+貴方色に染まる私+ 「陛下…陛下にひとつだけ聞きたいことがあるんです」 「ん?なんだ、なんだ。そんな改まった顔して」 ここはグランコクマ。ピオニーの私室。ジェイドはいない。いるのは自分とピオニーと―――この部屋に放し飼いにされたブウサギたちだけだ。 ジェイドは会議中だ。今すぐここにやってくることもない。 「お前がそんな顔するって事は…ジェイドの事だな?」 ルークの真剣な様子にピオニーも事の重大さに気付いたのだろう。抱きかかえていたブウサギのジェイドを解放すると、ルークにと向き直るように居住まいを正した。 「ジェイドの事なら俺に任せろ!ガキの頃から今に至るまで、あいつ本人が忘れてる恥ずかし〜い事だって詳細に記憶してるからな!」 「あ、いや、そういう事じゃなくて…けど、何だってそんな事詳細に記憶してるんですか?」 どんと胸を叩いてみせるピオニーに気おされながら、聞くと、彼はまた一つ頷いてみせ、 「いつかあいつに命を狙われた時の切り札にする為だ!!」 「―――…」 そう堂々と宣言してみせた様子に、ルークは、 (きっと切り札にならないと思うけど…) むしろそういう事を覚えている事がバレた時点で、命を狙われるような気もするが、ルークは黙っておくことにした。 「ま、まあ…そういうことじゃなくて」 「違うのか?じゃあ他には…」 「あ、いや、あの…ですね。そうじゃないんです。昔のジェイドと言えばそういうことになるんですけ、ど」 「??」 また何か見当違いなことを言い始めそうになっているピオニーを押し留め、ルークはぴっちりと正座をした。 本当はこんなことをピオニーに聞くべきか悩んでいる。だってあまりにもあれだ。どうでもいい…いや、人に聞くべきことじゃない。けれどもこれは、この世で一番ジェイドと付き合いの長い彼に聞くべきだろう。 いや、ここで彼に聞かなければ二度も機会はないかもしれない。 「あの、陛下」 「なんだ、ルーク」 「ジェイドって―――…」 「ジェイドって昔っからあんなに鬼畜なんですか?」 ここで聞かなければ、二度と機会はないかもしれないのだから。 「鬼畜、か……」 「えぇ、鬼畜か…です」 だが答えは返ってくるどころか、ピオニーはふぅ、と唇の隙間から細く吐息を漏らして天井を仰いでしまう。その様子をルークはじっと唇を引き結んで見つめた。 あのピオニーがこんな反応を見せるとは、もしかしてこれはとても重要な、いや、触れてはいけない話題だったのだろうか。 そう思えて、ルークは知らずごくりと硬い唾を飲み込む。 すると…。 「実はな、ルーク。俺はお前に言わなければならんことがある」 「な、何ですか…急に改まって」 「いや……やはり、お前には言わない方が、お前自身の身のためかもしれん」 唐突に、今度はピオニーの方が改まって視線をルークにと戻した。その見つめる青い瞳がかつてない程真剣で、やはりそれは触れてはいけない話題であったのかと後悔の念が過ぎる。 しかし今更後には引けず、ルークは膝の上で握った拳に力を込め、ぐっと身を乗り出した。 「言ってください、陛下。俺、この話題を陛下に振った瞬間から、すべてのことに覚悟は出来ています…!」 ―――そう。覚悟がなければこんな話題、今更振れるわけがない。 自分の事を好きだと言う口で、揚げ足を取るような意地悪を口にするジェイド。勿論それが自分に対してだけではない事は、一緒に旅をしていてよく分かった。 けれどそれは昔からなのか。それとも何処か別の時点で培われたものなのか。下らない事だと思うが、気になってしまった己の知りたい欲求を抑えられない。 けして昨夜、散々ベッドの上で意地悪なことをされた腹いせではない。 「実は…」 「…実は?」 「実は―――…」 もったいぶるようなピオニーの口調に、ルークもずいっとさらに身を乗り出す。するとピオニーは人差し指を顔の前に立て、まるでこの世の終わりとでも言うような顔をして言い放った。 「―――実はジェイドの鬼畜は…お前が現れてからエスカレートしているんだ…!!」 「な…っ!?」 それは衝撃的な一言だった。自分に対して好きと同じくらい鬼畜な面を見せるジェイドを知っているが、そのエスカレートの引き合いに自分が出るとまでは考えていなかったのである。 口を開けたまま呆然と見つめるルークに対し、ピオニーは腕を組み、遠く、部屋の天井の隅っこを見つめながら、昔を思い出すように語り始める。 「そう…ジェイドは昔っからどこはかとなく鬼畜だった」 ピオニーの言い分はこうだった。 