街の外の夜は意外に明るくて。街の明かりや屋根がないから星や月の明かりを遮るものがないからなのだと、親友は言っていた。

けれども自分が眠れないのは明るさのせいだけではなくて。

パチパチと薪の爆ぜる音に誘われるようテントから出ると、その背中に声をかけた。

「ジェイド…隣、いいかな?」

 

 

+星屑絵本+

 

 

今の時間の見張り番はジェイドだった。

女性陣はアルビオールの中で、自分たち男が二時間置きに見張りに立つのが夜営の常だ。かくいう自分自身も見張りに立って、30分程前に彼に代わったばかりなのだが…。

「また眠れないんですか?」

「へへ」

見透かされて、笑うしかない。この事を知っているのは彼だけだから。彼にはすべてを知られてしまっているから。

「…こちらにいらっしゃい」

苦笑したジェイドが羽織っていた毛布を片手分広げる。

「…ありがと」

そこに潜り込み、同じように焚火の傍に並んで座る。ふんわりと毛布の中で肩を抱かれ、少し甘えるようにその肩に頭を預ければ彼が笑う。

「…一番先に見張りを申し出た時から、何となく予想はついていましたよ」

彼にばかり毛布を持たせてはいけないと、片方の端を預かれば、空いた手がこちらの髪を撫でながら、彼は静かに言った。やはり何もかもお見通しで。こちらはただ困ったように笑うしかないけれども。

「…今日は戦闘があったからかな」

「オラクル騎士団との戦いがありましたからね」

「………」

言われて、黙る。

否定はしない。事実何人も手に掛け、その血飛沫を浴びた。服も着替え、血も綺麗に落としたのだけれどあの色と温かさだけは忘れる事はできない。

―――…今眠れば、確実にアレはやってくる。あれが訪れるのに、こちらが眠る場所など問わない。

「…眠るのが怖いですか?」

何度彼に同じ事を問われただろうか。

「―――…怖いよ」

けれども答えは変わらない。自分で犯した罰、重ねる罪。重くのし掛かるそれらは悪夢として自らを蝕む。

「いっそ眠くなくなればいいなんて思うけど、体は疲れているからそうもいかなくてさ…」

眠たい自覚はあった。けれども心がそれを許さない。こうやって彼にひっついていれば、そんな事も気にせず眠れるだろうか。

それっきり黙って身を寄せていると、ふとジェイドがこちらの肩を抱き、自分へとより引き寄せて来た。そして、

「…それじゃあ少し、話をしましょうか」

「話?」

「はい。星の話です」

そう言って夜空を見上げるので、つられてこちらも見上げる。空は満天の星空で、様々な光が瞬いている。

「綺麗だなー…」

夜営なんてこの旅をし始めてからは幾夜も過ごした。けれどもそのどれも空を見上げる余裕なんてなくて。

「光にも速度というものが存在します」

「へー」

「それこそ歩いた速さや船の速さ、アルビオールの速度より遥かに早い速度なんですが」

星の話と言うから、何か星座の話でもしてくれるのかと思えば、何だか難しそうな話だった。それでも聴き入れば、不意に彼はこちらを抱くのと反対の手を毛布から出し、ふと降るような動作を見せた。すると夜にはまばゆいまでの光を伴って、その手の中に槍が出現する。

「今光ったでしょう?」

「う、うん」

「光の速さは音が耳に伝わるよりも速いんです。だからこれだけ近い距離なら光った瞬間、ほぼ時間差はなくして貴方の目にも光が届くんですよ」

「う、う〜ん」

「ちゃんと理解出来てますか?」

「た、たぶん…」

とにかく光はものすごい速さで伝わってくる、というのは理解できた…と思う。疑問符を浮かべながらも頷けば、ジェイドはまた自らの中に槍を戻す。そして再び夜空を見上げた。

