+続・甘い罠+

 

 

 

「ご、ごちそうさま」

「あら、ルーク。もうよろしいのですか?」

「まだ料理が少し残ってるぜ」

 がたん、と彼が席を立つ。

 夕食の席だった。泊まった宿屋が一階で酒場を兼業しており、そこで皆で夕食を取りつつ、明日の打ち合わせを行っていたのだが。

 食事も早々に、彼…ルークがいきなり席を立った。

「どうしました、ルーク?」

 尋ねると、きょろ、と視線がさ迷った。何か隠しているような、そんな様子だが、敢えてそれにはつっこまないで視線だけで言葉を促す。

 すると彼はこちらも見ずに、

「あ、あのさ、俺、腹いっぱいになったし疲れたから…先に部屋に行ってようかと思って…」

「そうか? 調子悪いのか?」

 すると一番に心配するのは、過保護な使用人だ。けれどもルークは頭をぶるぶると左右に振って否定すると、笑ってみせる。

「そんなんじゃないけどさ…ちょっと疲れて、腹も膨れて眠いしさ。だから…お、おやすみ!」

「ならいいんだが…」

「おやすみ、ルーク」

「おやすみなさい」

 それ以上皆に突っ込まれたくないのか、彼は慌てて酒場を出て行ってしまった。そのままばたばたと騒がしい足音は遠ざかって。

「なんかルークの奴、様子が変だな」

 もちろん納得していなかったのか、出て行った扉を見つめながらガイが呟く。それに皆も一様に頷いて。

「そうですわね。大佐、お部屋に戻ったら、ルークの様子を診てくださいませんこと?」

「そうですね…まあ、気になりますしね。大事になる前に診ておきましょうか」

 頷き、グラスに残っていたワインを空けてしまうと、彼に続くように席を立つ。

実は先程も多大に様子がおかしかったのだが、自分は今朝から彼の様子がおかしい事に気が付いていた。落ち着きがないというか、そわそわしているというか。時折ちらちらとこちらを見る視線に気付いてはいたものの、何も言わないのならば敢えて触れないでいておいたのだ。

だがそろそろ、そこを突いてやってもいいだろう。

「この私に隠し事とは、いけない子ですねぇ…」

一人呟き、部屋への道を辿る。

その性格故か無知な故か、彼に隠し事は向かない。何かをしでかしたのか、今からするのか、それを暴くのも楽しいものだ。

「おっと」

などと考えている間に、危うく部屋の前を通りすぎるところだった。足を一歩分元に戻し、扉の前に立つ。だがすぐには入らず、耳を澄ませ、そっと中の音を伺った。

すると中からは…、『この、こ、こうか…?』とか『ああ!上下逆さまじゃねーか!』とか、はたまた『うきーっ自分じゃ上手く結べねぇよ!』などなど、何とも楽しげな声が聞こえてくる。

―――一体何をやっているのか。声だけ聞いている分には分からないそれは、大変興味をそそられる。

しかも、

『早くしねーとジェイドが帰ってきちまうのに…』

なんて聞かされた日には、これは押し入らなければならないだろう。そうと決まれば話は早い。

はやる気持ちを抑えつつ、扉をノックした。

「…ルーク?」

呼んだのは名前だけ。けれども中では明らかに反応はあって。

『ジェ、ジェイド!?』

バタバタギシギシ。ベッドの上にでもいるのだろうか。こちらの呼び掛けに、過剰すぎる反応が返ってくる。その様子に内心笑みを堪えつつ、口調はあくまで平静を装った。

「大丈夫ですか?皆が心配だというので早めに上がって様子を見に来たのですが」

『あ、い、いや…うん、別に大丈夫なんだけど、入ってくるのはもうちょっと待って…』

 拒まれた。どうやら何かの準備がまだ整ってはいないような素振りだ。けれどもそれを待ってやる程甘くはない。自分に隠し事をしてはいけないと、よく教えた筈なのだから。

彼と自分との間に例外があってはいけないのだ。

「駄目ですよ、ちゃんと診ないと、私が皆さんにしかられてしまいますから」

『あ、まだ駄目だって…!』

「入りますよ」

言いながらノブに手をかけて回す。するとドアの向こうが途端に騒がしくなり、こちらに向かって駆け寄る足音が。

…だがたどり着く前にドアを開けてしまった。

―――そこで見たものは。

 

「………ルーク?」

「ジェ、ジェイ、ド…」

 

開け放った目の前に、扉が開くのを阻止しようとしていたのか、こちらに手を伸ばした状態の彼がいた。その様子は特別変わったものではない。

…ただ、頭にほどけかけたリボンを結わえている事を除けば。

「何をしているのですか、貴方は」

「う…」

 その伸ばした手を取って中に入り、後ろ手に扉を閉める。

「朝からずっと様子もおかしかったし…私に隠していたのはこれですか?」

「〜〜〜こ、これはっ」

「理由をおっしゃってくださいますね?」

 ちょい、と頭に結わえた…と言うよりは付いている、と言った方が正しい様子のリボンを摘まむと、彼はかぁっと顔を赤く染めて視線を彷徨わせた。その様子をこちらはじっと何も言わずに見下ろす。

