは自衛隊に入れさせない」

「むむ、それじゃあ―――…」

「譲歩は一歩もしないよ」

一緒にいられる、ということが大事なのだから、そこは一歩も引く事はできない。佳主馬は立ち塞がる理一を前に、ぐっと拳を握り締める。

そりゃあ力だってこもるだろう。

二人の未来は今、この手にかかっているのだから。

 

 

「あのー………いつの間にどうして僕の賃貸の話になってんだろ…?」

「―――あ。小磯くん、いたいた。ちょっと手伝ってほしい事が…ってあんたたち、いつまでも玄関で何やってんの?」

「ちょっと姉ちゃんは黙ってて」

「今重要な駆け引きの最中なんだから!」