+雨とお前と貴方+

 

 

 

 

 

「だー! 最悪…!」

「これは参りましたね〜」

走るたびに蹴り上げた後ろ脚に水が跳ねてズボンの裾を汚す。けれどもそんな事を気にして立ち止まってなどいられなくて。

そのまま走り続け…ようやく見つけた店屋の軒先に滑り込む事が出来た頃にはもう―――。

「うあ…びしょ濡れだ…」

「いやぁ本当、参りましたね〜」

「なんか言葉に実感篭ってねぇんだけど…」

出掛けた時には雨が降るなんて思ってもみなかった。雲一つない晴天…なのに店を数軒回った頃には空は重くなり、よりによって移動中にそれは激しく降り出した。

もちろん傘なんて用意しているわけがない。しかもただでさえ通りは混雑していたのに、降り出した雨にますます混乱して、逃げ込む軒下を見つけるのに随分と時間がかかってしまった。

さすがに短い時間とは言え雨に打たれれば、上から下までびしょ濡れで…。

「ジェイドもびしょ濡れ…じゃないし」

思わずちらりと見た隣のジェイド。同じ時間、同じように雨に打たれたはずの彼。だが濡れているのは首から上…主に髪で。そこから下は、軽くハンカチで拭くだけで水滴すら残らない。

それに比べて自分はと言えば…。

「おやおや、ルークはびしょ濡れですねぇ。風邪引きますよ?」

「なんでジェイドはほとんど濡れてないんだよー…なんか特別な譜術でも使ってんのか?」

前髪の隙間から垂れてくる水ごと髪をかき上げ、ずぶ濡れの上着の裾を絞りながら聞けば、彼は少し笑って。

「そんな便利な譜術なんてありませんよ。大体それなら髪が濡れるのはおかしいじゃないですか」

「あ、そっか…わぷ」

言われてみれば当たり前の事に納得すれば、取り出した新たな厚手のハンカチで頭を拭かれて。

「支給の軍服なんですが、様々な任務に対応出来るよう、防塵、防水性に優れているんですよ。海にほうり出されてはあれですが、これくらいならたいした事はありません」

「ふーん…」

言い終える頃には頭を拭いてくれた手が離れる。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

礼を言って見上げると、服はともかくジェイドもまだ髪が濡れっぱなしな事に気付く。その濡れ髪が頬に張り付く様が不覚にもかっこいいとか思ってしまうのだけれども。

「ど、どっちにしろ早く宿帰って着替え…っきしょん!」

「おやおや」

言葉を塞ぐように吹き出したくしゃみと、その後を追うように背筋にぶるりと震えが走った。思わず『さみー』と呟いて両腕をさすれば、ふむ、と隣の彼は頷いて。

「いけませんねぇ。大丈夫ですか?」

「う…大丈夫だと思うけど」

濡れて張り付いた服が体温を奪うのか、雨雲に誘われた風に吹きつけられると、ぶるりと震える程寒くなる。

「―――困りましたね…私の上着を貸して差し上げたいところですが、この形状では、貸して差し上げてもあまり役には立ちそうにありませんし」

袖がない自分の上着を見て、羽織らせても意味がないかとジェイドが首を捻る。けれどもの気持ちだけでも嬉しくて、

「いいって。ぱっと帰ってぱっと風呂入ればすぐあったまるだろ」

「そうですか?」

見上げて言えば、まだ何処か気にかかるのか、ジェイドはじっとこちらを見詰めてくる。

―――雨はさっきに比べれば大分弱まってきていた。もうすぐ止んで、そうしたら宿に帰って…。

「けれどももし、と言うのもありますし」

「え、何が?」

その視線から逃れるように、切れ間を覗かせていた空を見上げていたので、彼が呟いて何をしようとしたのか把握することが出来なかった。そんな自分にふと被さったのは雨雲ではなくて―――ジェイドの影。

 

「ルーク」

「……え…」

 

呼ばれてつい、と顎を指先で持ち上げられたかと思えば、唇の上に柔らかな感触が降って来た。不意だった為に一瞬何をされたのか理解出来なくて…けれども目の前にあった微笑を浮かべる紅い瞳に、その情報は一気に脳まで駆け登る。

「な、あ、ジェ…ジェイド!!」

理解すれば、かーっと熱が顔に上る。キスされたのだ。今、ここで、この街なかの軒下で、彼によって。

―――いくら人の目が雨に向いていて、この軒下は自分と彼だけだとしても!

「ま、街ん中だぞ! 誰が見てるか分からないってのに…って、何してるんだよ」

「いえ」

真っ赤になっているだろう顔でその飄々とした顔を睨み上げれば、にこりとジェイドは笑い、こちらの頬を指の背で撫でてくる。そのくすぐったい感触に思わず肩を竦めれば…。

「ほら、こんなにも顔が真っ赤になって…少しは温かくなりましたか?」

「は?」

 思わず聞き返せば、彼は微笑みをたたえたままするりと今度は手の平を頬に滑らせてくる。手袋越しに、頬の温度を確かめるように撫でられて。

「照れて赤くなれば血流が良くなって、少しは温かくなるかと思いまして」

「ば、馬っ鹿じゃねーの!」

しれっとそう言って、おまけのように額にキスをくれる彼に、思わずよろけてその手から離れる。

この男、ジェイド・カーティスは―――頭がいいくせに、時々突拍子もない下らない事をしてくれる。…けれどもそのくだらない事でも実際体温が少し上がったのか、さっきのような寒気は感じなくなっていた。

―――それはまったくの、彼の思惑通りだと言うのに。

「おや、雨が上がったようですよ」

「…ほんとだ」

一応怒ったつもりだったのだが、まったく彼には効いた様子もなくて。飄々としたままの彼は、雨雲の切れ間から幾筋も光が零れる様子を見上げ、こちらの腕を引いた。

「帰りましょう、ルーク。宿に着いたら一緒にお風呂でも入って温まりましょうか」

「って、風呂まで一緒に入るつもりかよ!」

「おや、私だって濡れてしまっているのですよ? 風邪を引いたら困るじゃないですか」

「う…そ、それはそうだけど…」

 正論を突き付けられて言葉に詰まると、腕を引いたままのジェイドが肩越しににこりと笑って、

 

 

「それとも、別の方法で温めて欲しいですか?」

 

 

 きらり、と眼鏡のレンズが光ったのは差し込んできた光のせいだけじゃないはずだ。

「…一緒に風呂がいいでーす」

「それじゃあ、早く帰りましょう」

 腕を引かれるままに、雨上がりの人通りが戻り始めた街に混ざる。濡れた服が張り付いて気持ち悪かったが、ジェイドのせいで、寒いなんていつのまにか何処かへ行ってしまっていた。








雨宿りネタは好きで、色々なジャンルで書いてますが、
ジェイドが一番こっぱずかしい事をやってくれました。
普通は上着貸してやるだろうに。
だって、何となくジェイドの服は寒いなら貸してあげる、的形状じゃあないなって。

一緒にお風呂に入ったら、きっと待ってる事は同じだと思うの(笑)
そんな事に気付かないルーク!
ジェイドの罠にはまってます…悪い大人だ…。