こういう時は促す事はせず、彼自身に言わせる方が良い。この困ったような恥ずかしがっているような、そんな間も愛おしいのだ。

 すると決心がついたのか、やや顎を引き、上目遣いに彼がこちらを見上げてくる。

「―――…今日、ホワイトデーだろ」

「そうですね。お昼にティア達にバレンタインのお返しをしましたから…おや」

 今日はホワイトデーで、先月チョコレートをくれた女性陣に、男性陣でお礼と称してささやかな贈り物をしたのだ。けれどもふと、そこで思い出す。

そう言えば、一ヶ月前のバレンタインの時、この目の前の彼にチョコレートをあげ、とある約束をしてもらった事を。

「もしかして」

 全容を思い出しリボンを付けた彼を見下ろすと、赤かった顔がさらに耳まで朱に染まり、こちらの視線を避けるようにうつむいてしまう。そしてぼそぼそと、聞き取りにくい声で。

「いっ、色々考えたんだけど…何も思いつかなくて…あげれるような物も他にない、し……」

 本当は何か物をくれようとはしていたらしい。けれどもそれが思いつかなくて、焦って、困って。結局は自分のセリフを真に受けて実行しようとした。こんなリボンまで用意して。

そんな次第に恥ずかしさに消えていく語尾を聞いていると、じわりと何かが胸の奥に湧いてくるのを感じる。

「…だからリボンを付けて、ベッドで大人しく待っていようと?」

「だってジェイドが…それが欲しいって言ったじゃん…」

 リボンに触れる手の袖を、彼がぎゅっと掴む。

 ―――湧いてきたのは目一杯の愛しさと、その底を這うような欲望。

 自分ですら忘れていた事だった。別に見返りが欲しくて彼にチョコレートを渡したわけではなかったのだから。それなのに彼は困り果てて、悩み、…結果こちらが冗談で言った事を真に受けてしまった。

 綺麗にラッピングして、ベッドで待っていようとしたのだ。

「―――私は綺麗にラッピングして待っててくださいね、と言いましたね、確か。けどこんなにへたくそにして」

「じ、自分で自分にリボンなんて結ばないだろ…!」

「不器用ですからね、貴方は」

 しゅる、と髪の束に無造作結わえられたリボンを解くと、何をされるのかと見上げる彼の首にそれを回す。すると思わず肩をすくめる彼の前髪にキスを贈って、少し緩めにリボン結びをしてやった。

 その様子はまるで首輪のようであったけれど。

「ほら、ここに結んだ方が結びやすいでしょう?」

「あ、ありがと…お!?」

「…そんなわけで。ご好意に甘えて遠慮なく、頂かせていただきます」

 礼を言った彼をひょい、と抱きかかえると、そのまますたすたとベッドへと向かう。

「ジェ、ジェイドっ」

 すると横抱きにされた彼が、焦ったようにこちらの髪を引っ張る。もちろん、それでびくともするわけがなく、懇切丁寧にベッドに横たえ、逃げる間も与えずにその上に覆い被さった。

 真下にリボン付きの彼を組み敷く、というのも不思議な構図だ。

「バレンタインのお返しに、貴方をくださるんでしょう?」

「う…で、でも…他に方法があるんならそれでも…」

「私がもらって一番嬉しいのは、このお返しですよ。貴方は本当に私のことをよく分かってらっしゃる」

「〜〜〜〜〜っ」

 しれっと言えば、真っ赤になった彼が口をぱくぱくとさせる。

 無知故に、可哀想だ。

ホワイトデーのお返しなど、クッキーでもキャンディでも、色々と方法があるだろう。けれども何も知らない彼は、自分の教えた事しか分からない。そうする事しか出来ない。

 間違いだと分かっていても間違いだとは言えない事は、間違いではないのだから。

 組み敷かれ、困惑し、それでも彼は大人しかった。ただ、赤いだけの顔の熱は治まらず、目元まで赤く染めて。

やがてこちらをじっと見上げ、口を開いた。

「ジェ、ジェイドが俺でいいって言うなら…」

 もちろん否などあるものか。それには言葉ではなく、笑みで答えて。

「―――それでは、頂きます」

 勝者の笑みを浮かべるとリボンの端を口に咥え、自ら結んでやってそれをしゅるりと解いてやったのだった。









ホワイトデーネタでした。
一時間ほど間に合わなかったですが…!!
ルークは絶対ホワイトデーに何をあげるかなんて知りませんから、
困って困って困り果てて、結局ジェイドの思惑通りに事が進んじゃうに違いない。
キャンディやクッキーよりも絶対こっちのがいいしね!

口にリボンを咥えてほどくジェイドが書きたかった…!!