+君と温む2+ 「やれやれ、砂嵐とは参りましたね」 砂漠越えで砂嵐など珍しい事ではない。 砂漠に着陸出来ないアルビオールをケセドニアに置いてザオ遺跡に行ってきた帰りだ。途中突発的な砂嵐に見舞われたものの、無事にケセドニアに帰還。その代償は疲労と、服や髪のあちこちに入り込んだ砂だった。 「髪の毛ん中じゃりじゃりだ…けどアスターさんが風呂貸してくれて良かったよな」 するとそんな自分たちを見兼ねた(中には王族だっているのだ)アスターが、快く部屋を用意してくれた。小さな用事に立ち寄ったとは言え、その心遣いは感謝したい。 どの道精密機械の塊であるアルビオールに、大量の砂を持ち込む訳にはいかないのだ。 「そうですね。砂漠では水は貴重ですからね」 けれどもそんな事は今や建前に過ぎない。彼の言葉に適当に相槌を打ちつつ、砂だらけの上着を砂をなるべく落とさないように脱ぐ。隣の彼も同じ様に服を脱ぎ始めていて。 「貴重な水ですからね。一緒に入って少しでも余計な水を使わないようにしないと」 「まあ…それは仕方ないよな…」 ニコニコと笑顔で言えば、さすがに警戒したのか、眉をひそめて彼はこちらを半目で見遣る。 「仕方なくだからな…何もするなよ」 「おや、何をおっしゃいますか。今まで一緒に入って何もした事ないでしょう?」 そんな言葉に、最初はおもいっきり警戒されていたのを思い出す。だがあれから何度か一緒に入ったが、バスルームで手を出した事はない。それでも彼は、一緒に入るたびにこのように確認してくる。 そんな言葉…逆に期待でもされているのかと思い込んでしまうと言うのに。 だから、 「まずは砂を落とす事が先決でしょう?さあさあ、早く脱いで脱いで」 「う…そうだな」 毎度、『襲わない』と約束することはやめている。彼はその事にまったく気付いていないのだけど。 「お湯は張った方がいいかな」 「温めに入れましょうか。疲れているでしょう?」 そのおかげか、確認した後の彼は無防備で、さっさと服を脱ぐとカーテンの向こうに行ってしまう。それにこちらにそのように伺うと言うことは、彼の中で一緒に入る事は嫌ではないと言っているようなものだ。 (余程信頼されているのか…) 嘗められているわけではないのは分かる。彼にそのように信頼されるのは悪くない。だがいつでもこちらは機会を伺っているのだと、それは教えてはやれないのだけど。 苦笑し、先に入った彼に続く。 「おや、これはすごい」 さすがケセドニアを一国として立ち上げた大商人宅の客室だ。ケテルブルグのホテルの、一等室並の設備がバスルームに備わっていた。 「石鹸や頭洗う奴もあるよ」 「それはありがたいですね」 まさかこんな砂漠の街で贅沢出来るとは。 シャワーのコックを捻るとお湯がちゃんと出る。それを高い位置にかけて、お湯を貯めていたルークを前に招いた。 「来なさい、頭を洗ってあげますよ」 「え、いいよ…自分で洗えるし」 「貴方の雑な洗髪では砂が残ってしまいます。アルビオールを壊す気ですか?」 「う…分かった」 もちろんそれっぽっちの砂でアルビオールが壊れるわけがない。けれども無知な彼は素直に私の言葉を信じ、私の前にやってくる。 「床にこちらに背を向けて座りなさい…そう。俯いて、目はちゃんと閉じなければ砂が入りますよ」 「はーい」 随分と素直でやりすい。高い位置にかけたシャワーを手に取ると、彼の頭に湯をまんべんなくかける。けれどもそれだけではまだ髪の隙間に手を入れると、じゃり、と指先に砂が当たる感触があった。 「まだー?」 「砂が細かいからしつこいですね。シャンプーも使いますよ」 手を伸ばしてシャンプーを取るときに見れば、彼は俯きながらぎゅっと目を閉じていて。それにまた食指が動きかけるが、ここは一つ信頼を失う行為は控えておこう。 