子供頃からそれとなくその片鱗を見せていたジェイドの鬼畜具合は、主にピオニーやディストに向けられていたのだと言う。それは今でも見ていれば分かる。ディストに対しては、既に鬼畜という域を逸脱しているように思えるが。 「だがジェイドと付き合いの長い俺が見ても、最近のジェイドは変わった。お前も色々ジェイドの昔に関しては聞いた事あるだろう?あることも、ないことも」 「ま、まあ…色々は」 ネフリーに聞いたジェイドの幼少時代。レプリカ研究にするに至って『死霊使い』という渾名を付けられた噂話。人々の恐れと敬意を両極端に得る男。 けれども最初は恐れていた男が、今は(鬼畜ではあれど)優しさの片鱗を見せるようになった。ルークが聞きたかったのはいつからジェイドが鬼畜だったのかであり、自分が原因でそれがエスカレートした事ではない。むしろ聞きたくなかった。やっぱり聞かなければよかった。 「確かにジェイドは鬼畜だった。けれど…俺は痛いほど感じている。俺に対するジェイドの態度は厳しくなる一方だし!特にお前に手を出そうもんなら、それこそ末代まで祟られるような嫌味と虐めの数々を施し、それを見てあいつは喜んで―――…」 「それは貴方が人の恋人に手を出すからですよ、陛下」 「!?」 声が急に聞こえ、部屋の中の空気が凍る。首だけ回してみれば、さきほどまではいなかった扉の前に、腕を後ろに組んだジェイドが呆れた表情を浮かべて立っていた。 扉を開ける音はしなかった。と言うか、皇帝の私室の扉をノックもせずに入ってきたジェイドの無礼も頭を過ぎるが、それを今口にすることははばかられる。 「ジェイ、ド…!いつの間に!?」 「私が貴方のせいで鬼畜に拍車がかかった、ていう辺りですかね」 よりによって一番聞かれたくないところではないか。背中にひやりと嫌な汗が伝う。しかしちらりとピオニーを見遣るが、彼はこの密談がばれた事を気にした様子もない顔をしている。いや、むしろこうなるであろう予想をしていたかの余裕だ。 「好かれてる絶対の自信があるのならば、男らしく余裕を見せてみろってんだ」 「私に余裕があっても、可愛い恋人が強引な押しに弱いお人よしでしてね。はっきり分からせる為にも強い態度に出る必要があるんですよ」 「それはお前への愛に隙があるからじゃねーの?」 「まさか」 「うわ」 急に両脇に手を差し込まれ、抱き上げられる。思わずバランスを取る為に肩につかまれば、目の前に意地悪な…いや、鬼畜な笑みを浮かべたジェイドの顔があった。 「…っ…!!」 「そんな心配、微塵もありませんよ。何ていったって…」 ぐいっと顎を無理矢理上げさせられ、ジェイドの顔がより近くなる。 ここはピオニーの私室だ。皇帝陛下の御前だ。相手が誰なんて関係ない。とにかく人前なのだ。 (ジェイドの馬鹿野郎ー!!) それでも文句を口にすることはできず、ルークは現実から目を反らすように固く目を閉じた。 ―――が。 「ルークは少し意地悪されるくらいのが好きなんですから。私の変化はルークが望んだものなんですよ」 「………?………はあ!?」 キスはされなかった。だがそれ以上に聞き捨てならない言葉を聞いて、ルークは固く閉じていた目を見開く。 「ちょ、おま…っ、それは聞き捨てならねーよ!エスカレートはともかく、俺が…!」 「え〜。だって」 襟首を掴んで問い詰めれば、気持ち悪いぶりっ子な反応でジェイドは人差し指を立てる。 「だってルークってば、べったべたに甘くされるより、ちょっと意地悪されるくらいの方が好きでしょう?睦言も、あれも、ね?」 「ジェジェジぇじぇじぇじぇいど…!!」 「何だ、ルークはちょっと意地悪にされる方のが好きなのか?」 「へ、陛下まで!」 にやりと嫌な笑みを浮かべたピオニーの顔まで近づいてきて、ルークはジェイドの腕の中に捕まったまま、じたばたと逃れようとした。だがそれも、ジェイドの腕によって持ち上げられる事によって回避する。 いや、より逃げ場を失った。 「あぁ、駄目ですよ。陛下」 もうその顔は見られない。きっともう見慣れた、けれども見慣れたくない笑顔を背後で浮かべているのだから。 ふ、と耳元で笑みを織り交ぜた吐息が漏れる。 それはきっと、きっと、綺麗に微笑んで。 「ルークが満足できる適切な意地悪と甘さを与えて上げられるのはこの私だけ…ですから」
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