「ふぅむ…」

「大佐、ルークの症状は?」

「咳、鼻水等症状が出ているわけではありませんが…怠さ、寒気もするみたいなので熱がありますね」

 ひたりと当てた手の平に、じわりと熱が伝わる。

 ベッドに辛そうな表情で横たわる彼と、それを取り囲む自分たち。医学は齧った程度なのではあるが、奇しくもレプリカ研究の第一人者として彼の症状を診る自分の言葉を、仲間たちは固唾を呑んで見守っている。

「この症状からしてルークは…」

「ルークは…?」

核心をつく言葉に、皆の視線が自分へと集まる。今から発せられるべき自分の言葉を待っているのだ。それほどまで彼は皆に心配されている。

ごくり、と誰かの喉が鳴った。

この緊張した空気と、固い沈黙。そんな中、注目されるのも悪くないと思いつつ、散々勿体振ってから…その空気と沈黙の中、彼の病気を宣告した。

 

「ルークは―――ただの風邪です」

 

+気弱な貴方、甘い私+

 

 

「なんだ、ただの風邪か…」

「大佐ってば、勿体振りすぎですわ」

散々勿体振ったせいか、皆の反応は彼に対する安堵と、自分に対する批難がないまぜになったものだった。それでも自分は悪びれるつもりもなく、

「ですが典型的な風邪の症状でしょう?倦怠感に、発熱による寒気…鼻水と咳は出ていませんが、これからまた症状が変わるかもしれませんね」

とあっさり言って見せる。皆が心配性すぎるのだ、と。

「気候の違う土地を行ったり来たりしてますからね。疲れも合間って、体にツケが回ってきたのでしょう。今日一日は安静にして、明日また様子を見て動きましょうか」

「…ごめん、みんな…」

見渡して言えば、当の本人がベッドの中で申し訳なさそうな声を上げる。赤い顔に熱に潤む目、額に張り付く前髪が、いかにも調子が悪そうで庇護欲をかきたてる。

それは皆も同じなようで、一様に頭を左右に振って否定した。

「いいのよっ、ルークはいつも前線で頑張ってくれるし」

「そうですわ。こう言う時だからこそゆっくり休むべきですわ」

「よし。俺が何か消化に良さそうなモン作ってやるよ。やっぱりおかゆかな?」

「アニスちゃんも手伝うー!」

「ミュウもお手伝いするですの!」

本当―――愛されていて何よりな事だ。

「はいはい、それでは食事は皆さんにお任せして良さそうですね。出来たら買出しを…消耗品の補充もよろしいですか?」

「分かりました」

「ではお願いします」

病人にもよろしくない騒ぎを手を叩いて収め、皆が部屋から出ていくのを見送る。そして扉が静かに閉まると、部屋は途端に二人きりの静けさに包まれた。

もっともベッドに横たわることしか出来ない彼は、どうにも騒ぎようはないのだけれども。

「やれやれ…貴方は皆に愛されてますねぇ」

「…ジェイド…」

思わず苦笑を零して言えば、くい、と袖を引かれる感触と、名を呼ぶ掠れた声。振り返れば、何処か焦点の合わない目がこちらを見上げていて。

「どうしましたか?…寒いなら私のベッドの毛布もかけてあげましょうか」

袖を引く手に触れると、手の平が汗ばんでいて少し熱い。普段から自分より高い体温だが、それよりも高いようで。寒気がするのは熱のせいだ。

けれどもそう言えば、彼は緩く頭を左右に振った。

「だい、じょうぶ…違うんだ。俺、迷惑掛けてるなって…ごめん…」

そう、とぎれとぎれの謝罪の言葉に苦笑が漏れる。

彼らしい、弱気の発言だ。自分の不調のせいで旅が中断する事に負い目を感じているのだろう。

本当に実に彼らしい…けれどもそれはいらぬ心配だった。

「一日休んだくらいで滅亡する程、世界は柔ではありませんよ」

「けど」

「それに、病人に心配される筋合いもないと思います」

「あ…ご…ごめんなさい…」

きっぱりと言ってやれば、ただでさえ弱気だと言うのに、更に発熱で余計弱気になっている彼は表情を曇らせた。

別に言い過ぎたとは思わない。反論して来ないのは彼自身、そう思っているからだ。無駄な事だとこちらは思っていても、純粋が故、すべてを真に受けて自分が悪いと思ってしまう。

