+秘密特訓+

 

 

 

 

 

「食材の買出しは…ん〜、キャベツ買ったじゃがいも買った…肉に魚…」

 今日の食材の買出しはガイと自分だ。他にも武器類はジェイドとティア、アイテム類にはナタリアとアニスがそれぞれ買出しに出掛けている。

 けれどもこの割り振りは、もしかしたら失敗かもしれないとルークは思って付いてきていた。

料理の事はてんでさっぱりはルークだが、ガイは違う。ルークにしてみれば置いてあるものをそのまま買えばいいと思うものの、彼は食材一つ選ぶのも真剣で、じっくり吟味して購入する。彼の料理が美味しいのも、こういうこだわりがある故なんだろうか。

一緒に買出しというが、ほとんど付いて来ただけの自分だ。彼が買い終えたものを確認しているのを横目に、うろうろとすることもなく店先を眺めて回る。

表に並んでいるのは主に野菜や果物類だ。特に色とりどりの果物は目を引かれて。

「……あ」

するとその中で、とあるものに目が止まる。

「な、なあガイ」

「ん?何か買い忘れあったか?」

 買い終えたものをレジに持っていく前に、かごの中身を確認しているガイを呼ぶ。すると顔を上げてこちらにやってくる彼を、ちらりと見て、

「そうじゃなくてさ…俺、欲しいもんがあるんだけど」

「食材でか?」

 珍しそうな顔をする彼に頷く。そして。

「うん―――さくらんぼが欲しいんだ」

 店先にたくさん盛られた、赤く小さな果実の山を指差した。

 

 

 

「……ルークがさくらんぼを?」

 

「あぁ。買う予定じゃなかったけどさ、まあ高いモンでもないし…一応ダンナには言っておうかと思ってさ」

「そうですか…わざわざご報告、ありがとうございます。まあ余計な出費といえばそうですが…たまにはいいでしょうね」

 ルークとの食材の買出しから戻ってくるなり、アルビオールに新しい武器の積み込みをしていた自分に、彼はそう教えてくれた。告げ口とは違う、ただ単に彼も気になったのだろう。

髪を切る以前はともかく、最近の彼は滅多に自分から余計なものを欲しがることはしない。そのためか、そういう突飛な行動はやや気になるのだろう。それは自分も同じだ。

彼の遠慮の仕方は、路銀は皆の物という意識をしっかり持つようになってくれたが故のものでもあるのだが…。

「まああれだな。最近のルークは…ちょっと遠慮し過ぎだったからな。久しぶりにワガママ言ってくれたようで懐かしかったな」

 以前のワガママな彼の方のが馴染み深いガイは、そう言って苦笑する。けれどもどちらかと言うと、今の遠慮がちなルークの方が馴染みの深い自分は、彼が唐突にさくらんぼをほしがった理由の方が気になるところだ。

「ワガママというか…まだお願いの範囲でしょうけどね。あの年の子供ならもう少しくらい我が儘でも可愛いものです」

「十七歳が?いや、正確には七歳か」

「…私にとっては、七歳も十七歳も子供に変わりませんよ」

苦笑し、積み終えた武器を確認すると立ち上がる。

「では、私も宿に戻るとしますかね。ついでにルークの様子も見てきましょう」

「あんまりいじめないでやってくれよ」

「それは誰に言ってるのですか?まあ、あわよくば貴方に買って頂いたさくらんぼをご相伴させてもらいますよ」

 笑い、ガイを残してアルビオールを後にした。

さくらんぼをもらうかどうかはともかく―――ルークがさくらんぼを欲しがった理由は気になったままだ。特に好きな果物というようでもなかった筈であるし、さくらんぼを使うようなレシピは持っていないはずだ。

ここは一つ、穏便に本人に問いただす必要があるようだ。

ルークがそういう突飛な行動に出る時は必ず、―――何か隠し事があるのだから。

 

 

 

