+貴方だけの私+

 

 

 

 

 

「へ〜いか、公務サボタージュして何してやがるんですか?」

「ん?何がって可愛いルークが宮殿に来てるなら、構いに行くのが常識だろ」

「勝手に妙な常識を作らないでください。そしてルークは私の物なので、過剰なスキンシップはご遠慮下さい」

「お前の物だって何処で分かるんだ?どっかに名前でも書いてあるのか?ん?」

「名前に近い物でしたら、耳の裏の見えない所に…」

「うわっ、本当だ!嫌らしいなお前っ」

 

 

「ん、どうしたんだルーク」

「どうかしましたか?むしろ陛下に何かされましたか?」

ジェイドとピオニーのちょうど間に挟まれたルークが、ぼーっと二人のやり取りを眺めている。それに気付いた大人二人がぼんやり眺める子供に同時に視線を向けると、はた、とルークは我に返った。

「え、あ、いや…」

そして注がれる視線に困惑し、視線を二人に巡らせ、

「な、何でもない」

と、まったく何でもない事もなさそうな顔をして他所を向いてしまう。勿論それにごまかされる大人達ではない。

ジェイドとピオニーは顔を見合わせ、そしてにこりと笑みを浮かべたジェイドがまず先陣を切った。

「ルーク、私と貴方の間に隠し事は感心致しませんねぇ」

「べ、別に隠し事なんか…」

ぽん、と肩に手を置くと、ルークがびくりと肩を大袈裟に揺らした。するとまるで便乗するように反対の肩にぽん、とピオニーの手が乗って。

「俺だって幾らお前の為に広い心を持っているとは言え、隠し事をされると痛むんだぜ?」

「陛下まで…っ」

 静かに詰め寄るジェイドと、大袈裟なほどに嘆いてみせるピオニー。そして二人の声が珍しく重なって―――。

『ルーク』

「〜〜〜〜!」

肩を掴まれ、自分より頭一つ分以上背の高いしかも体駆もいい大人に詰め寄られ、哀れ、可哀相な子供はびくびくしながら口を割るより他はなかった。

「だって…」

ルークはちらりちらりとジェイドたちを上目使いに交互に見遣ると、顎を引き、上目遣いのままぼそぼそと言葉を紡ぎ始める。しかもそれが、どうしようもない大人たちを酷く困惑させるとも知らず。

 

「陛下とジェイド、仲いいなって…思って」

 

「陛下と」

「こいつが?」

「うん」

 交互にそれぞれを指し、そして顔を見合わせる。そして頷くルーク。

そう言われた事(むしろルークがそう思っていた事に)対して二人は唖然とした表情を向けるが、俯いてしまった為にルークはその事には気付かない。それどころか更にぼそぼそと、自ら墓穴を掘るように考えていた事を赤裸々に語り出した。

「だってジェイドと陛下って喋ってるとすごく息がぴったりって感じだし、遠慮がないって言うか…」

二人は顔を見合わせたまま苦笑した。

「まあ確かに付き合いは長いですからね」

「幼なじみっつーより腐れ縁だしなぁ」

もう二十年以上の付き合いだ。お互いの灰汁など知り尽くしているが、それを仲が良いと一くくりにされるのには激しく抵抗はある。大体ジェイドにしてみれば、別にルークがそんな事を思う必要はないのだ。

「まあお互いの良い所も悪い所も解っているので、そう見えてしまうのかもしれませんが…私は別に…」

「でも」

だが当のルークは、きゅっと肩を縮込ませ、膝の上で拳を握ると、弱り切ったような顔と声でジェイドな言葉を遮り、こう言うのだ。

「でも俺は陛下みたいに色んなジェイドの事知らないから…陛下が羨まし―――…」

最後まで言いかけて、はたりと言葉が止まる。またも大人たちがルークを唖然と見つめていたからだ。それでようやく自分が何を口走ったのか分かったらしい。見る見る頬から耳にかけてまでが赤く染まり、口がわなわなと何事か戦慄く。

そして唐突に立ち上がると…。

「―――い、今のなし!聞かなかった事にしといて…!」

言い放つなり、慌ててピオニーの部屋を出て行ってしまった。取り残されたのは、置き去りにされた大人二人…とブウサギたち。

「聞いたかジェイド」

「えぇ聞きましたね」

二人は閉じられた扉を見つめたまま、視線を交わさずに会話を続けた。

「ルークは俺の事が羨ましいらしいぞ」

「そのようで」

「出て行っちまったね」

「えぇ」

「―――何だよ、反応薄いなあ」

「いえ…少々ショックだったので」

「ショック?何が。ルークに俺たちが仲良しだって思われてる事か?それとも俺の事を羨ましいと言った事か?」

 ようやく視線が混じる。床に直に座ったピオニーと、その隣りに立つジェイド。にこり、と笑ったのはジェイドの方だ。それは思わずピオニーがげ、と嫌そうな声をあげる程の笑顔で。

