+料理修業+

 

 

 

 

 

「…ジェイドってホントなんでも出来るよなー…」

「おや、何ですかいきなり」

簡易テーブルの傍に据わった上体で縁に顎をかけて見上げれば、軍服の上着を脱いで似合ってるような似合ってないような、白い若干少女趣味なエプロンを付けた、35歳マルクト軍師団長はにこりと笑う。

今日の野宿での料理当番はジェイドだった。

普段から交代制の当番だが、勿論当たりと外れもある。ちなみに料理の上手いガイやティアの場合が当たりで…自分やナタリアの場合がハズレだ(下手くそなのは自覚してるからいいんだ!)そしてその間にいるのが、何でもそつなくこなすアニスとジェイド、と言ったところか。

けれどもティアやガイの料理が上手いのは勿論分かるが、そつのないレベル…というジェイドの料理も自分と比べれば、遥か高みのほどに美味いわけで。

―――ジェイド=何でも出来る、というイメージはあるけれど、まさかその能力が料理にまで及ぶとは思っても見なかった。

「槍も強くて、譜術もすごくて、おまけに料理も出来るんだもんなー。完璧じゃん」

 何よりもその料理をする姿が、意外と似合ってたりするものだから。

「お褒め頂いて光栄ですが、まあ料理はある意味必要に迫られて習得したようなものですし」

「必要に迫られて?」

オウム返しに問えば、彼は小型のナイフで器用にジャガ芋の皮を剥きながら苦笑して見せる。

「―――男やもめの一人暮らしですし、軍生活も長いですからね。どちらかと言えばキッチンでするちゃんとした料理よりも、野外でするようなキャンプ料理の方が得意なんですよ」

「ふーん」

ちゃんとした料理だろうと、キャンプ料理だろうと、出来ない自分にとってはすごい事に違いない。

皮を剥かれたジャガ芋は同じような大きさに切られ、そして次の野菜へとジェイドの手は伸びる。

「まあ貴方やナタリアの場合、今までそのような事態に陥る事すら皆無なので、苦手なのは仕方のないことでしょう」

「あ、にんじん…」

「好き嫌いはいけませんよ。ちゃんと食べてくださいね?」

「………」

言いながら次にまな板の上に乗せられたオレンジ色の野菜に顔をしかめれば笑顔で言われた。そしてそれも皮を剥かれると、ジャガ芋と同じように切られて鍋の中にほうり込まれた。

