+甘いひとたち+

 

 

 

 

 

「ただ今帰りました」

 現在軍を離れて行動しているとは言え、逐次の報告は責務の内だった。それが表沙汰に出来ない地域では夜宿を抜け、潜伏しているマルクト軍の斥候に接触を図る必要がある。

 そのたびにジェイドはしばし宿を出るのだが…。

「あ」

「…おや、いいものを食べてますねルーク」

 ルークの待つ部屋に帰ってきてみれば、それはちょうど、大きな口を開けて彼がケーキを頬張るタイミングで。寝る前にお菓子を食べてはいけませんよ、という前にそんな感想を漏らしてみれば、途端にルークは困ったような顔をする。

 しかも。

「しまった…ジェイド帰ってきちゃった」

「?」

 そんな事を言われてしまえば、ジェイドはこう言い返すしかない。

「―――ルーク、『帰ってきちゃった』…とは一仕事終えて疲れて帰ってきた私に対して随分ですねぇ」

「う、あ…ご、ごめん。そんなつもりじゃあ…」

わざとらしくちくちくと詰るように咎めた。するとルークはたちまちしゅんとして、もごもごと謝罪を口にする。

「ふふ、仕方のない子ですねぇ」

だがその様子にジェイドは笑い、歩み寄ってその頭をくしゃりと撫でる。

「すぐ真に受けて…そんなに怒ってませんよ」

「ほんとか?」

 言えば、たちまちルークの顔が輝くので、自分の言葉に一喜一憂する彼は可愛いと思ってしまう。だがそれは心の内に思うだけで留め、ジェイドはそれに釣られたように笑顔を浮かべると、再度尋ねた。

「えぇ…それより、私が帰ってきて何がまずいんですか?」

「怒ってんじゃん!」

「怒ってませんよ。純粋な好奇心です」

 そうしれっと言い返せば、そう言ってしまったのは自分と言う事もあるだけに、ルークは反論出来なくなる。口をつぐんで見上げる彼をそのままじっと見詰めれば、降参したのか、ルークははあ、と大仰に溜息を吐き出して。

「ま、まずい事って言うか…アニスがケーキくれたんだけど」

「おや、珍しい事もあるもんですね」

ジェイドは相槌を打ちながら上着を脱ぎ、ルークの座るベッドの縁に同じく座った。ぎしりと二人分の体重がベッドの縁にかかった為に、ルークは膝の上の傾く皿を持ち上げ、その上に乗った半分ほど減ったケーキにと視線を落とす。

「それで…一人分余ったから、ジェイドが帰ってくるまでに食べちゃいなよってもらったんだ」

「なるほど、それで私が帰ってきてはまずい、と」

「だからそれがまずいって事なわけじゃないんだけど…! べ、別にジェイドが食べたいって言うなら、残りあげてもいいし」

「ふふ、優しいですね」

そう言ってずい、と差し出された半分食べかけのケーキの乗った皿と、ルークの顔をジェイドは見比べた。

「でも食べようと思えば、二口か三口で食べてしまえそうな大きさなのに、随分と時間がかかってますね。そんなに美味しかったんですか?」

ルークは自分の好きなものを最後までとっておく癖がある。しかもじっくり味わって食べる性質なので、こうして見つかってはまずいとは思いつつも、ゆっくりじっくりと楽しんでいたのだろうか。

するとルークは素直に頷き、

「うん、あんまり甘くなくて美味しかった」

 と嬉しそうに言うので。

「じゃあ残りも全部貴方が食べてしまいなさい」

 そうやんわりと言って、差し出された皿を彼の膝の上にと押し戻す。

「え、いいよ! ジェイドが食べたいなら…俺、もう半分食べたし」

だが途端に真剣な顔になったルークは、再びその皿をジェイドの前にと差し出してきた。

「構いません。貴方が頂いたのですから」

「でも美味いよ」

「だったらなお更貴方が食べなさい。私は結構です」

「でも」

―――どうも、うまくお互いに意見が噛み合っていない気がする。

大体元々、ジェイドはケーキを含む『甘い物』と言うものを特に好んで食べる性分ではない。頭を使うのだから多少糖分の摂取はっ必要だと分かっているが、それはそれで、その時その時できちんと摂取するようにしている。