「星の光もまた、星のある位置からこの星までの距離を飛び越えて伝わって来たものです」

 その指が、夜空の星を指す。白、とも黄色、ともつかないような色で輝くそれは、夜空の中でもひときわ大きく輝いていた。

「いくら光の速さでも、ずっと…それこそ途方もない距離に届くには時間がかかります」

「途方もない距離…」

「今こうして空いっぱいに輝いている星々ですが、その光がこの星に届くまで恐らく何年、何十年…もしくは何百年、何千年かかっているのかもしれない」

「……うん…」

 そうやって少し難しい話を朗々と語るジェイドの声が、耳に心地よい。ゆらゆらと波に揺られているようで、形を潜めていた眠気が僅かに顔を覗かせ始めた。

その心地よさに誘われて、すり、とその肩に頭をこすり付けると、もう少しだけ抱き寄せられて。

「―――だからこうして我々が見る事の出来る星の光も、その光を発している星自体はもうないのかもしれないのです。それこそ光が届く速さなど及ばない程遠くにある星―――と言う事になるんですが」

「……ん」

 そう言ったっきり、ジェイドは黙る。

 黙るから、こちらも黙る。

「………」

「………」

「―――…それで?」

 けれどもいつまでたっても話そうとしない彼に、いい加減沈黙に耐え切れなくなって尋ねれば、彼はにこりと笑って。

「それでおしまいです」

「オチとかは?」

「課外授業にオチなどないでしょう。大体、別にオチとか求めて話をしていたわけではないですし。ただ」

「ただ?」

 ぽんぽん、と肩を優しく叩かれる。

 

「小難しい話でもすれば、貴方ならす〜ぐ眠くなってくれると思いまして」

 

「………」

「別に意味はありませんよ。現に、ほら…眠たくなったでしょう?」

「そんなワケ…ふぁ…」

まるで促されるようにぽんぽんと優しく叩き続けられると、思わずあくびが漏れた。そう意識してしまうと、瞼まで重くなってしまって。

隣を見遣れば、にこりと笑う彼がいる。

「ほら」

「うー…ここで寝るのはなんか癪なんだけど…」

 けれども落ちてくる目蓋に逆らえない。もう開けているのもつらくて、ごしごしと目を擦った。するとその様子にすら笑われて。

「ルークは単純でいいですねぇ…眠いなら寝てしまいなさい。今ならもう、眠れるでしょう?」

そうやって寝かし付けられるのは悔しいが、事実その通りで。気が付けばあの『予感』は姿を隠し、あるのはただ彼の温もりとコロンに包まれた温かな睡魔の訪れのみ。

逆らえずに目を閉じれば、それはもう確実になった。

「ガイが来たら、起こして…」

とろとろと訪れた睡魔が、意識すら蝕んでいく。

「……ジェイド」

「何ですか?」

「………ありがと…」

そんな状態でもただそれだけは伝えたくて言えば、言葉の代わりに頭を撫でられる。眠れないたびに彼を頼ってしまうのは悪い習慣だと思うけれど、実際驚くほど眠れて。まったく悪夢にうなされないわけではないのだけれど…時たまちゃんと眠れるのはありがたくて。

やがて夜の静寂すら耳に付かなくなり、その感覚に身を任せれば、あれほど恐かった眠気はあっさり自分を支配した。

 

 

 

 

 

「…ようやく寝てくれましたね」

肩の辺りから聞こえてくる穏やかな寝息に、彼を起こさないようにそっと溜息をついた。

悪夢に眠れない彼を寝かし付けるのが、今ではすっかり自分の『仕事』になりつつあった。もっとも他のメンバーはこの事を知らないし、何より面倒などと思うのではなく、自分でなくてはならないという優越感はあるのだけれど。

「ロマンチック大作戦はまったく別の意味で大成功を収めてしまいましたしね…」

眠れぬ夜に星の話なんて、一体どれほど世間で眠れない子供に読み聞かせられている寝物語だろうか。もっとも題材に光の伝わる速さを持って来てしまった自分も悪いかもしれないが。

 

「私の光はこんなにも近くにある…くらいは言った方が良かったかもしれませんね」

 

すうすうと眠る幼子の髪に口付けて、ずり落ちつつある毛布を引き上げて肩を抱く。ガイと交代の際に起こせと言っていたが、もちろん起こす気はない。

―――悪夢の隙間に訪れた安らかな眠りを妨げるものなど、あってはならぬのだから。

 

 

「……さて、明日はどうやって寝かし付けましょうかね」









暗くなりがちな『ルークの悪夢』ネタをやや軽めに仕上げみました。
ルークっておつむ足りなさそうなので、難しい話になると寝てしまいそう…
って、別にジェイド難しい話してないよ!
授業中とかいつも寝てて、先生に指名されるタイプです(笑)

というかジェイドの『外し』は最初から狙ってたのか、素なのか。