+用意周到+

 

 

 

「じゃあちょっと母上に会ってくるから」

「じゃあ俺たちはその間に買い出しに行ってくるよ」

マルクトとキムラスカの間の連絡役としてバチカルに帰って来たところだ。

体が弱くて極度の心配性である母の心労をやわらげる為に、なるべく無事な顔を見せてあげてやりたくて立ち寄る事にしている。心優しい母はそれだけで喜んでくれるし、何より心配のかけすぎで倒れでもしたら、アッシュも黙ってはいないだろう。

そんなに心配なら自分も顔ぐらい出してやればいいのに、と思うのだが。

何にしろ、ちょっと行って、ちょっと顔を見せてくるだけだ。普段なら皆が買い物を済ませている内に一人で帰るのだけれど。

「ルーク」

不意に呼ばれて振り返ると、離れようとする皆に背を向けてこちらを見遣る彼。

「ん?」

「今日は私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「ジェイドが?」

珍しい事もあるものだ。ジェイドはマルクトの人間で、ルークの家はキムラスカ内外でも王家に連なる名家と名高いファブレ公爵家。居心地も良くないだろうと思っていたのに。

「いえ、母君も貴方が私のようなしっかりした大人と行動しているのだと知れば、よし安心なされるだろうと思いまして」

言う言葉の中にさりげなく自身を持ち上げるような言葉が使われていたみたいだったが、敢えて突っ込まないことにする。それに、彼の言った提案も悪いものではない。

「そうだな…うん、分かった。ジェイドも来てくれよ」

「喜んで」

何がそんなに嬉しいのかは分からないが、考えてみればいい案だ。ジェイドはマルクトの人間だが、母は父のようにマルクト嫌いではないし、何より対外的には基本的に紳士な彼の言葉なら、母も安心してくれるだろう。

「んじゃ行くか」

「はい」

納得したところで、彼を連れ立って屋敷へと戻る。

この時はジェイドが何を考えて付いていきたいと言ったのか、まったく気付いてはいなかった。というか、後で考えても思い付くわけがないんだ。

―――ジェイドが、何を思って付いてきたかなんて。

 

 

予想した通り、礼儀正しく紳士的な振る舞いのジェイドに対し、母は終始機嫌が良さそうだった。

彼がマルクトの将校であることを説明しても態度が変わるわけでもなく、彼の話に耳を傾けている母は楽しそうですらあり、逆に自分が手持ち無沙汰な気分を味わうはめになる程で。

「ジェイド、そろそろ…」

「あぁ、すみません。つい話し込んでしまいました」

「…別にイイケドさ…」

何だか面白くない気分で言うが、気付いていないのか、気付いていて気付いていない振りをしているのか、ジェイドはこちらを見ずに床に膝をつき、母に深く頭を垂れて見せる。

「それではそろそろお暇させて頂きます」

「えぇ、カーティス大佐。ルークの事はお任せしましたよ」

「はい。ご子息は私が責任を持って、ご無事に邸にお返し致します」

「〜〜〜」

何なんだ、この蚊帳の外のような雰囲気は。

やはり面白くない、そう思って余所を向けば。

「ルーク」

「あ、はい。母上」

「くれぐれも気をつけてね。それと、カーティス大佐にご迷惑をおかけしてはいけませんよ」

「………ハーイ」

どうやら彼はすっかり気に入られてしまったらしい。これがまだマルクト嫌いな父が今日屋敷にいたら、話も変わって来ただろうに。

別れ際にぎゅっと抱き締められて、ルークはジェイドを連れ立って母の部屋を出た。扉を閉める時にすら恭しく頭を下げる彼は悔しいが、完璧に大人だ。

ジェイドを利用して母を安心させる作戦は、まんまと成功しただろう。けれども…。

「どうしましたルーク。何やら浮かない顔ですね」

憮然としていたのに気付いたのだろう。反して上機嫌な彼は、歩きながらこちらを伺う。
「…別に、なんでもないよ。て言うか何でジェイドはそんなに機嫌が良さそうなんだ?」