だが特に、嗜好品という考えで甘味を摂取するような習慣はない。

それに、ジェイドはルークが好きな物や美味しい物を、幸せそうに食べている様子を眺めるのが好きだったので、この場合は彼に食べさせる方がジェイド自身の得は大きいのだ。

しかしそんな時に限って、彼は子供特有の理解しがたい理屈でそれを拒否する。そしてそれが理解できない大人は、根気を持ってそれを問いかけねばならないようだ。

「ルーク、一旦状況を整理しましょうか」

「? う、うん」

 ひとまず譲り合いは置いておいて。

「ケーキはアニスにもらったんですよね。そしてそれはとても美味しいケーキだ」

「うん」

「美味しいからゆっくりじっくり味わって貴方は食べていた。けれどもそこに私が帰ってきて、それを見られてしまった」

「う、う〜ん?」

「そこで見られたからにはそれを半分ずつしないと気がすまない、と……」

「あ―――違う、そうじゃない」

 ここ、か。

 順を追って整頓しないと、ルークも何が何だかわからないだろう。さて、ポイントが分かれば、後は突き詰めていくだけだ。ジェイドはふるふると頭を緩く左右に振るルークの顔を覗き込み、問いかける。

「では、どうして?」

「あ…うー…」

 するとすっと丸みを帯びた頬に、何故か朱が走った。そして犬のように唸ると、ちらりと俯かせた顔から視線だけ上目遣いにして、ジェイドを見上げた。

「―――ケーキが美味しいのはほんとで、だからゆっくり食べてたのも半分だけ合ってる」

「半分?」

 

「うん、半分―――美味しかったから…ジェイドと一緒に食べたいなぁ、って思って…」

 

「あ、いや、だから…ほんとはジェイドが帰ってくるまで待とうと思ったんだけど、でも美味くてつい…でも半分はって……」

 言いながら、己の我慢のなさを痛感でもしたのか、恥ずかしそうに更にルークの顔は赤くなっていく。だが反対に、その様子にジェイドの笑みは深まるばかりだ。そして笑みを浮かべながら溜息をつくという、器用なことをさせられて。

「本当に貴方は可愛いですね」

 出来る事なら、ケーキを前に葛藤しているところあたりからこっそり眺めていたかったくらいだ。きっと思いついて、けれども誘惑に勝てなくて、それでも自分に妥協する為にゆっくりゆっくり食べていたのだろう。

 ―――その美味しいという感覚を、自分と共有したいが為に。

「な、何だよそれ…も、もう本当にいらないなら俺が全部食べて…」

「いえ、一口頂けますか?」

「さ…さっきはいらないって言ったじゃん」

「気が変わりました。そんなに美味なのでしたら、私にもぜひ」

 赤くなる彼に、そうしれっと言って、手を出す事はせずに口を開けて待つ。するときゅっと唇を真一文字に引き締めたルークは、それでもずっと握ったままのフォークで、しっとりと柔らかそうなスポンジをクリームと共に掬い取ると、ジェイドの口元に持っていく。

 そして…。

「どう、美味い?」

「…ん…甘い、ですねぇ」

「ケーキだもん、甘いに決まってるよ」

 口に広がる甘いクリームの味。

「―――えぇ。ですが甘いですよ。とても甘い」

「何だよ、それ。甘い甘いって…文句が多いならやっぱ俺一人で食べちまえば良かっ…」

「でも」

「!??」

 ひょい、と顎を捉えて、ちゅ、と唇を重ねる。ついでにその唇をぺろりを舐め、離れ際にもう一度掠めるように唇を奪った。

そして唐突な事に何も出来ないでいるルークに、間近でうっとりと微笑んで。

 

「……ほら、貴方の甘さには敵いませんよ」

「〜〜〜〜〜〜ッお前のが甘いだろ!!」








てやんでぃ馬鹿ップルめ!勝手にやってろ!!
的お話でした。
以前書いた『甘い人』のさらに発展系、みたいになりますか。

ルークは楽しい事や嬉しい事をジェイドと共有したくて堪らなくて。
ジェイドはルークが楽しそうだったり、嬉しそうだったりするのを見るのが好きで。

まあ要するにあれだ。
単に馬鹿ップルなんですよ、うん。