+想いを込めて+ 「はい」 「…? 何ですか、これは」 急に差し出されたのは一枚の白い封書。 「見て分からないのかよ、手紙だよ手紙」 「それは分かるのですが、何故手紙なんです? すぐ近くにいるなら口頭で構わないでしょう」 そう言えばさっきまで机に向かって何やら書いていた。てっきり日課の日記を書いているものだとばかり思っていたのだが。 「た、たまには手紙だっていいじゃんか」 「別に構いませんが…私としては、手紙を受け取る理由がはっきりしない事には受け取れませんね」 「う」 ベッドの縁に座ったままの体勢で足を組み替え、言葉に詰まり、下唇を噛むルークを見遣る。 ―――…別に素直に受け取ってやってもいいのだが、それだけでは詰まらない。からかっている訳ではないのだが、殊更突拍子もない行動の多い彼だからこそ、そう至ったすべてをその口から聞き出したいのだ。 「さあ、どうします? 理由の言えないような物は受け取れませんよ」 「い、意地悪だ…」 「道理を言ったまでです。受け取る理由を私に下さい」 ますますぐうっと身を引かせるルークに、にこりと笑うジェイド。 そのまま沈黙は数秒続いた。ルークは手紙とジェイドの顔を何度も見比べて、ジェイドはそんなルークの様子を笑みを湛えたまま見詰めて。 彼にとってこの沈黙は耐えがたいものだろう。だが自分にとってはこの沈黙する時間がより愛しくて仕方がない。この大人気ない大人の口車に乗せられて、可愛い恋人が困惑に暮れる様子を眺めるのが好きだなんて、彼は知っているだろうか? そしてやはりその沈黙に耐え切れなかったのはルークの方だった。 「ア、アニスが…」 「はい、アニスが?」 ようやく出た言葉を繰り返せば、うぐ、と彼はまた一度言葉に詰まる。何をそんなに躊躇っているのか分からないが、言いかけてしまえばこっちのものだ。 「ルーク」 「ア、アニスが…イオンに手紙を書いてて…」 名前を読んで促せば、ようやく堅い口は開いて―――…。 「や…やっぱいい! やっぱ止める!」 と思ったら少し加減を間違えたらしい。結局言えなくて顔を真っ赤にしたルークは、せっかくの手紙をくしゃくしゃに丸め、自分の後ろに隠してしまう。 「ルーク」 「いいったら、いいんだ! どうせ大した事書いてないし…こんな事、今更だし…」 こちらから視線を外し、他所を向いてもごもごと言い訳のように呟くルーク。そんな幼い横顔に浮かぶ表情に、思わず漏れたのは苦笑だった。 それは幼稚な彼に向けたものか、大人気ない自分に向けたものか。 「もう十分ですよ、ルーク」 「…え…わぷっ」 音も立てずにベッドから立ち上がり、他所を向いていてこちらの動向に気付いていなかった彼を抱き締める。すると案の定彼は腕の中でじたばたとして、やがて抜ける事が出来ないと分かると大人しくなった。 「は、離せよ…」 「嫌です。手紙を受け取るまでは離しません」 「な、納得するまで受け取らないって言ったのジェイドじゃんか…! 俺、まだ何も言ってない…」 「いいえ。貴方のその様子を見るだけで十分、手紙を受け取る意味を納得できましたから」 「…?」 腕の中で、ルークが不思議そうに見上げるので、何も言わず、彼だけに与えるうっとりと甘い微笑で見下ろした。 ―――彼がそうやって決まって言いにくそうにするのは、拙い愛を囁く時だった。舌足らずで語彙だって満足にないけれども、こちらの身も心も溶かすような甘い言葉をいつだって彼はくれる。 顔を赤くして、大人の意地悪に困惑して。その反応を見るだけで、手紙の中身も何となく予想が出来た。それがアニスがイオンに手紙を書いているのに影響されて、ならばなお更。 「手紙、渡してくれますか?」 「…う、うん…」 微笑に、違う意味で顔を赤くしたルークの後ろでにやった手から、くしゃくしゃに丸められた手紙を取る。そうして離れれば、手紙を取られたルークはくるりと後ろを向いてしまって。 「ア、アニスが…」 「はい」 背中を向けたままの言葉に頷きながら、くしゃくしゃに丸められた手紙を、破らないように丁寧に広げていく。幸い破れてはおらず、読む事は出来そうだ。 「アニスがイオンに手紙を書いてて、別にアルビオールがあるから直接言いにいけばいいじゃんって言ったらさ」 「えぇ」 背中越しに向けられる言葉に頷きながら、封書からまたくしゃくしゃに皺のついた便箋を取り出す。三回折られた紙は、透けて見える分だけでもあまり内容が書かれていない事が分かった。 「その…直接言うのもいいけど、手紙だともっとその人に対する心が篭るからいいんだよって教えてくれて…」 「―――そうですね。相手の人を思って書くわけですから、言葉で言うよりも思いは込められると思いますよ」 その三回分をゆっくりと開き、最後の一回は殊更丁寧に開いて。 「じゃあ俺もジェイドに手紙を書こうって思って、…でも、一体何を書いたらいいのか分からなくて…」 ―――一行だけ綴られた、お世辞でも綺麗とは言えない子供の拙い文字。 「……や、ややややっぱり読んじゃ駄目だ! 返し…!?」 「ルーク」 振り向く前に、後ろから抱き締めた。抱き締めて、その髪の隙間から覗く耳元に唇を寄せて。 「私も―――――ますよ」 「っ、う…うん…」 囁けば、びくりと自分より一回り小さな体が震えた。ここからは僅かな横顔しか見えないが、きっとこれ以上ないほど顔を赤らめて。 そんな事をすれば、こうなる事なんて、今更分からない事でもないだろうに。 そんな彼の何日一つが愛しくて。 「私も貴方に手紙を書きましょうか」 「え…ジェ、ジェイドが俺に…?」 「はい」 くすりと笑ってその髪に唇を埋めて囁けば、ぴくりとルークが反応する。その明らかに嬉しそうな反応に、こちらの笑みは深まるばかりで。 「ただ私が貴方に貴方の書いたような手紙を書いたら…確実に本が1冊出版されるような気がしますが…」 「ほ、本!?」 「出版したら売れますかねぇ」 「かかかか、書くな! ジェイドのは言葉で十分だ…!!」
|
あああああ甘ーーーい!!
そんなワケでルークがジェイドにラブレターを書く話でした(笑)
作中では敢えて伏せましたが、ジェイドの反応から、
それ相応の一文が書いてあったと思われます。
何が書いてあったかは皆様のご想像にお任せで。
最近書いたので一番甘いなぁ…ごちそうさまでした。