+ミスキス+

 

 

 

 

 

「ルーク」

そうやって優しく名前を呼んで、彼はいつもキスをくれる。

髪に、額に、頬に…そして唇に。それはくすぐったくて、少し恥ずかしくて、すごく嬉しい事で…けれども同時にズルイとも思う事だった。

呼ばれるのは自分、キスをされるのも自分。

…だからたまには、自分から呼んでキスしたいじゃないか。

 

 

「…ジェイド!」

部屋に入ってすぐ、部屋の中央にその姿を確認する。もちろん部屋の中にはジェイド一人だけしかいない。そして彼と自分の間を塞ぐ障害物も何もない。

今もっとも必要なのは素早さ。出来ればヒットアンドアウェイが好ましい。

「おや、どうしましたか?」

呼ばれ、彼が振り返る。けれどもその問いには答えずに、その間にすばやくその傍まで駆け寄って…。

「っ」

「…おや」

足りない身長差を背伸びで埋めて、勢いでキスを仕掛ける。狙ったのは頬…なのに、実際唇がぶつかったのは、そのすらりとした細い顎だった。

「う、わ…届かなかった」

目測を見誤ったのか、それとも身長が足りなかったのか。唇に当たった頬よりも硬い感触に、思わず当てたら逃げるの作戦を忘れて気をとられてしまう。

しかも―――…。

「何をしているんですか、貴方は」

「わわっ」

キスしてすぐ逃げるつもりが、失敗に躊躇した為に逃げそこね、まんまとその腕に捕まってしまう。

ゆるりと腰に巻き付く長い腕は、けれどもしっかりとこちらを捕らえてけして離さない。

「ばたばたと帰ってきたと思えば…いきなり」

「そ、それは…」

「自分からおねだりして…そんなにキスして欲しかったのですか?」

「うわ、わ…そうじゃなくって!」

 抜け出せないそこでじたばたしていると、不意にジェイドの顔が近くなって、慌てて突き出した手でその胸を突っぱねた。

 ジェイドにキスをさせてはいけない。

まだ自分の企みが完遂したわけではないのだ。あくまで自分は…自分の目標通りに彼にキスをしたいのだから。

けれどもそんなこちらの思惑など露知らず、あからさまにジェイドは不審そうに眉根を寄せると、空いた方の指をこちらの眉間に突きつけてきた。

「何なんですか、一体。呼びつけていきなりキスしたり、だからと言ってキスしようとすれば嫌がったり」

「う…だって…ジェイドがキスするんじゃ駄目なんだよ」

腕を突っぱねてもいまだ解かれない腕の中で呟けば、頭上から大仰なまでの溜息が吐き出された。

「意味がわかりませんね。貴方がキスをして良くて私が駄目。その理由を…私が納得出来るように聞かせてください」

それは、ニコリ、と音で表現されそうな程の笑顔。それどもそれは、お願いと言う名の脅迫だった。

そうやってジェイドがまだ笑っている内はいい、と言う事を知っているルークは、しぶしぶと理由を乗せる為に口を開く。

きっとそれを聞けば、彼は呆れるに間違いない筈なのに。と言うか自分でも呆れるような理由だからこそ、それを聞いた彼の反応もまた、よく分かってしまうと言うのに。

「―――たまには俺からキスしたっていいじゃんか」

 それでも少しだけその顔から視線を反らして、継げる。

「………」

するとそれを聞いたジェイドは、案の定何も言わずに黙ってしまった。その沈黙が気になってちらりと視線をやれば、その顔は何だか―――驚いているみたいで。思わずその顔にこちらが驚いてしまう。

「…さっきみたいに、あぁやってすぐにジェイドは俺にキスしようとするから…俺、されっぱなしだし…。たまには俺からジェイドにキスしたいと思ったんだよ…」

自分だって男なんだ。好きな人には自分から、自分の意思でキスがしたい。

例え相手がこの、ジェイド・カーティスだったとしても。

「…だからっ、そういう訳でキスしたんだよ」

ジェイドの沈黙に耐え切れずに言い切って見上げれば、ジェイドはじっとこちらを見下ろしていた。

そして、

「……貴方という人は」

「!?」

呟き、瞬きを一つすると、面食らっていたような珍しい顔を元へと戻す。いや、戻すどころか、こちらが照れてしまう程に甘い、柔らかな微笑を浮かべて。

「そういう所が可愛いと言うんです」

「え、わ、…!」

ぐい、と体を引かれたかと思えば抱き寄せられ、ベッドの縁に座ったジェイドの膝を跨ぐように乗り上げている体勢になる。

するとさっきは届かなかったあのキスをしたかった頬が、今は自分の視線より低い位置にあった。

 その状態で彼はこちらを見上げて、

 

