+大人の嗜み+ 「少し、失礼しますよ」 「ん。…何? 酒?」 「はい」 ことん、と机の上にボトルと氷の入ったグラスが置かれる。そう言えば夕飯を終えて部屋に引き上げてくる時、カウンターでジェイドは何か店員と話していたのを思い出す。 何かと思っていたが、あれは酒を買っていたらしい。 「ウィスキー?」 「えぇ、可笑しいですか?」 きゅぽんといい音を立てて栓が抜かれ、ボトルが傾く。するととくとくと琥珀色の液体が注がれて。 「何かジェイドってワインってイメージだった」 その様子を眺めながら言えば、ジェイドはくすりと笑う。 「私は、ワインは酒だと思ってませんからねぇ」 「は? 酒じゃん」 「えぇ。ですが、あの程度じゃまったく酔えないんですよ。きつい酒が好みなので」 「マジでー? 俺なんか、ワインですら舐めるのもやっとなのに」 屋敷で軟禁されていた頃、退屈しないようにと母親の計らいで催されたパーティーの席。付き合いだからと飲まされたワインの味を、正直美味いとは思えなかった。 それをジェイドに言えば、彼はゆったりとこちらの隣に腰を下ろして、グラスを手にしながら苦笑した。 「公爵家のパーティーで出されるワインなら、余程の値打ち物でしょうに。酒の味も分からないお子様に飲ませたのが間違いでしたね」 「う、うっせーな。どうせオレンジジュースがお似合いだってんだろ」 確かにルークは、酒の何がいいのかよく分からない。ガイは未成年だからと酒場には一緒に連れていってはくれないし、屋敷で飲んだのも、グラスの底に薄く溜まるくらいだ。 「ふふ、まあそう悲観しなくても、酒の味なんて自然と分かるようになりますよ。ご両親が飲めるなら尚更」 む〜っと膨れていると、ジェイドがフォローするように言ってグラスを傾ける。カラン、と氷が転がる音がして、一口分だけ口に含んだようだ。それを口の中で転がすようにして、ゆっくりと嚥下すると、こくりと小さく喉が鳴る。 「…そんなにじっと見られると照れますね」 「え、あ、いや…ご、ごめん」 ぽけ〜っとそれを見ていたら、笑われてしまった。はっと気付いても、それはもうごまかしようがない。 「見惚れてましたか?」 「そ、そんな訳…!」 しかもそう言われてしまえば、言い訳しようにもごまかしきれるわけもなく。 「…いや、うん、まあ、酒飲んでるのが似合うなーって思って…」 白状すれば、 「おや、光栄ですね。それだけ貫禄が付いてきましたか」 そう言って、また一口グラスを傾ける。 貫禄と言うか―――…ジェイドがそうやって酒を飲んでる仕草がかっこいいのだと思う。父親が会食の席で酒を飲んでいるのを何度が目撃したが、それとはまた違う。グラスを持つ手、煽る仕草、嚥下する喉の動き…何処か色っぽくて、どきどきするような。 それを思うと、何故か鼓動が早くなったような気がして、慌てて話題を変えることにした。 「そ、そんな事より…なあウィスキーって美味いのか?」 話題の変え方がわざとらしかっただろうか。 だが彼は微塵も疑わしさを匂わさず、 「えぇ。ワインに比べて酒を飲んでいる、という感覚がはっきりしていて私は好きです」 と、琥珀色の液体を眺めて言う。 「ふーん…ジェイドはワインよりウィスキーが好きなんだ」 「そうですね。勿論、ワインも嫌いではないですよ」 「そっか…」 ワインを飲んだのも随分と前の話で、実際今にしてみれば味自体の記憶は薄くなっている。どんな味だったのか思い出そうとしても、あの時は口に合わないと思った記憶くらいしかなくて。 あれから時間の経った今、自分が口にしたならば…。 「なあジェイド」 「はい?」 「俺もちょこっと…試しちゃ駄目か?」 隣から覗き込むように伺いを立てると、彼は少し驚いたように眼を開く。だがすぐににこりと、あの胡散臭い笑みを浮かべて。 「ワインの味も分からないようなお子様に、ウィスキーの大人の味が分かるとは思いませんけどね〜。