+眠り子+

 

 

 

 

「ノエル、ルークを知りませんか?」

 

アルビオールの整備の為に一時街に入ったのだが、ふと彼の姿がなくて。買い出しを皆に任せて戻ってきてみれば、ノエルが一人で整備をしていた。ここに戻ってくる間に姿は見てないので彼女に尋ねれば、彼女はくすくすと笑い、すっとアルビオールのコクピットの辺りを指さす。

「上にいらっしゃいますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「あ、でもジェイドさん…静かに上がってくださいね」

「?えぇ、わかりました」

唇に人差し指を押し当てる彼女に頷き、言われた通りに静かに上がった。足音を消すのはいつもの癖なので、うるさいことなどないのだが…。

階段を上がり、コクピットにたどり着くと、いつも自分が座っている席に赤毛が見える。それはゆっくりと呼吸に合わせて上下しており、それでようやくノエルが静かに、と言った意味が分かった。

「やれやれ、お昼寝ですか?」

そっと背後から忍び寄り、座席の上からその様子を覗き見る。すると彼は温かな日差しの中、膝にミュウを乗せたままの状態で眠っていて。もちろん膝の上のミュウも同じく、眠っているようだ。

「…ここは温かいですからね」

 ふと、窓の向こうにいるノエルの視線に気が付けば、彼女も苦笑していた。整備をするとなればそれ相応の音を出さなければならない筈なのに、ここで眠っている彼のためにそうもいかなくて。

「これは起こした方がいいのでしょうかね…」

 比較的天候も穏やかなエンゲーブ地方の午後の日差しは、アルビオールのコクピットを穏やかに照らしている。風も吹き込まないけれは防音加工もされているので、外の音が聞こえることもない。確かに昼寝をするにはちょうどいいのかもしれないが。

「皆さんが出て行かれた後、お一人で戻ってきてそのままなんですよ」

 その穏やかな寝顔にどうするべきか考えていると、上まで上がってきたノエルが小さな声でそう教えてくれた。昨夜はこちらの都合で宿を同室に出来なかった。代わりにガイと同室になっていた筈だが…彼はルークの悪夢を知らない。

(気を使って眠らなかったのでしょうね…)

 心配性な使用人兼親友のことだから、知れたらもっと困らせてしまうだろうと。彼らしい気の使い方だが、疲れている体を寝かせないのは負担にしかならない。

 やはり同室にするべきだったかと思うが、もう今となっては仕方のないことだろう。

 けれどもノエルの整備の邪魔をするわけにもいかない。ここは一つ―――。

「ノエル、ミュウを持っててくれますか?」

「え、あ、はい」

 ルークの膝の上に転がるチーグルをノエルに渡し、そして自分はルークの膝の裏と背中に腕を回すと、そっと抱き上げた。少し揺らしてしまったが、よく眠っている彼は起きる気配がまったくない。やはりそれ相応負担になっていたようだ。

「ルークを連れて外に出ますね。ノエルはアルビオールの整備を続けてください」

「はい、わかりました」

 抱えたルークの腹の上にふたたびミュウを乗せ、そのままゆっくりとアルビオールを降りる。そしてアルビオールから少し離れた木陰に、ルークを抱いたまま腰を下ろした。

「…よく起きないものですね」

 座ったときにはさすがに振動がきたはずなのに、彼はうめくことすらしない。腹の上のミュウまでも目を覚まさないなんて、主従ともども似たもの同士なものだ(野生動物としてそれはどうかとも思うが)。

「………」

 ルークはまったく無防備な寝顔で、こちらに全体重を預ける形で眠っている。赤い髪を穏やかな風が揺らしても、木の葉がその風に揺らされても、起きる気配はない。

 さすがの悪夢も、この温かな日差しの中ではその影を伸ばすことは出来ないのだろうか。

 その見た目よりも柔らかい赤毛を指で梳き、辺りの景色にと視線を見渡す。街に近いこの辺りは比較的穏やかで、世界が今未曾有の危機に追いやられているとは思えないほどだ。その未曾有の危機が、この腕の中の少年の両肩に重く圧し掛かっていることもまた、この穏やかな寝顔からは信じられないことだろう。

 けれども自分はそれを知っている。知っていて、どうする事も出来ないでただ、彼の傍にいるしかない。

 だからせめて、彼が穏やかに眠れる時だけでも。

「…守ってあげたいんですよ、いつだって」

 呟き、その薄く開いたままになっていた唇に唇を重ねる。

 ―――すると。

「…ん…?」

「おや」

 腕の中で彼が小さくうめいて、その伏せられていた長いまつ毛が震える。そしてうっすらと開いたそこから翡翠色の瞳が覗き、ぼんやりと覗き込むこちらの顔を見つめた。

 今の今まで、何をしても起きなかった彼なのに。

「キスで起きるとは…眠り姫のようですね」

「んあ…?何が…っていうか、ここドコ…?」

 どうやら自分の状況すら理解していないらしい。ぼんやりとした目で周りを見渡すものの、どこかまだ夢心地の様子だ。だからこつ、とその額に額を押し当て、その視界を奪ってやる。

「眠たいのでしょう?気にしないで眠りなさい…私はここにいますから」

 彼の質問には答えず、低く穏やかな声で言い聞かせる。するとやはりまだ眠いのだろう。彼はぼんやりと焦点の合わない目でこちらを見ていたが、やがてとろとろと目蓋を下ろし始め…、

「ん…わかった…おやすみ…」

 眠りの淵に吸い込まれるようにまた、目を閉じてしまった。やがてほどなくして聞こえる穏やかな寝息に、合わせていた額をそっと離した。

「おやすみなさい、ルーク」

 キスをしてしまうとまた起こしてしまうかもしれない。だから言葉だけでそう伝えて、また彼を抱き締めたまま、木の幹に背中を預けた。降り注ぐ日は柔らかく、頬を撫でる風もまた、優しいもので。

 皆が帰ってきたら、どのような理由で出発の時間を遅らせてもらおうか。

―――それもまた、この寝顔を見せれば解決してしまいそうだが。

 

「次に貴方が目を覚ました時もまた、世界が穏やかでありますように」









またも眠りネタです。
というかジェイドのキスで目が覚めるっつー眠り姫的ルークが書きたかった!
というかアビスの世界にそういう童話があるのか…?
でも似たようなのとかはありそうですよね。
乙女ちっくなジェイドが…いや、きっとルークが初恋だしね!
初恋なら初々しいものです。

そして何気にノエル初登場。
彼女何気にスタイルいいですよね…。