+二人一緒に+

 

 

 

 

 

「ジェイドが帰って来ない」

そうルークが言い放ったのは、もう夕食の時間だった。

「あ〜、そう言えば大佐いないね」

「確か陛下の所に行くって言ってたな」

「でも夕飯には帰ってくるって言ってたぞ」

いつもは共に宮殿に赴き、執務室で暇を持て余したりピオニーの私室でブウサギに構うなりして時間を潰すのだが、今日は自分用の新しい武器を調達するために、珍しくグランコクマだというのにルークはジェイドと別行動を取っていたのだ。だがいざ宿にて夕食の時間に皆が揃ってみれば、案の定ジェイドの姿がなくて。

「大佐の事ですわ、執務がお忙しいのではなくて?」

「いつも帰るたびに仕事が溜まってるって言ってるけど…」

「軍の要職ですもの。旅の途中でなければ、本来軍部で指揮を取られている筈でしょうし」

ジェイドが忙しいのは皆も承知だ。

飄々として人を食ったような性格をしているが、その実、パーティーの中で一番働いているのはジェイドだ。やはり最年長と言う事でこちらも頼ってしまう部分も大きく、また旅をして尚軍部での仕事を掛け持ちしている彼の負担は、ルークの想像を遠く及ばない。

「ジェイド帰ってくるまで待った方がいいかな」

「え〜でもお腹空いたぁ」

「いつも遅くなる時は、先に食べていて構わないって大佐はおっしゃってますのよ」

「え、そうなのか?」

ナタリアに言われ、ルークは目を瞬かせる。

「ルークはグランコクマじゃ旦那と一緒にいるからな。遅くなると食べてくるだろ?」

言われてみればそうだ。それに以前ジェイドについて行っていなかった頃は、皆で先に食べていたではないか。

「きっと急な仕事が増えて帰って来られないんだわ。大佐には悪いけど、先に頂きましょう」

「だな」

「賛成〜」

「………」

確かにルークも腹は空いている。皆の言う通りに先に食べてしまっても、ジェイドは怒らないだろう。けれども―――…。

 

「―――俺、ジェイドが帰ってくるの待ってる」

 

いそいそとメニューを広げ出した仲間たちに、ルークは言った。

「えー、でもきっと大佐が帰ってくるの夜中だよ?」

「それに旦那だって、帰ってくる前に何か食べてくるかもしれないぞ」

「でも、待ってる…ジェイドの事だから食べて来ないかもしれないし…」

「大佐ならやりかねないけど…」

 ジェイドはルークの好き嫌いに関しては色々言うわりに、実は平気で食事を一度や二度抜いたりする時があった。忙しくて食べている暇がない、或いは食べたいと思わない、そんな理由をあげる事も多く、ピオニーからもそんな昔の話をよく聞かされた。

 流石に今は旅をする身。食事の重要性を知っている彼は皆といるときはちゃんと食事を取っているようなのだが……。

「だからみんなは先に食べてくれていいよ」

 きっと今夜は食べてこない。妙な確信がルークにはあった。

「まあ、お前がそこまで言うなら」

皆ルークの決意が固いと分かると、それ以上は引き止めたりしない。代わりに…。

「しっかしルークってば健気〜。大佐が帰ってくるまでご飯食べないだなんて、奥さんの鏡だね」

「ば…っ、そ、そんなんじゃねぇっつの!」

 アニスにからかわれ、ルークは頬を赤くする。

「じゃあどうしてなの?」

「どうしてって…だって」

 健気だとか、そう言われてもルークにはよく分からない。

 ただ昔、父は公務で家を留守にし、母は病気で床に伏せっていた時、一人で取る食事が何となく味気ないものだと知っていたから。使用人だから同じ食卓には付けないと言うガイに駄々をこねて、無理やり一緒に食事を取らせるようにしたのも、思えば『寂しかった』からなのだと今なら思う。

 ―――それにジェイドがこの場にいない、ただそれだけでも。

「だって、一人で飯食うのって寂しいじゃんか。誰か一緒の方が絶対いいだろ」

 自分の食事は味気ないことを知ってしまったから。

 

 

 

 宿内も僅かな明かりしか残されておらず、ほの暗い譜石ランプの明かりを頼りにジェイドは部屋を探す。

 気が付けば日も落ちていて、こんな時間になってしまっていた。もう深夜と呼ぶには十分の時間帯。留守中に溜まった仕事だけでなく、急遽召集された貴族院の会議に顔を出し、また部屋に戻って書類に目を通し始めてしまった結果、この時間だ。気が付けば食事も取っていないが、一人の時は大体そんな感じである。

(腹が減ったとわめく子供もいませんでしたしね)

