+上手なキスの強請り方+

 

 

 

 

 

「ジェイド、ちゅーしたい」

「―――…何ですか、薮から棒に」

急に執務室にやってきたかと思えば唐突な。ジェイドは走らせていたペンを止め、机越しに顔を覗き込むんでくるルークを見遣った。

「見ての通り私は執務中なんですが」

「だって俺がちゅーしたくなったんだからしかたないだろ!」

「自分本意ですねぇ」

ずいっと机に乗り上げかねない勢いに苦笑する。子供と言うのはいつだって唐突で、その行動の突飛さに大人を困惑させるものだ。

(ルークの場合、きっかけが関連するものとは限りませんしねぇ)

 いつだって、何がどうそうなってこの結果になるのか、それを思わず考えてしまう程彼の行動は突飛な場合が多い。関連性を求める事すら間違ってすらいそうで。

だがそれを受け止める大人として、それを甘んじて受け止めてやる程甘くはないのだが。

ジェイドはふ、と吐息を吐き出すと、再びペン先をインクの壷に浸し、視線を書きかけの書類にと落とした。するとそれを見ていたルークが口を尖らせて、

「ジェイド、ちゅーは!?」

言って更に身を乗り出し、既に机に上半身を乗り上げた状態で言い募る。

「勿論お預けです。仕事中なんですから我慢しなさい」

「う〜〜ケチ!」

だがジェイドは書類から顔すら上げず、しれっと言って見せるのみだ。唸るルークにはペンが書類の上を走る音のみが答え、ジェイドは彼には分からないように口元に笑みを浮かべた。するとルークは諦めたのか、不貞腐れたのか、ぶつぶつと文句を言いながらも机の前にあるソファにと向かう。

「…キスくらいいいじゃんか…」

 何をそんなにこだわっているのか。

 靴を乱暴に脱ぎ捨てたルークはソファの上で膝を抱え、黙々と仕事をこなすジェイドを見つめる。勿論書類に視線を落としているジェイドにはその様子は分からないが、見られている事は視線を感じて分かっていた。

(キスにこだわる辺りがまだまだお子様ですね)

 ルークからの求めはキスだったり手を繋ぐことだったり、または一緒に眠る事であったりとまるで幼児の恋愛のように拙くて、ジェイドには少々くすぐったく感じる。いや、恋愛と言うにはあまりにも幼くて、大人である自分には心地よくも、また歯がゆくもあった。

(こんな意地悪なおじさんの何処がいいでしょうかね)

 そうは思うものの、彼が傍にいることを許してしまう己の真意もまた、理解しがたいものではあるのだけれども。だって自分の欲望は、彼のそれに比例しなく、また際限というものを知らないのだから。

「……、…?」

 それから幾許ほどしたか、不意に注がれる視線がなくなった。意識はしつつも、執務を続けていたジェイドが顔を上げると、ソファに膝を抱えたまま座っているルークは、いつしかうつらうつらと船を漕いでいたらしい。

 昼下がりの執務室は暖かく、律儀に待ち続ける子供には容赦がなかったのだろう。抱えた膝に半ば額を預けるようにして、いつしかルークは眠りに落ちていた。

「…やれやれ、お子様ですね」

 ジェイドは苦笑してペンを置くと、音と気配を立てぬように机から離れる。そしてソファまでたどり着くと、ほんの僅かな音のみを立ててその隣りへと腰を下ろした。

 そして眠ってしまっているルークの耳元に唇を寄せ、そっと悪戯のように吹き込む。

「キスが欲しいのなら、愛の言葉くらいは囁きなさい―――恋人同士なのですから」

「…んあ…?」

 囁きに、浅い眠りを起こされたルークが覚醒する。ぼんやりしながらこしこしと目元を擦って起きた彼が一度前を見て、机の傍に誰もいないことを確認する。そして今度は緩やかな動作で隣を―――ジェイドの方を向いた。

 その寝ぼけた顔に、ジェイドは微笑んで。

「あ」

 

「―――愛してますよ、ルーク」

 