シャンプーを手に取り、軽く手の中で泡立てれば、花のようないい香りがした。 「目はそのまま閉じていなさいね」 幼い子供に言い聞かせるように言って(実際その通りだが)、その赤い髪に指を入れる。わしわしと頭皮を揉み込むように洗ってやれば、量の多い髪はすぐさま泡まみれになった。 「ルークの髪は太いけれど柔らかいですねぇ」 「それって褒めてるのか?」 「私は毛質が細いものですから。ルークみたいな髪は撫でると気持ちがよくて好きです」 「あ、ありがとう」 「いえいえ。…さ、もういいでしょう。流しますよ」 「わ。ちょっと待って…!」 目を開けてしまっていたのか、シャワーのお湯を再び頭にかけると慌てたように彼は言う。けれども最初にこちらが目を閉じているようにと言っておいたのだから、彼が今目を開けていてもそのまま流してしまうことにする。 けれども間に合ったのか、彼がシャンプーが目に沁みて声を上げるような事はなかったのだけれども。 ゆっくりと髪をすくようにして、泡を洗い流す。すると不意に、 「―――あー…気持ちいい」 ぼそり、とうつむき加減の彼から聞こえた言葉。 (無防備すぎますよ、ほんと) まるでこちらの気持ちも知らず、無意識のうちに出たような言葉なのだろう。もともと自分に頭を撫でられるのが好きだという彼だから、丁寧に髪を洗ってやればそう思うはずだ。 そのたった一言で、自分がどう思うかなんて露知らず。 「…はい、おしまいです。もう大丈夫ですよ。たぶん砂も落ちたでしょう」 「へへ…サンキュ」 濡れて額に張り付く髪をかき上げてやり、秀でたそこにキスを落とすと、彼は照れたように笑った。それは信頼されているものにのみ向けられる、彼の全開の笑顔。 (ひどいですね、まったく…) さすがにそんな顔をされたのでは、もう手を出す気にもなれない。まだいつ手を出されるかびくびくされていた方が、こちらも気兼ねなく食指を伸ばせるというのに。 ―――今回も失敗だ。 たった一つの言葉と笑顔に負けるなんて、自分はどうしてしまったのだろう。 「さて、ではようやく私も頭を洗うとしますかね」 「あ。俺が洗ってやろうか?」 にこにこと嬉しそうに彼が言う。まったくの無防備、警戒心ゼロ。 本当にこちらの気も知らないで。 「遠慮しておきます」 「なんでだよ!」 「その格好で近寄られると、理性が持ちそうにありませんので」 「!!!」 最早心にもない事を言えば、さきほどまでのくつろぎっぷりは何処へやら、途端顔を赤くして、警戒したようにじりじりと身を引き始める。その様子に思わず笑ってしまった。どうやら、こちらが少しでもその気を匂わせると駄目らしい。 まったくもっておかしな話だ。夜ベッドではもっとすごい事をしてやっているというに。彼の中で、『風呂場』と言うのは何か禁忌的な意味合いがあるのだろうか。 「…冗談ですよ。貴方の雑な手つきじゃ、いつまでたっても砂が落ちそうにありませんから」 言いながら、シャワーの口を自分の頭へと向けた。 おとなしく一緒に風呂に入ってくれるだけ成長したのだ。楽しみはとっておくに限る。 ―――今はただ、不快な髪に混じる砂を落としてしまう事に専念しようと。 「………冗談だったんだ…」 「…?何ですか、ルーク?」 「な、何でもない」 だからぼそりと聞こえたような言葉は、シャワーの音に紛れてよく聞き取れなかった。
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風呂話第二段(第二話?)はジェイド視点から〜。
うかがってますよ…チャンスを。
お風呂は難なく一緒に入れるようにはなったようです。
て言うかアレ。
ルークはもしかして…。
また次回に続く。