*ひそやかな野望*

 

 

 

 

 

「佳主馬くん、佳主馬くん〜…?」

 

「!」

ヘッドフォンの向こうから聞こえてきた声を聞き止め、佳主馬は耳からヘッドフォンを下ろす。

「あ、いた」

するとちょうど佳主馬が振り返ったタイミングで納戸の扉があき、隙間から健二が中を伺う為に顔を覗かせた所だ。そしてぱちりと佳主馬と目が合い、彼はふわりと花が綻ぶように笑う。

「やっぱここにいたんだね、カズマくん…あ、この部屋も片付けたんだ」

そのまま覗かせた顔で、ぐるりと中を見回す。

あらわしの墜落による被害は、屋敷の中でも場所によって大きく異なっていた。ここ納戸に至っては正面に面していなかったのと、屋敷の奥まった場所にあるために、主に本棚に積まれていた古い本や中身の知れない段ボール箱など、それらが崩れていただけで済んでいた。その為佳主馬一人でも、こうして容易に片付ける事ができたのだ。

そうしてここに腰を落ち着けて小一時間。ここ数日色々な事があったなあと、画面の中のキングカズマを眺めながら、らしくもなく物想いにふけっていた。もちろんいつも以上に人が多い事に辟易して、避難してきたと言われれば否定もできないが。

「そう言えばOZの中はどう? 佐久間が言うには大分まだ混乱してるみたいだけど」

 ひょい、と健二が画面を覗き込んでくる。佳主馬はそれを、体を僅かにずらして見せてやる。

「メールやチャットの一部のサービスは復活してるみたい。けど、大部分は『ただいま一部のサービスを停止してます』ってなってて……って、それより何? 僕に何か用だったんじゃないの?」

そんな事を確認する為に来た訳ではないだろう。すると健二は、「ああ、そうだった」と何かを思い出したようで、照れたように笑うのだ。

「庭で皆で花火やるって。佳主馬くんも一緒に行こうよ」

そんな事でわざわざ呼びに来てくれたのか。そういえば誕生パーティーの【演目:夜の部】に花火の予定があった筈だ。それを引っ張り出してきたのだろう。

しかしそれにしても、

(すっかりウチに溶け込んでるし)

一人っ子で親戚付き合いも薄いと言っていたから、自分と同じくあまりこういった『放っておいてはくれない』雰囲気は苦手だと思っていたのに。

勿論栄が認めた男であるから、家の者もまるで家族のように健二を受け入れているのだろう。一度は犯罪者に仕立てられそうになったものの、今回の件で叔母たちの株も大分上がった筈だ。夏希は言わずもがなであるし、一緒にラブマシーンと戦った叔父や祖父たちとも、すっかり陣内家の(立場の低い男衆の)一員として迎え入れている。

早々にアメリカに向かった侘助には、『将来ぜひアメリカに来い』的な誘いまでかけられていて、その時の健二の心底困ったような、照れて恐縮しているような態度はカズマに僅かな苛立ちを感じさせた。

しまいには理一まで自衛隊に入って情報士官にならないかと勧誘し出す(もちろんひょろひょろの健二が自衛隊など、万が一にも心配はいらないだろうが)始末だ。

せっかく栄の仇を討ってラブマシーンを倒し、事件は一見落着を見せたというものの、その後の方がカズマにとって非常に心落ち着かなくなってしまった。目下今の所ライバルは夏希のつもりでいるが、その他あまりに伏兵が多い状況である。

(まあ確かに男のクセに可愛らしい人ではあるけれど)

 その顔をじっと見る。

「? え、えっと……佳主馬くん?」

「!」

「僕の顔に何か付いてる?」

思わずじっと見すぎたらしい。ここ数日こちらで過ごしても日に焼けない頬が僅かに色付く様に、佳主馬もはっと我に返った。

しかしそれはそれ、平静を装って。

「―――何でもない。花火、行くよ」

「う、うん……」

 何でもないように装って、立ち上がる。

どちらにしろ、ここでOZにログインしていても当分何もできないだろう。それにラブマシーンの時の事もあり、いつも以上に書き込みがうるさいのが面倒だ(そのほとんどが好意的なものにしても、だ)

何よりわざわざ迎えに来てくれた、佳主馬を気にかけてくれている健二の好意を無為にしたくはなかった。

すると、

「………」

「何ぼーっと僕の顔見てるの? 花火、行くんでしょ?」

何故だか今度は健二がぼうっとこちらの顔を見つめているので、立ち上がった佳主馬はその手を取って引く。初めて握った手はまだ、自分の手より大きくて、少し体温が低かった。

いつか、この手よりもきっと。

「―――え? あっ、う、うん。ごめん……ていうか、カズマくんだってさっきぼーっとしてたじゃないか」

「僕はそんな間抜けな顔でぼーっとしてないよ」

「え、え、そんな間抜けな顔してた?」

「うん。可愛かった」

「え?」

「さあ行こう」

「???」

 今はまだまだこれから。だから焦らない。

 すべて、始まったばかりなのだから―――…。