+当たり前の事+

 

 

 

「あ、猫だ」

「おや」

 ふと買い物の途中、道端で猫に出会った。薄茶色の背中に、腹の毛だけが真っ白な猫だ。

 別に街中で猫に出くわすことは珍しいことではない。けれども思わず足を止めて声をかけてしまうと、猫は一声鳴いて傍に寄ってきた。

 ルークの足元にすり、と擦り寄った猫。

「何だ、こいつ。なつっこいなあ」

 しゃがんで手を伸ばせば、喉を鳴らしながらその手にも頭を擦り付けてきて。

「飼い猫でしょうね。首輪をつけてますよ」

「ほんとだ。毛が長いから埋もれてる」

 撫でると、首に青いリボンが巻かれているのが分かる。その色合いを見て、ふと。

「何かこいつの色、ジェイドみてぇ」

「失礼な。猫と一緒にしないでください」

「だって、薄茶色の毛に肌白で、青い首輪だし」

 なつっこい猫は、ルークに喉元を撫でられて嬉しそうに喉を鳴らす。その様子を隣で見ていたジェイドが、ふと同じように手を伸ばした。

 が。

「…なんだよ、避けられてやんの」

「……えり好みとは生意気ですね」

 ジェイドが手を伸ばした瞬間、猫はびくりと飛びのいてルークの陰に隠れてしまう。そのままルークの足にすりすりと頭を擦り付けるものだから、ルークは笑った。

「別にジェイドはお前を取って食やしないよ」

「人聞きの悪いことを言わないでください。それに…まあ、昔から子供と動物には懐かれない性質ですからね。今更避けられても痛くもかゆくもありませんが…」

 言いながら、また彼が手を伸ばす。避けられると分かってて何故手を出すのだろうか。

「あ」

 すると案の定、猫はジェイドの手から逃げるようにルークから離れる。そして少し離れたところで一度振り返るが、そのまま路地裏へと消えてしまった。

「…行っちまった。何すんだよ、酷ぇな」

「酷いのは貴方ですよ、ルーク」

「へ?なんで?」

 その様子を見送ってから立ち上がると、隣に立つジェイドの言葉に首を傾げる。旅を続けているとあまり動物と接する機会も少なく(ミュウは別だが)、もう少し構ってやりたかったのだけれども。

すると首を傾げるこちらに、彼は眼鏡の真ん中を押し上げると、にこりと笑って言い放つ。

「そんなに私に嫉妬させたいのですか?」

「…………………はあ?」

 一瞬言っている意味が分からなくて、思わず聞き返す。まさかそんな言葉が彼の口から出るとは思えなくて。

「貴方は基本的に子供や小動物に好かれる性質のようですから、私は始終ハラハラドキドキ、ジェラシーストームしまくりで身が持ちませんよ」

 つらつらとそう言ってみせる彼を見上げる。相変わらずの人を食ったような笑顔だ。本心で言っているのか、冗談なのか。この笑顔のせいで彼の思惑はいつも計れない。

「…本気?」

「おや、私の言っている事が信じられないとでも?」

「でもさあー…猫とか相手に」

 皇帝陛下相手ですら、笑顔で無下に言い下す彼なのだ。その彼が猫相手に。まさか嫉妬とか言い出すなんて。

「―――貴方は私を買いかぶりすぎですよ」

「え、わ」

 にこ、と笑った彼が、不意にルークの手を掴んだ。

「好きな人に擦り寄ったのが例え猫であっても、嫉妬だってするし、牽制もするんです」

「おい、ジェイド」

「動物と言うのは鋭いですからねぇ。猫が逃げるのも仕方がないと思いますよ。まあ、貴方はまったく気付いてくれませんが」

「ジェイド、手…!」

 手をつかまれたまま、歩き出す彼の後をついていく。一見すると子供を引率している大人の様子ではあるものの、街中で半ば手を繋いでいる状況に(だって指を絡めるように握られているのだ)、ルークは先行する彼を呼んだ。

 すると少しだけ歩調が緩まって、並んで歩くことが出来るようになる。未だ手を握られたままだが、並んでしまえばそんなに気になるような事でもない。

「何なんだよ、もう」

「すみませんね」

 手を握られたまま、呆れて溜息をつく。そして見上げると、思いがけず、ジェイドが困ったように笑うのが目に入った。

 

「―――私だって嫉妬くらいするんです。貴方が好きなんですから、仕方ないでしょう?」

 

「…////////////////////ッ!!?」

 そう、何気なく言われた言葉に、かあ〜っと顔が熱くなった。

 好きだから、嫉妬する。そんな当たり前の言葉を彼が言っただけだと言うのに。

 …死ぬほど、恥ずかしいのだと思った。

それと同時に嬉しい、とも。

「おや、何を真っ赤になっているんですか?」

「…な、何でもないっ」

 分かっているくせに聞くのは、いやらしい。

 握った手に汗をかいているのは、手袋越しでも分かっただろうに。

「変な子ですね。…あぁ、そうだ。ルーク」

「何?」

 手は繋いだままに、買い物を再開しようと歩き始めると、ふと思い出したように彼が呼ぶ。

 

「動物を触ったから、宿に帰ったら手を洗わなくてはいけませんよ」

「……その手を触ったジェイドも、だろ」

「手袋越しなんですけどね」

 

 ぎゅっと思わず握り返した手が熱いのは、どちらのせいなのか、もうどうでも良い事だった。









とうとう動物にまで嫉妬する大佐…!
大人気ないというか。
ばかっぷるめ!
今までにない感じに大佐が受けっぽいとか思うのは私だけですか?

初々しいジェイルクを目指したつもりなのですが、
どうだったでしょう…。