彼はもう少しくらい、無責任でいても良いと思うのだけれども。

「ルーク」

「っ」

沈んだ顔に手を伸ばし、そっと熱っぽい頬に触れてやる。すると始めはびくりと肩を震わせるものの、おず…と遠慮気味に顔を擦り寄せてきた。

自分の方が平熱も低く、ただでさえ彼は発熱している。恐らくこちらの手の平が心地よいのだろう。そう心地良さそうにしているものだからその頬を撫で、額に手の平を押し当ててやる。すると安堵の吐息すら零れるから、少し笑って、汗ばんだ髪の撫ぜてやった。

「余計な心配ばかりしていては、治るものも治らなくなります。こんな時ばかりは甘えてもいいのですよ?皆にも、私にも」

「…うん…うん…」

 目を閉じて何度も頷く彼が愛おしい。

 そう思ってベッドの縁に座り、体を折って彼の頬にキスを落としてやった。唇で触れたそこも、やはり熱くて。

「眠りなさい。目が覚めたらガイが作ってくれているだろうおかゆを食べて、薬を飲みましょう。そうすれば明日にでも良くなりますよ」

 顔のあちこちに何度もキスを落とせば、赤い顔をもう少しだけ赤くして見上げる彼の視線に微笑む。

「…おやすみ、ルーク」

 その目蓋をそっと手の平で覆ってやれば、ゆっくりと肩の力が抜けていく。眠れれば、多少体力も回復するだろう。そうすれば食欲も湧くだろうし、胃に物を入れれば薬の出番になる。

 手持ちの薬を調合して、解熱の薬を作らなければ。それぐらいの薬を作るくらいの準備は…。

 そっと目を覆う手を離し、ルークが目を閉じているのを確認すると腰を上げる。すると…。

「…おや」

 くい、と服の裾を引かれる感触に、振り返る。見やると、目を閉じたはずの彼が目を開け、不安そうにこちらを見上げていた。

「…ジェイド」

 幼子が不安げに呼ぶ声に、思わず溜息が漏れる。

「仕様のない子ですねぇ…」

 再び腰を下ろし、その頭を撫でてやった。

 風邪を引いて寝込むと、何処か不安になるものだ。それが子供ならばなお更で。

 彼にそのように求められて、悪い気は起きない。むしろ病床で弱っていて尚、頼られているということに、いらぬ優越感は湧くばかりだ。

「貴方が眠りに就くまで、傍にいてあげますよ。何なら子守唄でも歌って差し上げましょうか?」

「そ、それはいい…けど、ここにいて欲しい…」

「…甘えていいと言ったのは私自身ですしね」

 苦笑して、目蓋にキスをしてやる。すると熱でつらいはずなのに嬉しそうに笑うものだから、おまけに唇にも一つキスを与えれば、さすがにそれには驚いたようで。

「風邪、うつっても知らないからな…」

「うつりませんよ。貴方とは鍛え方が違いますから」

 半目で呟かれてしまった。けれどもそれを笑って一蹴し、毛布から出ていた手を握ってやった。

「………ジェイド」

 呼ばれ、握った手を緩く握り返される。

 

「―――ありがとう」

「その言葉は、早く良くなってからくだされば結構ですよ」

「うん…けど、ありがとう」

「―――貴方の為ですから」









みんなルークを可愛がりすぎですよ…!
基本的にパーティはルークアイドルの方向なので、風邪を引いた日にはそりゃ大変です(皆が)
でもやっぱりイチバン過保護なのは大佐なんですよ、きっと。
きつい事言いながら、甲斐甲斐しく看病とかしちゃう人なんですよ(ウチのジェイドだからか?)
そしてそれに甘えるルーク…。
デキデキなカップルです。

さつき様からのリクエスト『お熱ルーク』でした。
リクありがとうございました☆