―――他人の秘密というものは、見ては駄目だとは分かっていても知りたくなるもので。

 そういう好奇心は年と共に置いてきたものだとばかり思っていたのだが、そうでもなかったらしい。今、目の前に明らかに日記と呼ばれる物が放置されている。タイトルはなく、代わりに番号が振られていた。

少し厚めの表紙のそれは使い古している為か、あちこち痛んでいる場所が見受けられる。番号は恐らく号数。付け始めて何冊目、といった日記なのだろう。

 そして明らかにそれは、それを枕に幸せそうな居眠りをする彼の物だった。

 

 

+知られたい秘密+

 

 

(そう言えば日記を付けていると言っていましたね…)

 何でも誘拐されて発見された当時記憶を失っていた事から、またいつもし記憶障害が出たとしてもいいようにと、医師に勧められてつけているとのこと。もっともそれは記憶障害などではなく、ルーク自身その時作られたアッシュのレプリカである事から、もともとそれ以前の記憶を持ち合わせていなかった故、という事が分かっている。

 それでも長年の習慣をやめる事はなかったらしい。けれども自分がいる場所で書いているのを見た事がない。いつも道具袋の奥に隠しているのは知っていたが…。

「無防備ですねぇ…」

 こっそりと見た事のあるミュウによれば(代筆もしたことがあるらしい)、日々起こった事や自分の思った事を書き連ねる、極普通の日記らしかった。

旅に出ている今もそれを続けているのは、ちゃんとよく習慣付けられている証拠だ。日記を付けるのは悪くないと思うし、彼の年頃としては褒められるべきだろう。

「私の事も書いてあるんでしょうかね」

 日々の出来事を書き連ねる日記、と言うからには、その可能性は低くない。出会ってからしばらく経つが、出会いの頃の印象とは大分変わった彼の日記。その中で自分も変わっていく様が記されているのだろうか。

 

 ―――出会いの頃は、興味など湧かないただの子供だったのに。

 

「…見られて困る物は、置いておいてはいけませんよ」

 ひそかに、笑う。

 だが、日記に手を伸ばす事はしなかった。人が隠す事…取り分けこの子供が自分に隠し事をすることに興味はあったが、日記など盗み見るものではないと、さすがにわきまえている。

 手を出したのは、彼自身に。日記を書き終えたところで力尽きたように眠る彼を、このまま放ってはおけないだろう。抱き上げて、ベッドまで運んでやろうと思う。

 優しい自分など、信じられないものだ。

 膝の裏と背中を支えて抱き上げると、その高めの体温を心地よく思う。それに思わず目の前にあった赤い髪に唇を寄せると…、

「…ん…?」

 眠っていた彼がうめいて、ぼんやりと目を開けた。その様子に苦笑し、構わずそのままベッドへと運んで下ろす。

「ジェイド…?」

 寝かされた彼が、ちょい、とこちらの袖を引く。そのぼんやりとした様子を愛しいと思いながら、柔らかな髪を撫で付けてやった。

「日記を書き終えたまま、寝てしまっていたんですよ。ベッドに運びましたから、もう眠りなさい」

「ベッド…日記…?」

 こちらの言った言葉を逆に繰り返す。

「…日記…」

 もう一度繰り返して…はた、と目が見開いた。

「日記…!日記は!?」

 がばっと起き上がり、彼はあたふたと辺りを見回し始める。だからわざとゆっくり、机の上を指差してやった。

「机の上に置きっぱなしですよ」

「嘘、マジ…っ」

 するとさっきまで居眠りをしていたのも何処へやら、慌ててベッドから飛び降りると、一目散に机に駆け寄り、置きっぱなしになっていた日記を見つける。そしてそれを胸に抱き、はあ〜と深い安堵の溜息をついた。

「…良かったぁ」

「そんなに慌てて…見られて困るような物を放置しておいてはいけませんよ」

「み、見たのか!?」

 その様子に思わず言って見せれば、明らかに信じて日記を背中へと隠す。

「―――失礼な。そんな常識知らずではありませんよ」

「………」

「…本当に失礼な子供ですねぇ」

 疑いのまなざしを向けられ、むっとする。そんなにも自分は信用ないのだろうか。それとも…。

「私に読まれて困るような事でも、書いてあるのですか?」

 にこりと笑って尋ねれば、正直な彼はびくりと肩を震わせる。それからしまった、というような顔をするものだから、

「さすがにその反応は気になりますね…」

 そんな反応をされれば、気にもなってしまうではないか。

「べ、別に悪口とか書いてあるわけじゃないし!今日あった事とか書いてあるだけだから…」

「それならば見られても困るものでもないでしょう?」

「けど…駄目だからな!」

 それでも必死に隠そうとして、近寄るこちらから後ずさりし始める彼。その慌てぶりと詰め寄った分だけ後ろに下がっていく様子が面白く、ついついこちらも追い詰めていってしまう。

