ケテルブルグの夜は寒い。

暖炉をつけなければ、夜の室内ですら凍えそうなほどに。聞こえるのは薪の燃える、火のはぜる音。そして、無音に近いほどの雪の降り積もる音。

欲しかったのは言い訳と、建前。逃れられない恐怖から逃れる為の、ぬくもり。

「こちらへいらっしゃい、ルーク」

 そう言って毛布をめくる彼は、ただ、優しかった。

 

 

+凍えそうな夜+

 

 

「でも」

「いいんですよ。二人の方が温かいし、何より貴方自身も温かいですからね」

だからおいで、と。

優しい笑顔と優しい言葉にうながされると、その誘惑に勝てない。それを知っているから、彼もそう優しく呼ぶのに。

「…うん」

頷き、枕を抱えると冷えたベッドに背を向ける。

「開けておくのも寒いから、早く入りなさい」

「う、ごめん」

枕を彼のものと並べ、捲くられた毛布の隙間に体を割り込ませる。するとすぐに抱えられて、彼の傍へと引き寄せられた。

―――…温かい。懐に抱かれてそう思い擦り付けば、頭上から苦笑を織り交ぜた溜息が漏れた。

「温かいと思ったのですが、今夜のルークは冷たいですねぇ」

「ご、ごめん」

「あんなところで突っ立っているからですよ」

言って、ぎゅっと抱きしめる腕の力が強くなった。髪を撫でられ、額にキスが降る。

普段は彼の方が低いくらいの体温なのに、今はそのどれもが温かくて、優しくて。包まれて緊張が緩んだのか、彼にされるがままになった自分は、彼の襟元に擦り付いた。

「ジェイドは…あったかい」

「貴方が冷えすぎているんですよ。髪も足も…体のどこかしこも」

 そう言って彼はこちらの手を取り、口元に持っていってはあと吐息を吹きかける。そうされるとじんわりと熱が冷たい指先に宿って、そこから溶けてしまいそうにじんじんとし出す。

 それほどまで、自分は突っ立っていたのだろうか。

 

―――…嫌な予感があった。

悪夢も何度も見れば、やがて予感が過ぎるようになる。あれは自分で犯した罪の証。逃れる事も避ける事も出来ないもの。

それなのに…予感が過ぎれば恐怖が先走る。

眠る事への拒絶。眠らなければ恐怖は訪れないのだから。

 

けれどもこの腕の中では…。

「ジェイドとなら眠れるんだ…」

「…ルーク」

 離された手を胸に当て、大切なもののようにもう片方の手で包む。

「逃げる事は駄目だって分かってるのに」

そうしてぼそぼそと温かさに浸りながら呟いて、目を閉じた。彼の胸に抱かれると、その温かくていい匂いに眠気を誘われる。ようやく訪れた始めたそれに、ただ祈りたくて。

 

―――今だけ、せめてこの腕の中だけでは悪夢を見ませんように。

 

 自分の悪夢が、彼を蝕んでしまわないように。

そんなことを思っているなんて言ったら、彼は余計なお世話だとしかってくれるんだろうか。

それとも……。

「…こんな狭い場所でいいなら、いつだって貴方の為の居場所を作ってあげますよ」

 温もりにとろけそうになって、言葉に泣きそうになって。

「ごめん…ジェイド…ごめん」

謝れば、ぽんぽんとあやすように背中を軽く手の平が叩く。

「…こういう時は謝罪ではなく、御礼を言うべきです。私にしてみればごく当たり前の事をしてあげているのですから」

 髪に顔を埋めるようにして言われ、伝わる言葉に胸が痛くなった。けれどもそれをけして表には出さないで、ただ。

「ありがとう…ジェイド」

 これだけは伝えたくて、震えそうになる声を抑えて告げる。告げて、より彼に引っ付いていたくて開いた襟の隙間に顔を寄せれば、ぽろりと零れた温い液体が彼の喉元を濡らしてしまった。

 するとその事を指摘はせず、髪と額の境目に唇が押し当てられる。

このまま彼に溶けてしまえばいいのに。この優しい彼に。温かい彼に。

それでも凍えるように寒い夜は、消えないけれど。

 

「…私に出来る事はこのくらいですから」

 

 自嘲気味に囁く彼の言葉にまた、温い液体は勝手に零れ落ちた。









む、難しい…切ない話って書くの大変なんです。
と言うか本当はバカップルな話を書くつもりだったのにー!
本能の赴くままに書いていたら、いつのまにかルークを泣かせてました(オイ)