 ルークが傍にいれば、腹が空いたのだと言う彼を連れて、帰り道に食事を取ることもあった。だがいないとそんな気分どころか、食事という行為すら忘れがちだ。

 ルークといなければ人並みの生活すら出来ないなんて。

 それを思ってジェイドは苦笑する。ルークがいるからこそ、ジェイドは食事の楽しみを知ったようなものだ。ただ、活動するのに必要最低限の行為から、それを楽しみとする行為へと。ジェイドの認識を発展させたのは他ならない、ルークであった。

「もう眠ってしまっているでしょうね」

 呟いて、部屋の前までたどり着いた。ルークとは同室だったが、こんなに遅くではきっと眠ってしまっているだろうと思う。疲れているのは知っているので、起こすことはせずせめてその寝顔だけでも覗こうかと思いつつ、ジェイドは預かっていた鍵で扉を開けた。

 だが、そこには―――。

「あ、ジェイド」

「―――ルーク」

 ベッドに寝転がり、それでも眠らずに日記を付けていたらしいルークが、ノックもせずに入ってきたジェイドを迎える。

「ただ今戻りました。…起きていたのですか」

「ん、おかえり。結構遅かったな」

 持ち帰った書類を机に置き、その傍まで歩み寄ると、ルークもぎしりとベッドの音を立てて起き上がりジェイドを見上げた。

「急な会議が入りまして。連絡できずにいて申し訳ありませんでしたね」

「あー…でも、何となくそんなんじゃないかって思ってたから」

 ベッドの縁に座るジェイドの傍にルークは寄ってきて、その髪にジェイドは手を伸ばす。跳ねる髪を撫でつければ、ルークは嬉しそうに笑うのだ。

 それが愛おしくて、ジェイドは微笑んで唇を寄せる。

 髪に、額に。くすぐったそうに肩を竦める彼。少し逃げようとするので、追いかけて、ベッドの更に上に手を突いて。

「ルーク」

 呼べば、困ったような声音でジェイド、と返される。

 帰る場所に愛しい人がいるだけでも幸せなものだと思っていたのに、その愛しい人が帰りを待っていてくれたという更なる事実が、ジェイドの勝手に満足しかけていた欲望を増長させた。

 伸ばした腕で腰を掬い、まだ乱れた様子もないシーツにその身を横たわせて。

「可愛い人ですね、本当に」

「それはどういう意味……」

 覆い被さって笑えば、真下から緩く睨まれた。けれどもそれすら笑って受け止めて、腕を折って顔を近づけた時……地の底から響くような音を聞く。思わずジェイドは中間くらいで動きを止めた。

「うぁ」

 そしてルークの口から漏れる、何とも言えないばつの悪そうな声。音の発生源はルークなのは分かる。そしてそれが彼の…腹部辺りからの音だと言う事も。

「お腹が減ったのですか? 夕食は皆さんと取ったでしょう」

「食べてないよ」

 苦笑してその上から退けば、起き上がったルークがあっさりとそう言い放つ。それに思わず瞬きを忘れてその顔を見つめれば、へへ、とルークは笑って頭を掻いた。

「ジェイドの事だからきっと食べてこないと思って、待ってたんだ」

 言うともう一度、低く、今度は主張するように彼の腹は低く唸り声を上げる。それにルークは自分の腹を見て、それから顔を上げると照れ臭そうにして、

「流石に限界まで腹が減ると力入らねぇな」

 なんて、そう言うので。

「まあ確かに食べては来ていませんが…お馬鹿ですね。待っている必要はなかったのに」

ジェイドはふぅと嘆息すると、足元にあった道具袋を手繰り寄せた。厨房でもう料理は頼めないが、入ってきた際、仕込みのためかまだ明かりが点いていたのを確認している。火を貸してもらえば、手持ちの食材で何か作れるだろうと、そう思って。

「けど、一人だと飯は美味くないだろ」

「ガイたちがいたでしょう」

「俺がじゃない、ジェイドが…それに」

 手持ちの食材で、簡単にシチューくらいは出来そうだと思えば、ぽす、と背中にルークが頭を預けてきた。相当腹が空いているのか、ぐったりと体重を任せてくるその声が、背中に伝わってくる。

 

「ジェイドがいないと、俺が食べた気にならないんだよ…」

 

「………」

 言われて、ジェイドは顔に出さずに驚く。

 彼がいないと食べる気にならない自分と、自分がいないと食べた気にならないのだと言う彼。

「仕方のない子ですね」

 ―――仕方がないのはお互い様か。

 

「―――厨房を借りてシチューでよろしかったら作りましょうか」

「マジで?」

「はい。貴方のお腹の音の所為で私も小腹が空いて来ましたから、ご一緒に如何ですか?」

「……うん!」

 肩越しに振り返って言えば、今日一番の嬉しそうな顔をしてルークは大きく頷いた。








ジェイドはルークと一緒にいる事で、どんどん人間らしくなっていくんです。
ルークは軟禁時、ガイがいる以外は結構寂しかっただろうなぁ、と。
二人で一緒に補っていけばきっと幸せ。