蚊帳の外にされて機嫌を損ねているなんて知られたくなくて話を反らせば、

「えぇ。まあ…第一歩はクリアかと思いまして」

深まる笑みを隠しもせずに彼は意味の分からない事を言う。

「第一歩?」

一体何を彼は踏み出したつもりなのだろうか。

皆の待っているバチカル下層部へと降りるリフトに乗り込み、その顔を見上げてオウム返しに聞く。

どうやら付いて来た理由は別にあるらしいのは分かった。彼の事だから無償で何かをしようと言うのは考え辛いのだけれども。

「貴方のお父上はマルクトがお嫌いでしたよね」

「ん?あぁ、そうだけど…」

 父が表立ってそう口にすることはないけれども、キムラスカ人として、王家の縁戚として、『敵国』としては見ているようだった。ヴァンに対抗する為に手を組む今となっては、それもどうなったのか分からない。

 だが母と違って、恐らくジェイドに対してはあからさまではないにしろ、友好的にはいかないような気がする。表向きには互いに紳士的だとしても。

 未だ実現していない状況を想像して、そこにだけは居合わせたくないと思うルーク。思わず身震いをすると、そんな事を露とも知らず、

「―――昔から頑固親父を説得するには、まず母親を手なずけろと言いますしねぇ?」

「は?」

ガコン、とリフトが動き出すと同時にジェイドがそんな事を言った。

彼の言う事はいちいち遠回し過ぎて、自分には理解が出来ない。説明を求めて見上げ続ければ、眼鏡を押さえて溜息を付かれた。

「鈍いですねぇ」

「ジェ、ジェイドの言い方が分かりづらいんだよ!」

馬鹿にされたような、呆れられたような言い方に、かちんとくる。理解して欲しいなら、もっと分かるように言うべきだ。大体、だたでさえ彼の言葉は難しい語彙が多いのに。

すると…。

 

「………言っちゃってもいいんですか?」

 

「へ?」

「―――ここでそれを言っちゃってもいいんですか?」

「な、何だよその言い方…何言う気…?」

ものすごい笑顔で彼は聞いてきて、思わず少しだけ後ずさった。常に笑顔の彼がよりよい笑顔で言う時、あまりいい記憶がないからだ。

するとそんなこちらの様子に、彼はくっくっと笑った。

「そんなに警戒されても言いにくいですねぇ」

「〜〜〜〜一体どっちなんだよ」

そう言い終わったところでガコン、とリフトが止まる。柵の向こうに見える広場には、すでに仲間たちの姿があって。

「おや、皆さんが待っていますね。行きましょうか」

「おい、話はまだ終わってないだろ」

はぐらかして行こうとする彼のひらめく裾を引けば、その足は止まる。傍に近寄って見上げれば、

「ルークはせっかちですね」

「っ」

言われ、頬にキスが降って来て慌てて離れる。ここはバチカルだ。何処で自分を知る者の目があるかも分からないと言うのに。

「ジェイド!」

 掠めた唇の感触を押さえながら見やると、彼はもうこちらを置いて先に下りていこうとしている。はぐらかされたのは明白で怒ったように呼べば、彼は肩越しに振り返り、軽く肩をすくめて見せる。

「ふふ、こんなムードもへったくれもない場所で言うのはもったいないので、また別の機会に、と言う事にしましょう」

「だからぁ、ムードとか、別の機会とか、意味わかんないっつーの」

「それはまあ、私の心意気です。大丈夫、悪いようにはしませんから…」

「あ、大佐〜」

 言いかけた言葉を、こちらに気付いたアニスの声がさえぎる。するとこちらがそれ以上何か言う前に、

「お待たせしました」

 と彼は階段を降りていってしまって。

「何なんだよ、ほんとに…」

 結局何一つ分からないままはぐらかされて、振り回されたままで終わってしまった。飄々とした背中は、明らかに何かを企んでいそうなのだけれど。

 

「―――ルーク、置いていきますよ?」

「〜〜〜分かってるよ!」

 

 急に振り返った彼に促され、それでも渋々と追いかける。

 ジェイドの考えている事は分からない。分かったとしてもそれが理解できるかどうかなんて…更に分からないのだけれども。









ルークは気付かないでしょう。
ジェイドが密かにルークを嫁にもらう計画を…ゲフゲフ。
母上は恐らくジェイドの口車に乗せられてしまいそうな感じなのですが、
父上は厳しそうです。
こう、レプリカルークを認めた後(ガイの形見の剣の話以降とか)だと余計に。
「お前のような怪しい男に息子はやれぬ!」
とか何とか。
まあ嫁というか養子かな?

頑張れ大佐!
ルークはまったく無自覚なので、これからが大変です。