 何か言いかけた唇に、笑みを刻んだままの唇を押し付ける。そのまま何か返してくるかと思えば、不意を打たれた子供は目を見開くだけで何も返してこない。

 その様子にすらジェイドは笑い、そしてルークから離れた。そこでようやくルークがはた、と我に帰ったように体を揺らして。

「……な、ずりぃ! 今の不意打ち、なし、やり直し!」

 慌てたように意識を覚醒させ詰め寄るルークを、ジェイドはひらりと起き上がって交わし、足を元いた机へと向けた。

「やり直しは効きません。キスをしたいと言う貴方の望みを叶えて差し上げたでしょう?」

「叶ってない!俺の意思がこれっぽっちもなかったじゃん」

「やれやれ、我が儘な子ですねぇ」

 ぎ、と元いた椅子に座り直せば、目の前までずかずかと怒ったルークがやってくる。その様子を微笑みながら見つめるジェイドは、そうやってこちらの言動に振り回される彼の態度をまんざらとも思っていないのだ。

 人にしつこくされるのを、あれ程嫌悪していた自分が、だ。

(こんな意地悪なおじさんとのキス一つでこんなにも騒いで…)

 向けられる意思が、酷く欲望をくすぐる。それはとてもこの子供には想像も付かない、不純な大人の思惑。

「それでは」

「?」

 手を差し伸ばすと、何の躊躇いもなくそれをルークは取る。きょとんと、何をされるのかも分かっていない顔に、ジェイドはその手を引きながら微笑んだ。

「―――キスがしたいと望むならばそれにはまず、最高の睦言を私に」

「む、むつごと?」

 手を引かれたルークが机にもう片方の手を突き、吐息が触れんばかりの距離で小首を傾げる。

「恋人にかける甘い言葉の事ですよ。キスをするなら、愛の言葉の一つや二つ、必要でしょう?」

「お、俺、難しい言葉とか分かんないんだけど…」

「難しくある必要はないですよ。貴方が私に想う、最高の想いの言葉を私に下さい…そうしたら、後は貴方の望むがままに」

「え、えー…っと…」

 間近で顔を見つめられると照れるのか、ルークが僅かに頬を染めて視線を反らす。そんなに難しく考える必要はないと思うのだが、ジェイドの言葉に翻弄されて、ルークはうんうんと唸り始めた。

 そんな困り果てる姿すら愛しい、なんて。

 やがてちらりとルークがこちらを見やった。ジェイドは微笑んでただ見守るだけだ。すると反らしていた視線を正し、彼は真正面からジェイドを見つめて、そして―――。

 

「す、好きだ、ジェイド」

 

 真っ赤な顔をして、言い放つ。

それは幼い彼が持つ最上級の愛の言葉。小難しい甘言も、熱に酔わせる睦言も知らない彼の言葉であるが故に、ジェイドは首筋が泡立つような感覚を得られるのだ。

「こ、これ以上睦言とか難しい言葉は俺には分かんないっつーの」

 そんなジェイドの事など知らず、ルークが

「―――上出来です。キスをしてもいいですよ。いえ、それよりも」

「え、わ」

 ぐいっと腰を抱いて、膝の上に彼を抱き上げる。そのまま引き寄せて。

「私にキスをさせて下さい。甘い、その言葉相応のキスを―――」

「って、ちょ、キスしたいのは俺のほ……っ」

 ルークが慌てて顎を引く。だがその程度で広がる距離ではない。吐息が触れて、子供は口を塞がれて。

 

「……分からないというなら幾らでも教えてあげますよ。私に有効な、キスの強請り方を、ね」

「こ…の、馬鹿ジェイ、ド…!」








あれ…これってルクジェ…?
てなくらい、途中でどっち書いてるか分からなくなった代物です。
ので最後は無理矢理ジェイドに頑張らせてみたっ気満々。
ルークだって男子ぃなので、色々自分本位にやってみたいのです。
けどお子様なので、発想もお子様レベル。
ジェイドはそこんとこ上手い具合に操作して、自分好みに育てればよいと思う。