*お兄さんと一緒*

 

 

 

 

 

「ちょっと狭いかもしれないけど、どうぞ入って」

「お邪魔します」

 

軌道衛星『あらわし』が陣内家の庭先に墜落したせいで、大破…とまではいかなかったものの、屋敷の多くが深刻なダメージを受けた。大方の瓦礫は取り除いたものの、平行して栄の葬式も行った為にいまだに内部はさほど片付け切れていないのが現状だ。

そんな訳で、夜などは比較的無事な部屋に集まって眠る事になって……。

「あ、でも別にここが僕の部屋って訳でもないから、好きに使ってくれればいいよ。と言っても特に何もないけどさ」

そう言って、枕とノートPCを抱えた佳主馬を蚊帳の中に健二は招いた。遠慮なくその中に入り、佳主馬はぐるりと内部を見回す。

屋敷の正面に面していた訳ではないこの部屋の被害は、他に比べれば比較的マシなようだ。蚊帳を天井から釣っている紐が一本落ちてしまっており、やや狭く感じられるくらいか。

「いやほんと、すごく人がいっぱいでびっくりしたよ」

「大ばあちゃん、すごく顔が広かったから」

「うん。たくさんの人が栄おばあちゃんを慕ってたんだね…やっぱすごいや」

何てたわいない話をしながらも、佳主馬は枕をどこに置くべきか悩む―――悩んだが、ひとまず健二の枕の隣にセットする事にした。

やがてそこに顎を乗せて俯せに寝転がり、持参したPCをスタンバイ状態から起動させる。

一番墜落の衝撃が激しかった場所にありながら、奇跡的にも無事だった画面の向こう側には、傷だらけのキングカズマが立っていた。

「わあ、まだキングカズマ傷だらけのままなんだ。痛そうだね……」

それをひょいっと覗き込んだ健二が、痛々しそうな声を上げる。もちろんOZの中のデータの話であり、実際佳主馬が痛い訳でもない。叔父たちが手当てしてくれた包帯のせいで、余計痛そうに見えるのだろうか。

「帰ったらちゃんと治すよ。どのみちこのままじゃ戦いにくいし」

「あ、そうなんだ? 僕、バトルモードの事は全然詳しくないからなあ」

「興味があるなら教えるけど」

「え、ホント?」

言えば、ちょっと待ってて、と健二は携帯電話を操作し始める。どうやら元通り、自分の携帯電話からOZにログインできるようになったらしい。

やがてしばらく待っていると、同じフィールドに誰かが入って来た。

しかしそれは……。

「―――ちょっと」

「うん?」

佳主馬の呼びかけに、健二は何も疑問に思わないようだ。

「もしかして僕の事馬鹿にしてる?」

「え、えええ!? そ、そんな事ないよ!?」

「じゃあなんでこのアバターなのさ」

キングカズマに並んで立つのは、人の姿をしたアバターではなく…あの黄色いタヌキ、もといリスだ。いっちょう前にファイティングポーズをとっているが、手足が短いのでまったく様になっていない。しゅっしゅと素早く繰り出している(つもりらしい)拳は、はたして相手に届くのだろうか。

「確か人間型の、もうちょっとマシなアバター持ってたでしょ」

「あ、あれは防御力ゼロにされてキングカズマに粉々にされちゃったし、なんて言うか、色々思い出させられるから見たくないってのもあるし……」

 そうだった。侘助によってリモートで解体された結果、防御力がゼロになった所をキングカズマが粉砕したのだ。そうでもしなければ止められなかった。しかし、結果健二のアバターを使用不可能にしてしまったのも同然だ。

「ごめん」

「え? べ、別に佳主馬くんが謝る事はないよ? 別にあのアバターも二度と復活出来ないって事じゃないんだけど、何かこいつにも愛着わいちゃったしね」

 そう言って佳主馬の画面にいるリスを指差す。

まあ確かに愛嬌がない訳ではない。ぴょこぴょこと揺れる大きな尻尾はもこもこと柔らかそうだ。

「だ、駄目かな?」

「駄目っていう以前の問題……だって」

「あ」

腕を伸ばして健二のアバターの額(?)の辺りを押さえる。するとわかっていた事だが、シャドウボクシングをする健二のアバターの拳は、遠くキングカズマに届かない。

「これじゃ無理でしょ」

「………ま、まあ人には向き不向きってものがあるしね」

それすらその以前の気がするが、佳主馬は突っ込む事はやめておいた。細くため息だけ吐き出して、

「もう寝よ」

「あ、う、うんそうだね。疲れたし寝ようか」

ログアウト処理をしてノートPCを閉じた。すると明かりがなくなって、降り注ぐ月や星の明かりが縁側を開け放った室内を照らす。このまま眠るには少し眩しいくらいだ。

佳主馬はノートPCを隅に追いやり、掛け布団代わりのタオルケットを被って、同じくログアウトをした健二と二人、並んで天井を仰ぐ。

「おやすみ、佳主馬くん」

「……おやすみ」

そう言って目を閉じたはいいものの、何だか慣れない空気だ。眠る時誰かが隣にいた記憶なんて、小学校の修学旅行以来か。もっともその時だって、一つの布団に二人なんて、そんな有り得ない状況ではなかったけれど。