「―――どうやらあの子供には、自分がどれ程私に愛されているか改めて思い知る必要があるようですね」

「お前なー…その顔ある意味犯罪者級に怖いからやめろよ…それと、あまりルークをいじめてくれるなよ」

 顎に手を当て笑うジェイドに、ピオニーがうろんげな視線を寄越す。

「虐めとは聞こえが悪いですね。愛情表現とおっしゃってください。大体誤解なんですよ。ルークはルークで、貴方の知らない私の事を色々知っているんですから。例えば―――」

「別に聞きたくもないし興味もないから言うな」

「言いませんよ。勿体ない」

「………」

 ぴしゃりと止められ、それでもジェイドの笑みは収まらない。まるでこれから己のしようとする事を想像して、楽しんでいるかのような顔に、ピオニーはますます趣味が悪いと、げ〜と舌を出して見せた。

 

 

 

 走って、走って、はたと気が付けばジェイドの執務室にまでやってきてしまった。考えてみれば宮殿の中。ルークの居場所はこことピオニーの私室くらいなのだと気付く。それならばいっそ街に戻って宿に行けば良かったと思うのだが、戻れば途中で恐らくジェイドと遭遇する。ここにいてもジェイドは戻ってくる。

 ジェイドはきっとあんな事を言って逃げ出したルークを追ってくるだろう。そういう事を放置する男ではないし、意外としつこいのだ。

「何であんな事言ったんだあの時の俺…」

 後悔してももう遅い。

ただ、いつものようにやりとりされるテンポのいい会話が羨ましいと思った。お互いの事をよく知っているから、次に何を言われるのか知り尽くしているからこそ出来る、あの会話の心地よさ。

(俺には無理だよな…ジェイドの質問に、まともに答えられるかどうかも分からないし…ジェイドの事、まだあんまよく分かっていないし)

「―――もっとジェイドの事俺は知りたいのに」

「陛下が知らない私の事なんて、たくさんありますよ」

「うひゃあ!?」

その接近には、音がまったくなかった。扉はちゃんと閉めた筈なのに、閉める音どころか開ける音すら聞こえなかった。勿論足音すらも。

「ジェ、ジェジェジェイド…!」

 最後の呟きが、思わず口に出てしまった事を今更ながらに後悔する。勿論それはジェイドに聞かれてしまっただろう。突然現れた時の言葉とその笑みが、そのすべてを物語っている。

「いけない子ですね。陛下の御前を逃げ出すばかりか、私の部屋にまで勝手に入って」

「ジェ…イドの部屋はいつも勝手に入ってるだろ!」

「ふふ、まあそうですね」

そうやって驚かされる事も初めてではない筈なのに(大体自分の部屋で気配を消す意味が分からない)、妙にうろたえてルークは後ずさる。じりじり、僅かずつ。

それに気付いていないジェイドではないだろう筈なのに、ジェイドはルークが下がっていくのを指摘しない。ただ、微笑んだまま見つめていて。

「な、何だよ…」

「いえ、先程の事で少々」

「さ、さっきのは聞かなかった事にしろって言ったじゃん」

「そうもいかないでしょう?あいにく、まだ耳は耄碌していないので、聞きたくない事もよく聞こえるんですよ〜?」

 そう言いながら一歩だけ、ジェイドが前へと踏み出した。するとルークは二歩、下がる。

「ルーク」

「俺は何も言ってないからな」

 ジェイドの方が足が長い為に、徐々に距離は縮まっていく。けれどもルークは下がり続けた。

下がり続けて、そして―――。

「往生際が悪いですね…あ、後ろ危ないですよ」

「え?」

 不意に、ジェイドが視線でルークの背後を指して立ち止まった。

「あ、わ!」

ただ逃れる事だけ考えてずりずりと下がり続けた結果、ソファーの位置を失念していた。ジェイドに言われた瞬間下がった一歩によってルークはソファーに足をぶつけ、そのまま足を掬われるような体勢でその上にひっくり返ってしまう。

