+秘めたる証+

 

 

 

 

 

「くんくん…ご主人様、ジェイドさんの匂いがするですの!」

「な…っ!」

 

足場の悪い道をよたよた頼りなくミュウを抱き上げたら、腕の中に収まったチーグルの子供が急にそんな事を言い出した。もちろんそんな事を言われるとは微塵も思っていなかったルークは狼狽し、腕の中のミュウを取り落としかける。

「な、何だよいきなり…ジェイドの匂いって」

「みゅ、でも本当ですの!ご主人様からはジェイドさんのいい匂いがするですの」

「だー!嗅ぐんじゃねぇ!」

「みゅっ」

言ってまた抱いた胸元の匂いを嗅ごうとするので、慌ててルークはミュウを引き離した。

(何だ、あれか、やっぱ一緒に寝たりしてるから匂いが移んのか)

ジェイドからは常にいい匂いがする。それは本人いわく『紳士の嗜み』とか言う、ジェイドが好んで使う香水の匂いで、抱き締められると襟元にふわりと香って、ルークは毎回それにうっとりしてしまう匂いだった。当然大好きな匂いだ。

―――けれどもそれが自分からもしてるなんて。

「ミュウ、ちょっと来い!」

「みゅ?」

「―――…?」

ルークはミュウを掴んだまま、少しだけ皆から離れる。その様子をジェイドが見ていたのも気付かずに。

 

 

「そ、そんなに匂うか?その…ジェイドの匂い」

少しだけ道を外れ、木の影にこそこそと入る。地面にミュウを降ろし、しゃがみ込みながらくんくんと自分の匂いを嗅いでみるのだが、自分の鼻にはどうにも判別出来ない。

それは自分がジェイドの匂いに慣れて、もはや当たり前になってしまっているのか、それとも匂い自体が動物の鋭い嗅覚でも嗅ぎ取れない些細なものなのか。後者なら別に気にする事はないにしても、問題は前者である場合だ。

(もしかして俺、体からジェイドの匂いぷんぷんさせて気付かずにいたのかもしれないのか!?)

それは恥ずかしい。自分がジェイドの事を好きだということを皆に知られているとしても、恥ずかし過ぎる。人の匂いなんてそう簡単にうつるわけがないだろう。それこそ四六時中ぴったりとくっついてでもいなければ。

つまりはそれほど四六時中ぴったりしていると言う事だ。

(きょ、今日も昨日も傍で寝てたのは確かだけど…!)

「どうなんだ、ミュウ!?」

「みゅ、みゅ、みゅ〜!ご、ご主人様そんなに揺らしたらぼく喋れないですの〜っ」

その小さな肩を掴んで、ルークはがたがた揺らす。

だが…。

「―――…おやおや、小動物の虐待は感心しませんねぇ」

「!!!?」

…そこへ突如、その背後から耳元へ忍び寄る声。そして鼻先を掠める、嗅ぎなれた甘い匂い。

「勝手に離れて、一人の時に魔物に襲われたらどうするんですか」

「ジェ、ジェイド…!」

ミュウを抱き、ばっと慌てて振り返る。その接近に、足音も気配もしなかったのはいつもの事だ。けれども話していた内容が内容なだけに、ルークは慎重にその様子を窺った。

(こんな話、ジェイドに聞かれたら…)

だがその様子を窺う視線に何を思ったのか、あぁ、とジェイドは相槌を打つと、くるりとルークに背を向けた。そして腕を組み、遠く向こうを眺めながら、背後のルークへと。

「トイレなら一言かけて欲しかったですね。さ、どうぞ遠慮なさらず。私が貴方が用を足し終えるまで、背後を守って差し上げますから」

「ち、ち、違うー!!トイレじゃねぇ!!お、俺は…」

「トイレじゃないですの!ご主人様からジェイドさんの匂いがするってミュウが言ったから確認にきただけですの!」

「!?」

「私の匂い?」

「お、おま…っ!ブタザル―――!」

「みゅみゅ〜〜!ぼくは本当の事言っただけですのぉおぉお……!」

言わなくてもいい事…むしろジェイドには知られたくなかった事をミュウにあっさりゲロされ、ルークは勢いでミュウを大空へと放物線を描くように遠く投球した。そのまま青い軌跡は、先ほど歩いていた道の方へと落ちていったようだ。

 その落下音すら聞き届けないまま。

「……ほお」

「ぎく」

はたりと気付いた時にはもう遅い。ミュウを放り投げてしまった事で、ルークはこの場にジェイドと取り残されてしまった。そしてともに取り残された相手は顎に手を当て、ルークの体を頭の先から爪先までを観察するように眺めてくる。

「ふぅん」

「はう」

ジェイドが感心した声を漏らすたびにルークは無意味な声を零し、ゆっくりと後ずさる。けれどもそれも顎に手を当てたまま顔を覗き込むように距離を詰めてくるジェイドに、あっという間に木の幹にと追いつめられてしまった。