「さあ、どうぞ」

 

「え」

あっさりとそう、言い放つ。

「この高さなら貴方のしたい場所にキスし放題です。遠慮なさらずやって下さい」

「え、遠慮って…」

「キスしたいのでしょう?」

さあ、と彼がやや上向き加減になって目を閉じる。

「…う、うん」

何か自分がしたいキスとは違うような気もするが、遠慮なしで、と彼は待っている。

「―――…」

…目を閉じたジェイドの顔は睫毛が長くて鼻筋がすらりと通り、まじまじと見つめると照れ臭くなるほど綺麗だと思った。この顔がいつも微笑んで、キスをして―――。

その肩に手を置いて真正面に見据えると、ドキドキする鼓動を無視して体が勝手に意を決意したのか、ごくりと喉が鳴ってしまう。

「…ジェイド…」

「……ルーク」

緊張に渇いた口で名前を呼ぶと、下で彼が微かに笑ったような声で呼ぶ。その涼やかな声に引きずられるようにして。

「…っ…」

ぎゅっと目を閉じて体を前のめりにすると、唇に柔らかい感触がぶつかった。けれどもすぐに気恥ずかしさのが勝ってしまい、慌ててそこから顔を離す。

すると聞こえてきた、くすくすという笑い声。

「ルーク、貴方ねぇ」

そのままくっく、と目を閉じたままのジェイドが笑う。

「せっかく目を閉じて待っていたのに、唇でなくて頬にキスするんですか?」

 キスをしたのは頬だった。ジェイドの唇の感触は、あぁではない。もっと薄くて、けれどももう少し柔らかくて。

「い、いいんだよ!最初から頬にキスするつ、も…り…」

そんな風に笑われて声を荒げれば、ふとジェイドが閉じていた目をようやく開く。その動作は殊更ゆっくりと、長い睫毛が震えるようにしてそこから覗いたのは、捕えられると逃げ出せない…緋色の瞳。

「欲があるのかないのか…おかしな人ですね。貴方という人は…」

「ッ、…ぁ、んん…っ」

する、と頬を撫でられて背中が泡立つ。その感覚に肩をすくめればあっという間に顔を覗きこまれ、下から掬い上げられるようにキスをされた。

もちろん自分とは違って、唇に。

「ん、く…」

 しかも触れるだけのキスに留まらず、唇を食まれ、吐息に喘いだ隙間に舌を差し込まれる。そのままたっぷりと舌を舐られ、吐息と唾液を吸われ…解放された時には膝で立っている事すら出来なかった。

「…は、ぁ…」

 そのままずるずるとジェイドの膝の上に座り込み、その衿元にぐったりと頭を預ける。するとあやすようにぽんぽん、と背中を軽く叩かれた。

「―――キスという物はこれくらいするものですよ。特に、目を閉じて口付けを強請る恋人には期待を裏切らない方がいい」

「お、俺は強請ってない…!」

「そうですか?」

 しれっとそう言って見せるジェイドに、けれどももう怒る気も呆れる気にもなれない。今は赤い顔を彼に見られないように胸元に伏せ、隠すことのが重要だった。

 キスしたかったのは自分。そのキスが出来て嬉しいのに。

 

 

 ―――それ以上にジェイドにキスされた事が嬉しいなんて。

 

 

「もっと私を喜ばせられるよう、勉強しましょうね」

「…俺は頬にキスでいい…」

 こんな事を言う彼には、そんな事絶対に言えないと思った。









ルークはきっとキスをするより、される方のが好きだと思うのですが、
そうされるまでそれを自覚出来ない子でもあります(何?)
まあまず不意打ちのキスをするには、ちょっと身長が足りないわけですが…。
そんな時背伸びをするルークに萌えます。

でもきっとジェイドは気付いてると思うよ、うん。