だが幸いそこにはピオニーが(ジェイドいわく)知らぬ間に置いたのだと言うクッションがあり、その隙間に落ちた為に痛みはなかった。それでも打った背中がじぃんと衝撃に痺れる。

「う〜〜!」

「何やってるんですか」

情けなさに唸ると呆れ返った声と共に、ジェイドがすっとソファーに歩み寄ってくる。そして手袋を嵌めた手がさっとルークの目の前に差し伸ばされた。

「だってお前が…」

「私は何もしてないですよ。貴方が勝手に後ずさり、こけただけですよ…っと失礼」

「あ、おい、ちょ、ジェイド、何で乗っかってきて…!」

その手は起こし上げてくれるものだとばかり思っていたのに。ルークが掴まろうとの差し出した手と取ると指を絡めるように握り、そのままジェイドは反対の手を肘掛に手を置いて覆い被さってくる。差し出した手は指を絡めとられソファーに繋がれ、身を任せた状態のルークではその半ばジェイドの体重を支えるような体勢の為に、抜け出す事が出来なくなっていた。

「ジェイ…ッ」

「―――ルーク」

「!?」

不意打ちのようなそれに怒って見上げる。だがルークの真上にはそれはそれはとろけそうに甘い笑みを浮かべた恐ろしく綺麗な顔があって、ルークを真正面に見下ろしていた。思わず、ごくりと息を呑んでしまう。

「な、んだよ…」

ルーク自身自覚しているのだが、ジェイドのこの顔に弱かった。こんな間近にそれを見せ付けられ、ルークは思わず頬の辺りが熱くなるのを感じる。

だがそれを否定するように、ぐっと顎を引くようにして目の前の顔を上目使いに睨み上げた。けれども見下ろすジェイドがその程度で怯む筈などなく、些細な抵抗だと言わんばかりに指を握る力を込めてくる。

「さあ、もう逃げ場はありませんよ?」

「うぅ」

サラリ、と肩から零れ落ちてきた髪がルークの視界を奪う。更にその距離は縮まって、吐息が、唇に触れて。

ルークが思わずぎゅっと目を閉じ、体を硬くした時だった。

「―――…もう一度」

「え」

ふとそんな至近距離で、ジェイドが声音を低くして囁く。

「もう一度言って下さい、陛下が羨ましい、と。貴方の知らない私を知っている陛下が羨ましかったのだと」

「っ」

その声音を耳に吹き込まれ、ぞわり、と背筋が震えた。

どうやら先ほどルークの放った言葉が、何かしらジェイドのツボを突いたらしい。ただその『お願い』を素直に聞いてしまえば、それはそれでルークをより窮地に追い込むだろう事が容易に想像ついた。

だから必然と口をつく言葉は―――。

「い、嫌だ」

その一言で。

おまけに空いている手で口を覆ってしまえば、ふ、と吐息がその手の平に触れた。そして指を絡めるように握っていた手が離れ、ルークが見上げる中でジェイドが離れていく。そして向こうも一言。

「―――しょうがない子ですねぇ」

 その呟きが意味する次の行為は…ジェイドがただ離れたのではない事を物語っていた。

 それは即ち―――体勢を入れ替えること。

「うわ、わわ…っ」

 握られていた手もするりと解けたかと思えば、不意に脇に手を差し込まれて抱き上げられる。それは口に手を当てていたのが災いとして対処が遅れ、易ともあっさりジェイドの行動を許すはめになった。

 そしてとん、と座らせられたのはジェイドの膝の上。腰を抱かれて座るそこは、世界で一番ルークが逃れられる事の出来ない場所だった。

「さて、どうしましょうか」

そのままの体勢で、ジェイドはじっとやや自分より視線の位置が高いルークの目を覗き込むように見つめる。目を合わせられるともう反らせないルークは、かぁ〜っと顔中に熱を集めると、

「も…しつこいっつーの!」

ぐいっとなけなしの力で突っぱねた腕で、ジェイドの胸を押し退けた。

どうしてこの一番の年長者である筈の大人が、一番大人げないのか。

(なんだってこう…いつもいつも我が儘だし、しつこいし、自分勝手だし…!)