「さて、では説明してもらいましょうか」

「な、何を」

「貴方から私の匂いがどうとかと…」

「っ」

すっとジェイドの手が伸びて来て、ルークは思わずそれを避けるようにぎゅっと目を閉じて肩を竦めた。

(これ以上ジェイドの匂いが俺に移ったら…)

 だがいつまで経ってもその手がルークに触れる事はない。何より無言でいる事にいたたまれなく、ルークはそうっと窺うように片目から目を開けて前を見やった。

 するとそこには、

 

「―――おや、ようやくそれを意識してくださったんですか」

 

「!?、わ、ジェイド…!!」

 変わらず目の前にあった顔に驚いたのもつかの間、その腕の中に捕らわれる。思わずしがみつくしか出来ないその密着した体勢に、不覚にもルークの好きなジェイドの匂いが体を取り巻く。

 それは甘く深い、ルークの大好きなジェイドの香り。

(うぅ…いい匂い)

 その香りに状況も忘れてうっとりとしそうになっていると、不意に頭上から吐息を零すような笑い声が漏れた。

「可愛いですね、ルークは」

 そして囁かれる言葉。

「そんなにうっとりして…私の香りが好きですからね、ルークは。ほら、こうしている間にも私の匂いが貴方に移るんですよ」

「わ、やめろって、駄目…!」

「おや、どうしてですか?」

 するりと髪に擦り付かれ、耳元でジェイドが囁く。

どうしてなんて何故言える。道から外れた木陰だからと言って、ここは街道沿いなのだ。人の目がないとも限らないし、離れた自分たちを探しに誰か仲間たちが引き返してきたらどうするつもりなのだ。

それなのに。

それなのに―――衿元に顔を埋めているルークは、襟足から香る体温で解けた香水の香りにくらくらし始めてきている。駄目だ、この香りに弱い。それを感じると言う事は、その存在の近くに自分がいることを示している。

匂いを感じるほど、傍にジェイドがいる。

―――鼓動が、早くなる。

その所為なのか、口は勝手に言いたくもないことを言い始めてしまうし。

「だ、って俺からジェイドの匂いがしたら…恥ずかしいだろ。ずっと引っ付いてないと匂いなんて移んないし、そんなん人に分かったら嫌だ、し…」

 匂いが移るほど一緒にいるなんて、知られたくない。匂いが移るほど一緒にいる…そんなにも自分がジェイドが好きだなんて知られたくない。

 それなのに、この男は。

「そういうのは分からないと意味がないじゃないですか」

 そうさも当然のようにしれっと言い放って、微笑む。

「移り香が牽制の意味にならないでしょう?安心してください、確かに貴方からは僅かに私の香水の香りがしますよ」

「うわ、わ、嗅ぐなっつーの…!」

 すん、と鼻を鳴らして匂いを嗅ごうとするジェイドに、ルークは慌てて腕を突っぱねてそれを遠ざけようとする。

「それに牽制とか意味わかんねーし、必要ないだろ!」

「そうですか?私も心配性なもので。貴方の周りには色々と問題のある方々も惹かれて集まってきますしね…」

 そんな恥ずかしい事、周りに振りまかなくてもいい。大体、問題のある方々って誰なんだ。ジェイドも含むのか。

それに第一―――そんな常にジェイドの匂いに包まれてると、自分で意識できるほどになってしまうなんて事……。

 

「必要ない、だろ…俺はジェイドが一番好きなんだからな…!!」

 

 そんな事になったら、どんな顔をして外を歩けばいいんだ。どきどきして、ぽわぽわして、きっとまっすぐなんて歩けない。

「だから牽制なんて必要な…ぎゃ、ジェイド!」

「本当に―――可愛い人だ」

 ぷい、と横を向いた瞬間、また抱き竦められた。いや、さっきよりも強く、さっきよりも密着するように。ジェイドの喉もとの辺りに顔が埋まるように頭を抱かれ、髪に唇を埋められて。

「でもそんな可愛い事を言って、ますます心配になるじゃないですか。それともそれもワザとなんですか?」

 吐息のように零した言葉が髪をくすぐり、少しくすぐったい。匂いが近くて、訳がわからなくなる。

(眠たい時はこの匂いがすごく安心するのに、平常の時はどうしてこうなんだ!!)

 わからない。何も、何で自分がこうなってしまうのか。どうしてジェイドの匂いに弱いのか。

 好きだと、みんなこんな風になってしまうのか。

「意味わかんねー…って、うわ、こら、すり付けるなって…!」

「念入りに念入りに。これ以上不逞な輩に私のテリトリーを侵されては溜まりませんので」








馬鹿ップルめ!(最早褒め言葉?)
もうあれだけくっついてたらルークからジェイドの匂いするよ。
そしてそれに気づいてないルークがいい。
陛下辺りがぎゅっと抱き締めた時に気付いて、
「あんの鬼畜眼鏡め…」とか悔しそうにしてればいい。
そしてジェイドはルークを抱き締めた時ほんのり自分の香水の香りがして
ひっそり笑っていればいいのです。
あくまでルークが気付いていないのがポイント。

今回はミュウが大活躍(?)でした(笑)