+甘い人+

 

 

 

 

 

「―――ジェイドの作ったクリームパフェが食べたい」

「何ですか、いきなり」

「食べたい食べたい、食〜べ〜た〜い〜! 作ってくれよ!」

「…仕方のない子ですねぇ」

 

 ジェイドが了承する前から既に材料が準備されており、しかも宿の厨房が使えるよう手配までしてあった。その手際の良さが他の面でも発揮されれば良いのにと思う反面、ねだられるままに作りに行ってしまう自分の甘さにも苦笑する。

 ―――普段は皆のためにする料理を、彼一人の為だけに。

 何処か甘い響きのあるその行為に、一人厨房で苦笑して。

「やれやれ、私も甘くなったものですねぇ…」

 彼の好きなさくらんぼを頂点にトッピングして、完成。さあ、今か今かと待ち望んでいる、我が儘で愛しい子供のところへ。

 

 

「はい、お待たせしました。特別ですよ?」

「うわーやったぁ! ジェイド大好き!」

「やれやれ、こんな時ばかり現金ですねぇ」

大人しく椅子に座って待っていた子供に苦笑して、その前に『特製』クリームパフェを置いた。

「貴方が用意してくださった食材と、厨房にあったフルーツを分けて頂き作った、スペシャルクリームパフェですよ」

「スペシャル! 何かすごそうだな」

「さあ、ご賞味あれ」

柄の長いスプーンをキラキラと翡翠色の瞳を輝かせるルークに渡す。すると彼はいただきますとスプーンを手に挟んで嬉しそうに言うと、一番上のクリーム部分を掬い取って大きく開けた口にと運んだ。

「いかがですか?」

その様子を向かい側に座って見つめる。

菓子作り…しかもクリームだのアイスだの、普通の料理でも稀にしか作らないような自分が、たった一人の我が儘の為にこうして厨房に立ってこしらえて。マルクトの軍人が、宿の厨房でクリームパフェを作っていたなんていい噂になる事だろう。

だがその恥を掻き捨ててでも…。

「美味ーい!」

パアア、と顔が輝く瞬間を見てしまった。そしてそのままパクパクとルークはスプーンを進める。

「美味ーい、やっぱ頼んで良かった! ジェイド最高! ジェイド大好き!」

「ふふ、大盤振る舞いですね。喜んで頂けて良かった」

美味い美味いとがっつくように食べるルーク。とても公爵家で育った子供の作法とは思えないが、この方が何処か作った甲斐があると思わせる。

「ジェイドってすげーよな、頭も良くて強くて、料理も出来るし」

口の周りにクリームを付けながら、にこりと彼が笑って賞賛してくれるので、思わず苦笑してしまう。

「料理はそんなに得意ではないですよ。ましてやお菓子なんて」

「そんな事ない。俺、ジェイドの作ったクリームパフェ大好きだ」

「ふふ、ありがとうございます」

それはきっと貴方の為に心を込めて作ったから…と言えば、彼は真っ赤になって口をわななかせるのだろうか。それも見てみたいが、今はこうやって自分の作った物を嬉しそうに頬張る彼の笑顔を見ていたい気持ちの方が強い。

ガイが食事の面でルークの我が儘に甘いのが、何となく分かった気がする。作った物をこうも美味そうに食べてくれれば、病み付きになるな、と。

「ん、何だよじろじろ見て」

 食べている様をじっと見られている事が居心地悪いのか、ルークがふと半分ほど減ったパフェから顔を上げてこちらを見やる。

 あぁ、口の周りをそんなにクリームでべたべたにして。

(まるで幼児を相手にしているようですね…実際七歳児ですが)

「いえ、美味しそうだと思いまして」

「だから美味いって言ってるじゃん。そんなに美味そうに見えるなら、自分の分も作れば良かったんじゃねぇの?」

「そんなに甘い物を一つも平らげられる程、甘味には強くないもので」

 実際のところ、作っている過程のにおいだけで、もう満腹だった。それにこういったクリーム系の菓子より、自分は甘さを控えた焼き菓子の方が好みだ。砂糖を入れない紅茶と一緒に楽しむ方が、性に合っているとも言う。

「ですから、私の事は気にせず平らげてしまってください」

「…そうか?」

 言えば、また彼のスプーンは動き始める。そしてそれをまた見守る自分。

「………」

 柄の長いスプーンでバニラアイスを掬い、口元に持っていくルーク。けれどもその視線がふと、こちらに向けられて。

「…一口だけ、食う?」

「おや、よろしいのですか?」

「俺だってそんなケチじゃねぇーよ、アニスじゃあるまいし…それに、作ってくれたのジェイドだし」

 それでも一口だと言うのは、それほどまで気に入ってくれているからか。

 それもまた嬉しいと思い、苦笑を浮かべると。

「では、ご好意に甘えて一口頂きましょうか」

「ん」

 言えば、机の上に身を乗り出して、ルークがスプーンを差し出してくる。その上には先ほどルークが掬っていた、やや溶けかけたバニラアイスが。その向こうには、クリームを口の周りに付けたお子様同然なルークの顔が。

「―――頂きます」

「え」

 先に含んだのはアイスの方。だが顔は引っ込めずに、そのまま口に広がる甘いアイスの味と共に。

「…!…ん、んーっ」

「…ん」

ちゅ、と溶けたバニラを舌で押し込んで、代わりに頂いたのは口の周りについたクリーム。殊更丁寧に舌でなぞれば、はっと我に返ったルークはばっとのけ反って離れる。

「〜〜〜ジェイド…!」

「…私にはこれくらいで充分ですよ。ごちそうさまでした」

「だったら最初から美味そうだなんて言うなよ!」

真っ赤になってごしごしと口の周りを手の甲で擦るルークが、ジェイドの唐突な行動に不満たらたらで言い吐く。

「一体誰が、クリームパフェが美味しそうだと言いましたか?」

「へ?」

だが自分はそれをにっこりと笑って、切り捨てる。

―――すべては彼による勝手な勘違いと、はやとちり。誰もそんな事など、一言も言ってはいないのに。

「―――私が美味しそうだと言ったのは、貴方自身なのに」

「〜〜〜!!」

「ほらそうやって…本当に、ルークは美味しそうですねぇ」

「……っ馬鹿! 変態!」

先程までの賞賛は何処へやら。罵声を浴びせかけ、顔をこちらから隠すように伏せてパフェの残りをかっ喰らうルーク。

だが顔をそんなに赤くしてしまっては、浴びせかけられる罵声すら甘く聞こえてしまうなんて、彼は思いもしないだろう。

 

「…ほんと。美味しそうですね」

「うるさい!」

 

最後に向けた言葉の意味は、今度こそ彼に届いたようだった。








前書いた蜂蜜の話に通じるもののある話。
ジェイドって甘い物あまり好きじゃなさそうなのに、
何故フルーツミックスを追加食材でクリームパフェに出来るのか…
ルークの為だとか夢見すぎですか?
むしろそうであれ!

砂の城の今後に控えて甘めプラスで!