+私を海に連れてって+ 「ジェイドは来ないのか? 冷たくて気持ちいいよ」 「私は遠慮しておきますよ」 「えー」 靴を脱いで、ズボンの裾を膝まで捲って波打ち際に立つと、寄せては返す波が素肌に触れて心地がいい。それを彼にも体験して欲しかったのにあっさり拒否されて、ルークは詰まらなそうに頬を膨らませた。 ―――旅の途中の小休止。ガイとティアが昼食を作っている間に、ルークが海に行きたいと言った。そうしてついてきたのはジェイドだけ。とは言っても一緒に波打ち際で遊びたかったというよりも、ルークの引率、といったつもりだったらしい。 「波が気持ちいいのに…」 「軍服に海水が染み込むと厄介なんですよ。私はここで見ていますから気の済むまでどうぞ」 砂浜でポケットに手を突っ込んだまま仁王立ちしているジェイドは、どうやらそれ以上動く気はないらしい。 「…一人で遊んでてもつまんないっつーの」 ルークはこうやって直接海に触れるのは初めてだった。海を見たのもバチカルの屋敷から出てからが初めてで、船に乗ったり、アルビオールから見下ろした事はあっても、海岸まで降りた事はない。 ましてや寄せ返す波に素足を浸す事なんて。 「そんな顔しないでください。貴方のように簡単に脱げるような服の構造もしていませんし…ここにいますから」 「べ、別に駄々こねてるワケじゃねーし!」 ルークの残念そうな反応に苦笑するジェイド。それにルークは恥ずかしくなって顔を赤くすると、それをごまかすように寄せてきた波を海に向かって蹴り上げた。 するとほぼ真上にきている太陽の光を受け、蹴り上げた飛沫がきらきらと輝く。 「わー…すっげキレイだ…」 「………」 そんな効果など意図せず行った行為に、それでも思わずそれに見取れれば、背後でジェイドが吐息のように笑ったのが分かった。気になって振り返って見遣れば、穏やかな表情を浮かべて彼はこちらを見ていて。 「…えぇ、綺麗ですね」 ルークを見たまま、そう優しげな声で言う。その普段では滅多に見せないような柔らかな表情に、何故だか無性に恥ずかしくなって。 ―――何に向かって彼がそう言ったのかなんて、とても聞けない。 空咳をするようにごほんとひと咳吐き出すと、ルークは頭の後ろに手を組んだ。 「ひ…、一人で遊ぶにも限界があるし、そろそろ飯だろうから引き上げようかな〜…」 するとまたいつもの表情に戻った彼が、小首を傾げて尋ねてくる。 「おや、もうよろしいので?」 「う、うん。別にこれっきりって訳じゃないだろうし…」 このまま二人きりで砂浜にいたら、また何かものすごく照れるような事を言われるかもしれない。これ以上ペースを崩されない為にも海から上がろう、そう思って片足を上げた時だった。 今までより少し大きな…それでも膝に被るくらいの波が、その片足を掬って。 「うわ、わ…!」 「…ルーク!」 急に砂浜に向かって寄せた大きな波に、足を取られる。そのバランスを崩した所を、今度は返す波に海の方へと押し戻されて。 「わわわ」 ぐらりと後ろへ傾いだルークが、その水面に尻を付きそうになって、思わず手を差し出す。ルークと、濡れるのが嫌だと砂浜にいたジェイドの距離は、腕を伸ばした程度で届くようなものではなかった。 ―――それなのに。 「…危ないですねぇ」 「ジェ、ジェイド」 「海水でずぶ濡れになっても、街までシャワーなんて浴びれませんよ?」 「あ、ありが…って、ジェイド靴!」 手首をしっかりと掴まれ、腰も支えられる。だがここは海の中だ。ルークのくるぶしまではしっかりと海水に浸る水位はあった筈の。 けれどもそこにジェイドはいる。見れば、彼もブーツはヒールがある分…それでもくるぶしの下の辺りまでは海水に浸かっていて。 「馬っ鹿、濡れてるじゃん!」 「助けられておいて、馬鹿とは失礼ですねぇ」 「そうだけど…そうじゃないだろ。濡れて…」 「あぁ」 「!?」 気付いたように頷くジェイドに、ルークはひょいっと抱き上げられた。そのまま海水と砂という歩きにくい事この上ない状況で、ジェイドはすたすたとルークを砂浜まで抱えて歩いていく。 「はい、もう大丈夫ですよ」 「だからジェイド、靴…って、そ、そこまでしなくてもいいって!」 「はいはい」 嵐の日にでも流れ着いたのだろうか、大きな流木に下ろされる。するとその前にしゃがみ込んだジェイドに海水に濡れた足を拭かれて、終いには靴まで履かされてしまった。 「そ、そんな事自分で出来るっつーの…」 自分で出来る事をそのように面倒まで見られ、まるで幼い子供扱いだ。最初から最後まで引率された気分にさせられ、恥ずかしさに赤くなっていいのか、子ども扱いされた事に怒っていいのかわからない。 「これ以上濡れられても困りますし、貴族育ちの貴方なら、これくらいされるのもどうって事ないでしょう」 「お前にはやられたくない…っ」 「別に仕えてる意味でするのではなく、恋人の濡れた足を拭いてやるくらい紳士でいるつもりですので」 「ば、ばっか…!」 最後には起き上がる為に手まで取られ、引っ張り上げられるがままに立たされた。散々恥ずかしい目に合わされたので、もう礼を言う事はやめた。それでも立たされて、赤い顔で他所を向きながら、 「く、靴はいいのかよ…」 どうしても心配だった事を聞く。するとくすりと彼は笑って、 「ご心配なく。鉄板仕込みの軍靴ですから、そう簡単に浸水などしませんよ。ましてやあの程度の短時間で」 「それならいいんだけど…」 ぱたぱたと己の服の裾の砂を払うジェイド。ルークは裾が濡れるからと脱いでいた上着を羽織り、もたもたとボタンをはめた。あまりもたもたするとジェイドにボタンまで嵌められかねないので、出来るだけ急いで。 すると。 「海、また来ましょうか」 「え」 「遊び足りないでしょう?」 潮風に遊ばれる髪を押さえながら、ジェイドが言う。 「今度はジェイドも一緒に入ってくれるか?」 「どうしても?」 「ジェイドが一緒じゃないなら、別にどっちでもいい。一人だと、そんなに面白くねぇし…」 嵌め終えたボタンから手を離し、その長くたなびく裾を引く。ジェイドは笑っていた。そう言えば海に来てからずっと、ジェイドは始終機嫌が良さそうに笑っていたと思う。 一緒に遊んでくれないと膨れた自分よりも、ただ見ていただけの彼の方がずっと楽しそうにしていた。 「おねだりが上手になりましたね…考えておきましょう」 「っ、べ、別にねだってなんか…!」 笑みが近くなりすぎて、見えなくなる。ちろりと戦慄いた唇を舐めて、ジェイドは離れた。 「キスが潮味なのは仕方ありませんね」 「〜〜〜〜っ!」
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タイトルがふざけている…これしか思い浮かばなかった。
ジェイドがまるで自分の子供を遊ばせに来た父親みたいな事してますが、
甘め…ジェイルクです。
こう、ルークが楽しそうにしてるだけで大満足なんです。
見てるだけで幸せ…口には出さずとも始終、
「あんなにはしゃいで可愛いですねぇ」とか思いまくっていたに違いない。
いっそ二人で海にすっ転ばしてやろうかとも思いましたが、
ジェイドは絶対そんな状況に陥らないと思ってこんな中途半端な馬鹿っぷるに。