何より、その顔に迫られるとルークが逆らえない事を知ってるのが一番…。

「ズルイ!」

「おやおや、随分ですね。私がずるいですか…ふふ」

「…?」

思わず声に出して力いっぱい言ってしまうルーク。だがそれを聞いたジェイドがじっとルークの顔を見つめ、唐突に噴き出した。そしてそのままルークの肩に額を預け、くっくと声を立てて笑い始める。

「???」

やがてそれは肩を震わせる程の物になり、一人取り残されたルークは顔面いっぱいに疑問を浮かべ、そしてふと気が付いた。

「〜〜〜お、前!」

「ふふ…はは…」

「ジェイド!俺をからかったな…!!」

 その笑いに震える肩を掴み、がくがくと揺らす。するとゆらりとジェイドは肩から顔を上げ、自分だけソファの背もたれに背中を預けた。そうして離れた距離でこちらを見る彼はまた、(若干涙目だけれども)微笑んでいて。

「からかった訳ではないですよ」

「どの口がそう言うんだよ…笑いすぎて泣いてるくせに」

 手を伸ばして目じりを指の背で擦ってやれば、僅かに液体が皮膚を濡らす。ジェイドが泣くほど笑うなんて見たことがないので、それだけでもルークは複雑な気分にさせられた。

「ふふ、すみません…けど、色々と貴方には自覚してもらいたくて」「自覚?」

 笑いを収めたジェイドが、ルークの手を取る。大きな手に包まれ、そっと手の甲を長い指が撫でた。

 

「こうやって甘えるのは、貴方だけなんですから」

 

「あ、甘えて…?」

 その感触がくすぐったくて手を引っ込めようとするのに、ジェイドの手にがっちり掴まれていてそこから逃れる事は出来ない。しかもジェイドは掴んだ手を持ち上げると、そっと己の唇にと運んで、

「陛下の知っている私なんて、所詮他の誰か…まあサフィールもそうですが、ネフリーだって知っている私です。けれど我が儘を言ったり、しつこくしたり、甘えたりするのは貴方だけなんですよ」

「っ」

 言って、指にキスをされた。

「死霊使いと恐れられ、皇帝の懐刀と言わしめられたこの私が、貴方の前じゃとんだ駄目な大人になってしまう」

 まるで朗々と語るような口調で言い始めたのは、とんでもない事だった。それは思わずルークが、

「…駄目な大人…」

 と本人の顔を見て復唱してしまう程に。

 けれども言った本人は構わず、ルークの手を握ったまま、そして目を見つめたまま、更にとんでもない言葉を言い放つ。

「貴方を困らせてみたり、貴方に甘えたり…とにかく構ったり構われたりしたいんです」

「―――…」

「そしてそれを知っているのは貴方だけ」

急に何をべらべら話し始めるのか。確かにそれは駄目な大人だと思うが…ジェイドに関しては、その大半がズルイ大人なんだとルークは思っている。

(と言うか大人げないんだ)

だって自分を追い詰めて、捕まえて、あまつさえこんな身勝手な事を言い出して。そしてその口はきっと―――。

「こんな私をさらけ出させて…貴方だけがこんなにもみっともない私を知ってるんですよ。どうです? 陛下よりもずっと私の事を知っていると思いませんか?」

その顔でそんなズルイ事を口にするのだ。それを大人気ないと言わずして何と言う。

「そ、そんなの自慢にならないだろ…大体、自分で自分の事みっともないなんて言うなっての」

「ふふ、常にかっこつけていたいのは山々なんですが、そうもいかないでしょう。それに―――」

ざわざわと耳の裏がざわめくのを感じる。

一体何だと言うんだ。こんな事がしたいが為に彼はここまで自分を追いかけてきたと言うのか。ソファーまで追い詰めて、変な事を強請って困らせて、貴方だけだと甘やかな言葉を吐いて。

自信を持てというのか、それとも自惚れろというのか、それとも――――それとも。

 

「私たち恋人同士なんですから。私のすべてをさらけ出して、ひっくるめて全部愛して欲しいんです」

「だから貴方が知りたいと言うなら、惜しみなく教えて差し上げますよ。私という存在を」

「っいらな…っ」

「まあそう遠慮なさらずに」

 悪い笑みを浮かべた大人の顔が、近くなる。

「もっと知って、もっと愛してください…貴方だけの特権ですよ」

「……っ…ぁ!」

 

 ―――それとも、何も知らない浅はかな自分に思い知れとでも言うつもりなのだろうか。

 けれどもそれを問いただす唇も塞がれ、引き結んでいた筈のそれが緩んだ事で、もう、何も言う事は出来なくなった。








10万HITお礼の「これでもか〜ってくらい甘々」として書いていたのですが、
思ったより甘くならなくなったので通常更新に持ってきました。

とにかくルークの前じゃジェイドは駄目な大人なんです。
キングオブ大人げないの名は伊達じゃない…!