+愛情補給+ 「ジェ〜イ…ドって、な、何だこりゃ!」 おざなりなノックをして執務室に入って来たルークが、頓狂な声を上げる。だがジェイドの位置からはその様子は声しか伺えない。 何故なら、今現在ジェイドの視界は積み上げられた書類によって、著しく遮られているからだ。 「ジェイド?」 「はい、ここにいますよ」 軽く手を上げてやれば、ほっと安堵したように溜め息を付き、ルークが机を迂回してジェイドの方へとやってきた。 「…凄い量の書類だな」 風が吹けば崩れてしまいそうなその山を眺め、やや距離を置きながらルークが視線を廻らせた。その様子にジェイドも苦笑と共に溜息を吐き出して。 「でしょう? ほんの数週間戻らなかっただけでこの有様です。まったく、他の者は何をしているのやら」 肩を竦め、処理し終えた紙を脇の山に乗せると、また違う山からごそりと一束自分の前に置いた。その内容を最初の一枚に軽く目を通しただけで把握すると、ジェイドはペン先にインクを浸す。 「…まあ状況が常に変動する今、それにもっとも深く関わっている我々が言うのもアレなんですがね」 「そっか…でも大変だよ、な」 書類の束とジェイドの顔を見比べ、ルークが心配だと言わんばかりに眉を潜める。そんな彼にきっぱりと、 「まあ、大変ですね」 と、そう告げれば、まるで自分の事のようにしゅんとして、ルークは呟く。 「でも俺には手伝える事はないしな…」 手伝うつもりでいたのか。 まあ確かにデスクワークばかりでルークに手伝ってもらえるような仕事はない。しかも書類と一概に言ってもどうでもいい書類から、どうでもよろしくない書類まで様々だ。特に軍部に関する書類を、キムラスカの人間であるルークに見せるわけにはいかない(とは言うものの、ルークに見せたからと言って何がどうなるとも思わないのだが)。 どちらにしろ、どれもがジェイド自身の決裁を待つものばかりだ。例えルークでなくて他のマルクトの人間が手伝いに来てくれたとしても、誰にでも任せられる仕事ではない。結局ジェイドが片付けるより他はないのである。 だからと言ってこの素直すぎる子供の行為を無碍にすることはできない。何も出来ないにしても、多少のフォローも必要だろう。 「―――いえ、その言葉だけでも嬉しいですよ。ありがとうございます、ルーク」 何かしたわけでもないのに、まるで自分が悪いように落ち込むルーク。その様子に苦笑して、ジェイドは言葉をかけてルークの頬を撫でた。すると彼は少し笑い、うん、と小さく頷く。 「でもこれじゃあ俺がいるだけ邪魔だよな。俺、陛下のブウサギの所に行ってるよ」 「そうですか?」 別にいるだけで邪魔だとはそう思わない。確かに彼がいるだけで時折意識をそちらに取られ仕事は中断してしまうのだが、それはジェイド自身の意識の問題である。 (その存在が傍に在るだけで構いたくなってしまうとは…重症ですけどね) だがあまり引き止めても、逆にルークに気負わせてしまうか。ここは素直に本人の意思で退室させた方がいいだろう。 「では二時間ほどしたらお茶を入れて持ってきてくださいますか?陛下の所によい茶葉があったでしょう」 さきほど思ったよう、さりげなくルークに役割を与える事も忘れない。そうすれば彼は顔をみるみる輝かせて、酷く嬉しそうな顔をした。 「うん、分かった!二時間後だな」 「はい―――あぁ、でもその前に」 駆けて出て行こうとするルークを呼び止め、ジェイドはその腕を掴んだ。 「ジェイド?」 まだ何か頼まれ事がまだあるのかと、ルークはにこにこと振り返る。その笑顔にジェイドも笑いかけ、そして掴んだ腕を引き寄せた。 「わ」 案の定振り返った為不安定だったルークはよろけ、あっさりとジェイドの上に倒れ込んだ。それをジェイドは受け止め、改めてルークを抱き上げると向かい合うように膝の上に座らせる。 「ジェ、ジェイド?」 そしてその体をジェイドは…腕を回して抱き締めた。 体をぴったりと密着するように抱き寄せ、その肩口に顔を埋める。そのまま困惑するルークを放置し、しばらくジェイドはじっと動かなかった。唐突なことに、ルークの体は緊張と困惑に凝り固まっているようだ。 「〜〜〜〜っ、何なんだよ…まったく」 だがやがて溜め息と共に体から力が抜けると、ぎゅっとルークが抱き返してくる。そうなると抱き締めていた筈が高さの関係上、逆に抱き締められているようになり、包まれる腕から温かさが体にじわじわと染み混んできた。 それが酷く心地良く、出来ることならばずっとこうしていたいと思ってしまう。だがそれは所詮叶わぬ夢。目の前の山積みにされた現実が、ジェイドにそれを良しとしない。 だからそれが欲望に擦り替わってしまう前に、ジェイドはそこから顔を上げた。すると少しだけ頬を染めたルークと視線が合い、ジェイドは微笑む。 「……今からの激務に対する気合いの注入、と言ったところでしょうかね」 「気合って……」 「まあ言ってしまえば癒し、でしょうかね?」 しれっと言ってやると、何言ってんだ、と赤い顔のままルークが呆れた声を上げる。しかしジェイドは笑みを消さず、その赤い頬に唇を寄せ、上機嫌で囁いた。 「…ですので次回は二時間後のお茶の時にお願いします。この仕事の量で、流石に一度の注入でやり切れる自信はありませんから」 「そ、そんな大層なもんじゃないだろっ」 「そうでもないですよ。ルークにしか出来ないお手伝いですから」 「!」 言ってやると、ぴくりと反応するようにルークが肩を揺らした。―――『貴方だけ』。 「わ、分かった…ま、まあ…俺が役に立つ、なら…」 「―――ありがとうございます、ルーク」 その言葉に弱いルークが頬は赤いものの、真剣な顔で頷く。 そう、この笑顔と温かさがあれば何でも出来るように思うのは嘘ではない。だが常にあっては駄目なのだ。たまにある方がいい。 だって常に傍にありでもしたら、それこそ仕事どころではなくなってしまうのだから。 「それでは二時間後を楽しみに、お仕事に勤しむとしますかね」 「が、頑張れよ。ま、また…ぎゅってしてやるからな」 「……はい」
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ルークにぎゅってしてもらって癒される35歳。
ルークはジェイドの癒しだ…という拍手を頂いて書いてしまった代物です。
けど過度な癒しは欲望のスイッチに火をつけてしまうので、
見極めが大切なのです(笑)