「……なんか……」

「?」

どこか落ち着かなくてもぞもぞすれば、ふと健二が天井を見上げたまま呟く。

「こうやって誰かと一緒に寝るのって久しぶりで、ちょっと緊張するね。佳主馬くんは緊張しない?」

(!)

急にごろり、と健二がこちらを向いて、佳主馬は少しだけ驚いた。

立っていると頭一つ分くらい健二とは身長差がある。だからこんなに顔が近いのは初めてだ。健二への気持ちを自覚しているとは言え、大変よろしくない距離である。

しかしそこはキングカズマ。平静を装って、

「……緊張はしない。けど健二さんの場合、今から慣れておかないと、将来夏希姉と一緒に寝れないよ?」

「え、えええぇ!? な、夏希先輩と、そんな一緒にね、ねね寝るなんて…ま、まだ僕らには早すぎるよ……!」

「………」

(動揺しすぎ。ていうか、将来って言ったのに)

まったく腹立たしいくらいに顔を真っ赤に染め、健二はぶるぶると頭を左右に振った。しかし反面、この様子なら当分その心配もいらなさそうで、佳主馬は少しだけほっとする。健二は誰の目に見ても奥手だ。今日の様子を見ているとわかるが、夏希とどうこう…など、そもそもキスすらも当分なさそうに思える。

それにしてもまったくもって不毛だ。相手は男で、しかも他の誰かのものを好きになるなんて。

(けれどもこれから、まったくチャンスがない訳じゃないし)

「―――僕、もう寝るから……今度こそおやすみ、健二さん」

「え? あ、う、うん…お、おやすみ」

いまだ顔を赤くしたままの健二を放ってタオルケットを肩まで引き上げると、佳主馬は健二に背中を向けるようにごろりと横を向いた。すると背後で健二はしばらくじっと動かずにこちらを見ていたようだが、やがてごそごそしだしてまた、静かになる。ちらりと肩越しに覗き見ると、健二は佳主馬と同じ体勢で縁側を見るように背中を向けて寝ていた。

それからどのくらい経っただろうか。寝たふりを決め込む佳主馬に、それ以上健二は話しかけてくる事はなかった。それどころか―――耳を澄ますと寝息が聞こえる。余程疲れていたのか、健二はもう寝てしまったらしい。

(早)

まあ確かに有り得ないくらいに人がいたし、あんな事もあったのだし、疲れて寝てしまうのも仕方のない事だ。外見からして典型的なインドア派であるし、進んで人込みに出ていくタイプでもない。

しかしそんなへたれで情けなくてひょろひょろな健二でも、今はまだ佳主馬より身長が高い。この体格差は歴然である。

(ひとまずこの差を何とかしないと……)

体力的には自信があるのだが、何となくこの差が気に入らない。父も母も身長は小さい方ではないし、これからの望みはある筈だ。

「………」

佳主馬はそっとタオルケットをずらして上体を起こし、健二の顔を覗き込む。

幸せそうな寝顔だ。この寝顔はまだ、自分のものじゃあないけれど。

「すぐに追い抜いてみせるから―――だから、待っててよ」

「……ん……」

「!」

起こさないようにそっと髪にキスをした瞬間、健二が小さく呻いてもぞりと動く。慌てた佳主馬はタオルケットに潜り込んで息を潜めるが、程なくして静かな寝息が聞こえてきてほっとした。

まあ健二があんな様子では佳主馬が焦る必要性はないだろう。幸にも世の中にはOZがあり、実際会えなくても、あちらではいつでも会う事が出来るのだから。それまでは夏希に預けておくんだと思えば、何だか安心できる気がした(きっと夏希なら健二を守ってくれるだろう…様々な方面から)。

 

目を閉じて向かい合わせた背中をぴたりと付けると、やがて混じり合った体温にとろりと眠気が訪れた。

―――近くで虫の音と健二の寝息が聞こえる。

そんな時ふと、佳主馬は寝入りばなに思い出した。

(……あ。明日ケータイとOZのアドレス、聞いておかな、きゃ……)