「けれどもやはり食事は体力を回復させるだけでなく、精神的な満足感を満たすにも重要ですからね。苦手なりにも、少しは上達してもらわなければ困りますが」

「…え?あ、うん。一応努力はしてるよ」

当番ではない日でも出来るだけ手伝うようにしている。だから今もこうしてジェイドの手伝いをして…。

「…で釜戸の準備は出来ましたか?」

「い、一応…こんなもんだよな?」

「どれどれ」

材料を切り終えたジェイドが鍋を持ってやってくる。視点がさっきから低かったのは、しゃがみ込んで薪を組んでいたからだ。

拾ってきた石を積んで鍋が乗るようにすると、その中に薪を組んでかまどを作る。これは旅に出てからガイに教えてもらったやり方だから、恐らく間違ってはいない筈だった。

覗き込むジェイドに、ドキドキしてその出来の評価を見守る。

「…うん、まあそんなもんでしょう。…ミュウ〜」

オーケイが出てほっとした。

するとジェイドはミュウを呼び、

「はいですの、お呼びですの?」

「ちょ〜っと火を吹いて下さいますか?」

「はいですの!」

組んだ薪に火を付けさせる。覗き込んでいると、ミュウの吹いた火は細い枯れ枝に着火し、やがて太い方の薪へと移っていくのが見えた。

その様子を二人で眺めながら、ジェイドがうんうんと満足げに頷いて見せる。

「…薪もただ組めばいいというものでもありません。空気が通るようにしないとすぐ消えてしまいますからね。これなら上出来です」

「やった!…って、これは料理が美味くなるとは違うだろ」

褒められた事を喜ぶも、別に薪の組み方を褒められたいわけではない。料理を覚えるからには、野菜の皮を剥いたり、切ったり、炒めたりして、料理らしい事を手伝いたいのだ。

今日自分が手伝ったのは精々水汲みと、釜戸のセッティング。野菜どころか、包丁にすら触れていない。

それなのにジェイドは、

「いえいえ、大切な事ですよ。火がなくてはシチューは煮込めませんからね」

そう言って、薪の炎に当てられて熱くなった鍋に肉をほうり込む。炒め始めてしまうと、もう皿を準備するくらいしかする事がない。シチューは後、野菜や水を入れて煮込むだけの料理だからだ。

「ちぇ。もっと手伝いたかったのに」

 せめて切った野菜を渡すくらいしようと、テーブルと釜戸の間に立つと、彼は肉を炒めながらくすりと笑う。

「十分役に立ってますよ。まあ貴方がこのまま公爵家の跡取り息子として生きるなら必要のない知識と技術ですが…」

「?」

不意にちらりと、鍋からこちらへと彼が視線を移す。赤い目が、楽しそうに細められていて。

 

「貴方が―――カーティス家に嫁いでいらっしゃるなら、多少は出来てもらわないと困りますね。私は、家事は分担派ですから」

 

「…とつ……?」

聞き慣れない言葉に首を傾げる。するとジェイドは肩を竦め、苦笑した。

「『嫁ぐ』の意味が分かりませんか? やれやれ、せっかくの口説き文句も意味が通じなければ役に立ちませんねぇ」

「は?『とつぐ』ってどういう意味だよ?料理が上手くなる事に関係するのか?」

「関係すると言えば関係しますねぇ。嫁ぐなら料理上手は喜ばれますから」

 ジェイドの家が関係するなら、ジェイドの母上に料理を習ったりするとかそういう事なのだろうか。けれどジェイドが養子にいったカーティス家も、マルクト軍では結構の地位にある家柄って聞いたので、その婦人が料理するとは…もしかして料理が趣味とかなのだろうか。自分の母親がまったく料理の出来ない人なので、想像が付かないものの…。

 

「お、俺、料理が上手くなるならカーティス家に嫁いでもいいぞ!」

 

 言えば、ジェイドの鍋をかき回す手が一瞬止まった。

 けれどもそれは一瞬で、またすぐにその手は動き始める。

「…本気ですか?」

「ほ、本気だぞ! そんでジェイドを見返してやるんだからなっ」

 言い放てば、何故かふう、とジェイドの口から溜息と苦笑が同時に漏れた。

「やれやれ、意味が分かっていないとは言え…」

「?」

 自分は何か意味を履き違えているのだろうか。

 けれどもジェイドはそれを訂正する事はせずに、にこりとこちらに笑いかけてくる。そして赤い目を、さっきと同じように細めて、

「―――その言葉、忘れないでくださいね?」

 そう言うので。

「お、おう!」

「それじゃしばらくは私の元で修行と行きますか」

「ん、そうだな。まずはジェイドに習うべきだよな」

 力強く返事をする俺に、ますますジェイドの微笑みは深まって。

 

「楽しみにしてますよ、ルーク」

 

 

 その言葉はきっと、料理が上手くなることへ向けられた言葉なのだと思った。









料理修行でなくて花嫁修業ですか…!!!
ルークはきっと嫁ぐって意味を知らないに違いない。
だって自分は嫁ぎにいく立場じゃないですからね。

そして何も知らないルークに約束をさせたジェイドは、
これから手間ひまかけて自分の好みの花嫁を作り上げていけばよい(笑)
ジェイドは師匠は師匠でも、『花嫁修業』の師匠になってしまいました…。