ガイにさくらんぼが欲しいっていきなり言ったら、随分驚かれてしまった。それもそうだ。いきなり「さくらんぼが欲しい」なんて言うのはないなあと自分でも思う。

けれども店先で見つけてしまって…『ある人』に言われた『ある事』を思い出してしまったから。すごいと感動したそれを試してみたくて、居ても立ってもいられなくて。

「試すだけだから、こんなにもたくさんいらなかったんだけどな…」

篭一盛りのさくらんぼの中からひときわ大きくて赤いものを一粒だけ摘み、口の中に放り込む。種を避けるように弾けんばかりに張った果肉を噛み締めれば、

「…ん、うまい」

ガイが選んでくれただけあってそれは甘く、けれども少し酸っぱく果汁の溢れる美味しいさくらんぼだった。これなら量が多いと思っていた一盛りくらい、一人でも食べてしまいそうなくらい。

―――けれどもそれも後で、だ。今用があるのはさくらんぼの中でも実の方ではない。自分が用のあるのは―――…。

「こっちの方だもんな」

ぷち、と千切ったのは実ではない、茎の方だ。持ってみれば細いのに弾力があって、やや硬くしなる茎…これがさくらんぼの欲しかった理由。自分が欲しかったのは実ではなくて、この食べれもしない茎の方なのだ。

「よし、コレで…」

普段なら千切られて、捨てられるのが運命のさくらんぼの茎。それを目の前まで持って言って…ルークは躊躇いもなく口に含んだ。

別にそれが食べたいわけではない。ただ『ある人』が言った言葉が気になったが故、それを試してみたくなったのだ。

「んー…?」

口の中に含んだ茎を、舌である形を思い描くように動かす。それには結構集中力が必要なようで、舌の動きと茎の動きに翻弄されるよう、ルークも首や顔を動かしていた。

「んん〜…結構難しいじゃんか…っ」

 知らず拳には力がこもって。

易ともあっさりやって見せたある人物のようにいくかと思いきや、実際はそうもいかず。意外と弾力の強い茎はしなりつつルークの舌から逃れ、何とも意のままにならない。

けれども始めた手前、ここで諦めるのも癪なのでもう少しだけ頑張ってみることにした。描くのは円。思い描くのは、リボンを結ぶ順番。後必要なのは、舌の緻密な動きだけ。

「う〜〜〜」

 

「………何してるんですか、一体?」

 

「っ!?」

ギィ、とも音もさせずに扉が開き、気が付いた時には既にアルビオールに荷物を置きに行っているはずのジェイドがいて。おもいっきり変な場面を見られた。というか口に入れてたさくらんぼの茎を思いっきり吐き出しそうになった。

「〜〜〜〜っ!!…と、扉くらいノックしろよ!」

 飄々として戸口に立つ彼に、何とかさくらんぼの茎を歯と頬の間に入れて隠してしまうと、赤い顔をしつつ彼に対して声を荒げた。けれども彼は、

「しましたよ。貴方が百面相していて、気付かなかっただけです」

 なんて、軽く肩をすくめて部屋の中に入ってきてしまって。

確かに『これ』には集中力は必要だったが、そこまで気付かないなんて!しかも口の中のさくらんぼの茎はいまだ、やや湾曲した元の形のまま。

「おかしな子ですね。おかしいと言えば、ガイから急に貴方にさくらんぼをねだられたのだと聞いたのですが」

「………」

そこでガイに口止めをするのを忘れていた事に気付く。でなければ察しのいいがジェイドがあやしまない訳がない。

「そのさくらんぼですね」

 視線が机の上の篭を差す。けれどもさくらんぼを買ってもらった事を怒っているような様子ではない。やはりいきなりさくらんぼが欲しい、なんて言った事が気になるようだ。

 まさか自分が別の事にさくらんぼを、しかも、茎の方を使おうだなんて思っていたなんて気付くわけもない…はず。

「ジェ、ジェイドも欲しかったら食べなよ。ガイが選んでくれたから美味いよ」

 だから物で釣ってみる作戦に出た。ジェイドがそれに引っかかってくれるかは分からないが、さくらんぼを食べるのは別におかしいことじゃない。篭いっぱいのそれを勧めるのだって、変なことじゃないはずだ。

「よろしいのですか?」

「うん」

「それじゃあ、一つご相伴にあずかりましょうかね」

 そしてこちらの思惑通り(?)彼は篭の中から赤い粒を一つ、つまみ上げる。よくよく見れば、それはジェイドの目のようにきれいな赤をしていた。

「では、いただきます」

 そのまま宝石のように赤いそれを、口の中に放り込んで…。

「…ルーク」

「ん?わ、何…んんんっ!?」

 放り込んだ瞬間呼ばれ、無用心にそっちを向いてしまったのがいけなかった。がしっと肩を掴まれたかと思えば急にそちらを向かされて、目をつぶってしまった途端に唇が触れる。

