僕らのサマーウォーズ:序章

 

 

 

 

 

OZハッキング事件を終え、それぞれ名古屋、東京に帰ってからもOZを通して親交を深めていく二人。しかし翌年は健二が大学受験で上田には行けず、その翌々年は佳主馬が高校受験で帰省が叶わず、結局二人が直接会えたのは事件から三年後の夏休み。

夏希の曾祖母・栄が亡くなり三年目となる夏休みだった。

 

 

***

 

『お互い受験も終わったし、久しぶりに会えるね』

画面の向こうの小さな黄色いリスがふきだしを使って言葉を投げ掛けてくる。OZ事件の時に作った仮IDのアバターを、健二は結局気に入ってそのまま使っていた。どうも最初に使っていたアバターがラブマシーンに乗っ取られて豹変した事で、人型タイプは若干トラウマになっているようだ。

「OZでは毎日会ってるよ」

『はは、そうだね。でも佳主馬くんは成長期だから、三年近く会ってないとだいぶ大きくなったんじゃない? 久々にあって全然わからなかったりして』

「まあ…それは向こうで会ってのお楽しみって事で」

『…なんかそれって、随分含みがある言い方だなあ…』

向こうの画面には恐らく、白いウサギの自分が映っているだろう。OZの中の姿はデータを弄らない限り不変だ。

「たぶん健二さん、びっくりするよ」

けれども現実は違う。

あれから三年経った。OZは再び平常を取り戻し、現実の世界もまた、元通り退屈でつまらない日常を取り戻している。

妹が生まれ、自分は兄という存在になった。今年から県内の高校に通っており、祖父に習った少林寺拳法はまだ続けている。そのおかげかどうなのか、OZ内の格闘ゲームでは未だ負け知らず、連戦連勝記録更新中だ。

一方、健二は昨年都内の大学を受験し、既に大学二年である。夏希とはとうとう別れたらしい(振ったのは夏希というのがもっぱらの説だが、本人たちは語ろうとしない)が今も変わらず親交があり、実は最近の健二の写真を、佳主馬は密かに夏希経由で入手済みだった。

それを見る限りは…健二は三年前とそんなに変わりないようだ。見た目は少し細長くなって、若干大人びただろうか。

数学馬鹿は相変わらずらしい。しかしOZ事件でその活躍がひそかに広まり、あちこちの企業から未だに誘いがあるようで、本人も今は大学の勉強を優先したい為に困っているようだ。

―――しかもどうやら、アメリカの侘助とも交流があるらしい(これも夏希情報による)。

(わざわざアメリカから、健二さんに会いに東京まで来たって言うし…)

その頃自分は受験生だったし、名古屋から親の目を盗んで会いに行くには、東京はあまりに遠かった。

健二は侘助を尊敬しているようで、それが佳主馬にとって気が気でない原因になっている。

何より健二は隙だらけなのだ。それにお人よしだ。そんな事だから、易々と他人にアバターを乗っ取られたりするんだ。

『―――佳主馬くん?』

「!」

気付けば、考えにふけってしまっていたらしい。画面の向こう、健二のアバターがつぶらな瞳でこちらを見ている。その目に見つめられていると、こちらの考えている事を全部見透かされてしまいそうで(実際ニブチンの健二がそんな事できるとは思わないが)、佳主馬は聞こえない筈の咳払いをわざわざして、平静を装ってキータイプを再開した。

「いや、何でもない。でも、すごく久しぶりだから、健二さんに早く会いたいよ」

『はは。そんなに急がなくても、明後日の今頃ならもう向こうで会えているんじゃないかな。そうそう、佳主馬くんはまだ見てないだろうけど、去年あの時湧いた温泉を使って大きな露天風呂が出来たんだ。一緒に入ろうよ、すごく眺めがよくて気持ちがいいんだ』

(だから、そーいう所が隙だらけだって……)

 はあ、と深いため息が出る。

その自覚のなさが恨めしい。もっとも健二は佳主馬の想いなんて何一つ気付いていないのだから、仕方がないのだけれども。

(俺だって最初は尊敬してたさ……けれど、今はこの気持ちが、単なる尊敬じゃなくなっているなんて事、十分わかってるつもりだ)

夏希と健二が別れたと聞いて、曾祖母には悪いが喜んでしまった。大学生になった今でも一人身のままで、毎日のようにOZで自分と話してる所を見ると、彼女が出来たという様子もない。

今年が、この夏がチャンスだ。

たぶんこれ以上は、もう―――…。

「健二さんに会えるの、楽しみにしてる」

『そうだね、僕も楽しみにしてるよ。―――それじゃあ、明日は出発の準備で、もうOZには出て来れないと思うから』

「了解。また明後日、大ばーちゃん家で」

『うん。おやすみ、佳主馬くん』

そう告げて、黄色いリスが手を振りながら画面から消える。

「………はあ」

どお、とカズマは後ろに倒れ込む。

荷物は既に纏めてしまった後だ。残すは高校合格祝いで新しく買い替えた、このノートパソコンのみである。

季節は夏。あの時から三年が経った。

「ん?」

ふと携帯電話のバイブが鳴り、佳主馬はその辺に転がっていたそれを手に取る。

開けると、携帯端末用にデフォルメされた等身のキング・カズマが、その手に一通の手紙を手にしていた。送り主はついさっきわかれたばかりの健二だ。

「『また明後日会おうね』、か…」

今さっきOZの画面の中で同じような事を言って別れたばかりなのに。こう言う所は律儀なんだよなと感心して、おやすみなさいとだけキング・カズマに託して携帯電話を閉じる。

 

あれはまるで冗談のような、けれども本当に世界を救ったあの日。

ずっと自分の現実の世界は狭くて、OZというバーチャルの世界のみが自分のあるべき目の前に広がる本当の世界だと思っていたあの頃。挫折して、諦めてしまいそうだった自分を奮い立たせてくれたのは、自分よりずっと頼りなさそうなあの人だった。

もう、三年も経ってしまった。

もうこれ以上は自分が我慢できない。だってこれまで三年も待ったんだ。

 

―――カーテンを開け放った窓からは、夏の星座を臨む星空が広がっている。

「天国の大ばーちゃん、見ててよ。夏希姉はゲットに失敗したけど、俺はがんばるからな…!」

なんて柄にもなく夜空の星に誓い、佳主馬はあの頃よりずっと長く太くなった腕を振り上げたのだった。