ふと、視線に気が付いてそちらを見る。

「………」

 すると案の定、彼がこちらを見ていた。そしてこちらと目が合うと、嬉しそうに笑う。

 あぁ、そんな可愛い顔をして笑って。目が合っただけで嬉しいなんて、何て幼稚で、何て―――愛おしい生き物なのだろうか。

 

 

+愛玩+

 

 

「さっきさ」

「はい?」

 宿にそれぞれ割り当てられた部屋に入るなり、彼は嬉しそうにこちらへと寄ってきた。さっき、というのは、先ほど目が合った時の事を指しているのだろう。あれは宿の前での出来事だった。

「ジェイドこっち気付くかな〜、見るかな〜って思ってたら本当にこっち見てさ。なんかアッシュみたいに連絡網みたいなので繋がってんのかと思った!」

 興奮したようにまくし立てる彼に、思わず笑ってしまう。もちろんルークとアッシュのように完全同位体ではないので、そんな事が出来るわけもない。

 ―――職業柄、視線というものには敏感なのだ。

いつ何処で命を狙われているのか分からないのでは、今の自分はここにいないだろう。それはもちろん、彼のようにあからさまな視線を持つ者たちが相手ではない。自分の過去を顧みれば、息を潜めるようにして自分の命を狙う者の存在も否定できないのだ。

…言い替えれば、彼のようにいかにもこちらを見ている、という視線に気付かないわけなどないのだと。

けれどもそれを言ってしまうと、彼の喜びが半減してしまいそうだし、余計な心配もされてしまいそうだったので、

「そうですねぇ…ピンときた、とでも言いますか」

「へ〜」

 もっと彼に与えるに相応しい言葉を選び、放つ。

「あぁ、この視線はルークだなってすぐに分かりましたよ」

「すごいなぁ。やっぱりジェイドはそういうのも分かっちゃうんだな」

 キラキラした目で見上げられ、思わず苦笑が零れる。純粋な彼にはあまり汚い大人の事情は知られたくないので、これでよいのだと思う。それに、自分の事で精一杯な彼に、これ以上心配の種は増やすべきではないと。

「そりゃあ、貴方の愛のこもった視線ですから♡」

「そ、それは…!」

 そんな事実からますます遠ざけるように、彼が困惑するようなことをわざと言えば、案の定、顔を赤くしたルークは言葉に詰まって。

 それでいい。自分の前で彼は何も知らないままで、愛しく、可愛いままでいれば。視線があって喜んで、からかわれて赤くなって。そうやって、自分にはないほどの豊かな感情を表現してくれればいい。

「私なら、どんな人ごみの中でだって、貴方の視線を感じて、貴方を探し当てる事が出来ますよ」

「そんな事…」

 いつしか、とん、と彼を壁際まで追い詰めていた。笑みを浮かべて見下ろせば、追い詰められた彼は赤い顔のまま、上目遣いにこちらを見上げて。

「出来ますよ。大好きな貴方が私を見ているんです。見つけない訳がない」

「何なんだよ、その自信は…」

「貴方に愛されてる自信があるからじゃないですか?」

「!」

 効果音があったら、ぼん、と何か爆発したみたいに彼はより赤くなる。耳まで真っ赤になって、視線を泳がせて。それなのにいつのまにやら持ち上がった手が、ぎゅっとこちらの袖を掴むのだ。その仕草の何一つとっても愛おしくて、可愛い。

 ―――とても普段魔物や人間相手に、憤りながら、心で泣きながら、それでも剣を振るう人物と同じだとは思えない。

 だから、もっと可愛がってやりたくて、意地悪を言う。

「―――私の事、愛してくれているでしょう?」

「お、俺は…」

 ぎゅ、と皺が刻まれるほど袖を強く掴まれる。困った顔もまた可愛いのだから、なお更困るのだ。そんなに自分を困らせないでくれと、微笑みながら懇願したい気分にさせられる。

「私は貴方を愛していますよ」

「〜〜〜っ、ジェイド!」

「…、」

 最後の最後まで意地悪としてそう囁けば、不意に呼ばれて髪を引っ張られた。そのまま引かれるがまま下を向けば、唇に唐突な衝撃。まるでぶつけるような、乱暴で激しいキス。余韻もへったくれもなしに、ぶつかった勢いのままで離れるそれは、はたしてキスと呼べるのだろうか。

「こ、これで俺の気持ち分かっただろ!」

 ぱっと掴んでいた髪を離し、真っ赤な顔をこれ以上ないほど紅潮させて彼は俯いてしまう。赤い髪から覗く耳も、やはりこれ以上ないくらいに赤くて。

「―――そうですね」

 難しい愛の言葉も、心地よい愛撫もなにもいらない。そのまっすぐで、幼稚な愛情表現が何より彼らしい。もとより七歳の子供にそんな高度な事を期待なぞしていない。

 目があっただけで嬉しそうにして、満面の笑みを浮かべるだけでいい。へたくそなキスをして、真っ赤になればいい。何も言えなくて、ただ上目遣いに見上げるだけでいい。

「それじゃあ私もお返しをしなければ」

「え」

「…頂いた物相応にお返しをしなくては、失礼でしょう?」

「え、わ…んん…っ」

 うつむいていた顔から顎を持ち上げて、キスをする。自分は大人だから、彼のように勢いだけのキスはできない。甘くその唇を舐り、吐息と唾液を奪うキスを与える。

「んん…む、ふぅ…ん…」

 鼻から抜ける甘い声に、背筋がぞくぞくするようだ。袖を掴んでいた手はいつしかこちらの背中を抱いていて、必死になってこちらからのキスを受け止めてくれる。

 そんな仕草の一つさえ、愛おしい。

「は…あ………ぁ」

「―――これで私の気持ちも分かりましたか?」

 散々吸ってやって赤くなった唇を指でぬぐってやると、ぐったりとしたルークがこちらにしがみついてきた。胸の辺りに顔をぐりっと擦りつけられ、はあ、と熱い溜息が聞こえる。

「……分かりすぎるくらい分かった…」

 そうぐったりと呟くルークがまた可愛くて、その赤い髪に唇を埋めた。

自分に翻弄されて、可哀想なルーク。けれどもこればかりは仕方ない。その稚拙な愛情表現を受ける為なら、どんな大人気ない愛情だって自分は示してやれるのだから。









ルークが自分に向ける仕草の一つ一つが愛しくて堪らない、そんなジェイド。
こんなに可愛い可愛いとか思ってるジェイドもアレですな…。
けど実際ルークは目が合っただけで大喜びしそうでよね。
「あ、目が合った!ジェイド、ジェイド!!」
って、ジャンプしながら手を振ってれば可愛い。