 しかも、閉じきれなかった隙間から甘酸っぱい果汁と、舌が入り込んできて。

「んーっ、ん…うぅ…っ」

 知らない間に抱きすくめられ、真上から押さえ込まれるようなキスをされる。そのような体勢では注ぎ込まれる果汁も、入り込んでくる舌からも逃れることができない。

「ふ…んぁ、あ…」

 喉の奥に果汁を流し込んでも、キスは終わらない。それどころかつぶれたさくらんぼのせいで唾液まで甘酸っぱくて。口の中いっぱいをジェイドの舌でなぶられ、やがて立っていられなくなると彼の体にしがみつくように背中に腕を回した。

「…ふ…はぁ、あ…」

「…ごちそうさま、ルーク」

 どのくらい弄ばれただろうか。

ちゅ、と舌を吸って、ようやく解放される。突然のことに何の準備も出来なかった自分は完全に腰に力が入らなくて、支えられるがままにベッドの縁に座らされていた。

 そのままぼんやりと彼の様子を見ていると…不意に腰をかがめ、こちらの目の前で笑ってみせる彼が、

 

「―――と、言うわけでルーク。これは何ですか?」

 

 口の中から結ばれたさくらんぼの茎を取り出してみせた。

「あ!!」

 べ、と舌の上に乗ったそれは、ものの見事に結ばれていて。そしてふと気付く。歯と頬の間に隠しておいた茎がないことを。ジェイドが見せびらかしているあれは、自分の口の中にあったものだ。

「それ俺の…!」

「さくらんぼの茎を食べるとは、公爵の子息にあるまじき悪食ですねぇ。それとも、こうしたかったのですか?」

 にこり。

 笑顔で詰め寄られると、こちらも言葉に詰まる。思わずこっちも笑顔になってみるものの、彼の笑顔には勝てそうにもなくて。

「実は…陛下が」

 

『ほーら見てみろ、ルーク!』

『うわ、何ですかそれ…さくらんぼの茎?』

『そうだ。すごいだろ、さくらんぼの茎を口の中で結べるんだぜ〜』

『それってすごい事なんですか…?』

『何を言う。これが出来るってことはなあ……』

 

 数日前にグランコクマに立ち寄った際のことだ。相変わらず仕事を片付けにいったジェイドを待っている間、ピオニーのお茶の相手に呼ばれていた席での、出来事。

 それはその場にいなかったジェイドは知らない話だった。もちろんそれを話すと…はあ、と呆れたような溜息を漏らす。

「さくらんぼの茎が口の中で結べる…まあ、器用の代名詞みたいなものですよね。別名、キスが上手い、とも言いますか」

「………」

「確かに陛下の口のすべりの良さなら、上手くて当然かもしれませんが…で、ルークはどうだったんですか?」

 何故それを聞くんだろうか。

 現に結べていないさくらんぼの茎をこちらから取り上げ、あの濃厚なキスの最中に結んで見せた彼が。

 ぐうの音も出なくて上目遣いに睨んだまま押し黙れば、呆れ顔を一変させ、楽しそうに微笑む彼はちらりとさくらんぼの篭を見やって言った。

「まあ別に私としては、ルークには下手でいてもらう方が嬉しいのですが…」

「意味わかんないし」

「そうですか?けれどもまあ、どうしても上手くなりたいって言うのならば…」

 つん、とまだ痺れた感覚の残る唇を、その指が突く。

 

 

「まだまださくらんぼはいっぱいある事ですし、手取り足取り、舌取りと、丁寧にご教授差し上げても構いませんけどね?」

「も、もういい!普通にさくらんぼ食べるってば…!」









さつき様のリクエストより。
『ジェイドに内緒でキスの練習をするルーク。けどジェイドにバレてしまい…』
でした。

どうでしょう。
キスの練習と言えばさくらんぼの茎結びだ!と安直に繋げた私は、
もちろんそんな器用なことは出来ません。
が、きっとジェイドなら三本用意して三つ編みとかも出来そうだ。
二つを結んで、更にちょう結び、とか。
だってほら、譜術師は舌の動きが命ですから!

そんなわけでさつき様、リクありがとうございましたv