 最早日記の中身など、気にならないくらいに。

「…駄目ったら、駄目、だ…ジェイド!」

 気が付けば壁際まで彼を追い詰めていた。壁に背をつけ、自分とその間に日記を隠し持つ彼を、両手で壁に手をついて自分と壁の間に彼を挟んでしまった自分。

 そんな自分を、彼は怒ったような、困ったような、そんな大変可愛らしい顔で上目遣いに見上げていて。

 何だか泣きそうだ、と思ってしまった。泣かしてみるのもいいかも、とも。

「―――見ませんよ」

「!」

 けれども、別に泣かせたいわけではない。子供の日記を見る見ないで泣かせたのであっては、それこそ後味も悪かろう。

ずいっと顔を近づけるとぎゅっと目を閉じるものだから、代わりにキスを一つだけ落としてやった。するとそうっと目蓋が開き、こちらをそろりと見上げる。

「み、見ないのか…?」

「人の日記など見るものでもありませんからね。貴方だって見られたくないでしょう?」

「そりゃあそうだけど…何か……」

 言いかけた言葉が語尾に消える。

「おや、私に読んで欲しかったんですか?」

「そうじゃない…!けど…」

 背中に回していた日記を再び胸に抱き、また語尾を濁す。

「―――ルーク」

 彼の言葉を促すのは、優しく名を呼べばいい。

 するともごもごと何か言いたそうに口を動かす彼が、名前を呼ばれた事によって一度唇を引き結ぶ。そしておず、とまた小さく口を開いて言った。

「…ジェイドが見たいなら、見てもいいよ」

 思いがけない言葉に、少し驚いた。

「日記ですよ?」

「俺頭弱いから、もしかしたら間違った事とか書いてるかもしれないじゃん。間違ったまま書いてたりするのも嫌だし…」

 言いながら、胸に抱かれた日記がこちらに差し出される。使い込まれた表紙はぼろぼろだ。旅に出て持ち歩くようになってから、もっとぼろぼろになっただろう。そこには彼の見たこと、思ったこと、感じたこと、そのすべてが詰まっているのだろう。

 それが今、こちらに差し出されている。

「…見ませんよ。私にはその必要がない」

「必要とか、そういうんじゃなくて…」

「間違うとか間違っていないとか、貴方の日記なのだから関係ないんですよ。貴方が思うまま、見たまま、感じたままを書くのだから。それを私が訂正する必要も、資格もない」

 そっと日記を押し返し、代わりに抱き締めてやった。赤毛にそっと唇を押し当てて、子供もあやすように頭を撫で付けてやる。

「それに見る必要もない」

「え」

 

「―――私は常に貴方といて、貴方と同じものを見、聞き、感じてきたのだから」

 

「その感想は各々違うと思いますが、共有出来ている部分は多いと思います。だから、必要はないんですよ」

「ジェイド…」

「けれどもルークはこれからも続けてくださいね?」

「う、うん!」

 素直な子供は大きく頷いてみせる。

 これでいい。正直中身はいまだ気にはなるが、手を付ける程でもない。愛すれば愛するだけ応えてくれる彼の事だから、きっと思うとおりの事を書いてくれているのだから。

 だから見る必要も、知る必要も自分にはない。

 

 

 

「そう言えばジェイドは日記を付けないのか?」

「私は必要ありませんよ」

「なんで?」

「無駄に天才をやってますので、書き留めるより覚えた方が資源の無駄にならずにすみますから」

「……あ、そう」









実はもっと暗い話にしようとか思ってました。
が、時間軸上、無理があったのでやめ〜甘めの味付けで我慢我慢。
ゲーム本編のあらすじもルークの日記風なのがとてもよいです。
こういうことがあって嬉しかったとか、悲しかったとか、
ジェイドに関する事がもりっと書いてあれば尚良い。