まあ大体その前に、私は未成年に酒を勧めるのは関心しません性質でして」 ぴしゃり、と跳ね除けられた。けど湧き上がった興味は尽きることなくて、ジェイドが美味そうに飲むそれが無性に試したくて仕方がない。 例えジェイドが言う通り、その味がまったく分からなくとも。 「ちょっとくらいいいじゃんか! 大体、ワインの味が分からなかったのはちょっと前の話だし、今だったらいけるかもしれないじゃん」 「いける、いけないの話じゃないですよ。未成年は大人しくオレンジジュースを飲んでいなさい。…と言っても、もう夜も遅いのでジュースも関心しませんが」 「そこまで子供じゃねーだろっ」 更に子ども扱いされた事にむくれて、けれどもその傍を離れない。だがこちらがそう強請っている最中でも、ジェイドはゆっくりと、マイペースにグラスを傾けるのを止めないでいて。 ジェイドが好むものだから、気になって気になって仕方がない。好きな人と一緒のものが飲みたいなんて、余程子供だと思うのだけども。 「なあ、ジェイド」 「………」 諦めずに、その顔を覗き込む。するとグラスの縁に唇をつけながら、ジェイドがちらりとこちらを見た。 ―――そして。 「仕方のない子ですねぇ」 「やった! 飲ませてくれんの?」 そう言って苦笑するので、彼がこちらの熱意に折れてくれたのだと喜ぶルーク。その喜びように、ますますジェイドの苦笑は深まって。 「少しだけですよ」 「うん、うん」 視線はグラスに釘付けだ。半分とけかけた氷の浮かぶ琥珀色の液体は、一体どんな味がするのだろうか。例えまずくても、ジェイドの味わっているものの味が分かることだけでも、興味があって…。 ルークの見ている前で、カラン、と溶けた氷が音を奏でた。 「では」 「うん?」 その音に気を取られた時、不意にルークの顎をジェイドの指が掬い上げた。まったく意識していなかった為か、易ともあっさり上を向かされて―――。 「んぅ…!?」 ぴったりと口を口で塞がれた。しかも性急な舌がすぐさまこちらの唇を割って、口内に侵入してきて。 「む、…ぅうん…っ」 いつの間にか顎を掬い上げた手が後頭部まで回って、固定するように支えられた。不意を突かれたせいもあり、そのまま逃れる事も出来なくて、ただ、口の中を蹂躙するジェイドの舌に翻弄される。 「…ふ…ぁん、く…」 そんな折にふと感じる、僅かな酒気。口内に流れ込んだジェイドの唾液に含まれる僅かな酒の味は、苦くて、熱くて、蕩けてしまいそうで。 「ふぁ……」 「…ふふ」 ちゅ、と唾液が鳴らしてジェイドが離れると、くてんとその肩に突っ伏してしまう。そんな様子のこちらに、耳元でジェイドが小さく声を立てて笑った。 「どうでしたか? 初めてのウィスキーのお味は」 「口移しでくれとは言ってねーし…」 「少しだけと言ったでしょう? これくらいなら喜んで差し上げますよ…ほら、もうこんなに顔を真っ赤にして」 すり、と指の背が頬を撫でる。ジェイドの体温はルークのそれよりやや低い。それでも今は、いつも以上にその手が冷たい気がして。 「やはり酒は、まだまだ貴方には早いようですね」 「くっそー…いつか見返してやる…」 「楽しみにしてますよ」 反論出来なくて肩に顔を埋めたまま呟けば、耳元でくすくすと笑うジェイドに、くしゃりと頭を撫でられた。
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ジェイドってワインよりウィスキーだなぁってイメージがありません?
そして酒に絶対強そうな(笑)
高い酒を陛下に誘われてがぱがぱ飲むウチに、ワインなんて水同然、とかなっていそうです。
勿論ルークは未成年なので酒は駄目ですよね〜。
まあ貴族だから、嗜みで飲まされていそうですがきっと苦手だろうと。
苦手でも、好きな人が美味そうに飲むものには興味が湧くんです。
好きな人が好きなものを味わってみたいんです。
そういうお子様なところもまた、ジェイドは愛おしい(笑)